追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

心配で見ていた(:淡黄)


View.クリームヒルト


 心地の良さに甘えている。
 前世で黒兄に甘えた時のような、今世で小さい時に親に甘えた時のような。先日の洞窟内で密着した時とは少し違う、冬の寒さが身に染みる中での包まれるような温かい心地良さであった。
 私は何故だか今の顔を見られたくなかったので顔を埋めていた。何故見られたくなかったかは分からなかったけど、今私の表情を“彼”に見られるのは嫌であった。

「…………」

 私の行動に対し彼はなにも言わず、ただ黙ってそのままの体勢でいてくれた。

「……ありがとう。お陰で楽になったよ」

 しばらくお姫様抱っこされながら抱き着くような形で居た後、充分に温かさを堪能すると私は腕を緩めてバーガンティー殿下……ティー殿下にそう告げる。

「ごめんね、汚れちゃったでしょ?」
「いえ、構いませんよ。……ですが大丈夫なのですか?」
「あはは、だいじょーぶ!」

 ティー殿下は私の言葉に対して不安そうに聞いて来た。私が無理をしているのではないかと思っているのだろう。
 なので私はティー殿下を安心させるために笑顔をになり大丈夫と告げる。……なんとなくだけど、先程までより上手く笑えている気がする。

「――。それは良かった」

 やはり上手く笑えたのか、ティー殿下は私の笑顔を見て一瞬止まった後、同じように微笑んでくれた。安堵しているかのような優しい表情である。

「そうですか? では早速治療を――」
「ううん、それは大丈夫。私はほとんど怪我してないし、血を洗い流せば大丈夫だよ! だから一旦降ろして!」
「で、ですが……いえ、分かりました」

 私の言葉に躊躇いつつも、ティー殿下は私を丁寧に降ろした。
 一つ一つの仕草が丁寧であり、王族として育ったんだなーというのを思わせる。

「無理はしないでくださいね。貴女は多くのモンスターを討伐したのです。大丈夫かもしれませんが、気付かぬ内に疲労が溜まっている可能性もありますから」

 そして降ろした後に私に積もった雪を軽く払ってくれる。異性である私の身体への接触は最小限に、身についた所作で紳士らしく払う、という感じだ。

「あはは、大丈夫だよ! もしも私を心配するなら、この後ちょっとやる事があるからもう少し後でね!」
「やる事でしょうか。私に手伝える事ならば手伝いますよ」

 そして私のやる事に対し、迷わず手伝いを申し出てくる。
 社交辞令などではなく、私が手伝って欲しいと言えば手伝ってくれるだろう。例えそれが危険な事でも、怪我を負う可能性があるとしても。
 それは私に……惚れている。という事は関係なく彼本来の優しさや素直さによるものだろう。ようは私じゃなくても言う。
 ……それが彼の良さではあるから別に構わないし、好ましく思う。けどちょっと……

――……ちょっと、なんだろう。

 ……少し、先程の言葉を思い出す。
 惚れている私のため云々の言葉は嘘では無いだろうけど、紳士としてもあるが元々優しいからこうして気を使ってくれているのだろうとも思う。例え私の立場がヴァイオレットちゃんやメアリーちゃんでも心配して駆け寄って来たはずだ。それが彼らしさなのだから。
 …………今は関係ないのに、なんでそんな事を私は考えているのだろう。なんで他の女子に対応する彼を考えているのだろう。
 なんで……はっ、そうかこれは!

「私が弱っている所に優しくして惚れさせる作戦か……あざとい、あざといねぇ。全ては計算づくだったのか……」
「急にどうされたのです」

 これは前世で漫画やアニメでも良く見た、異性が弱っている所を助けて相手を惚れさせる吊り橋効果というやつだ! 皆に避けられたところに“私は味方だ”と優しく寄り添って仲間意識をさせるという高度な駆け引き……まさかティー殿下がこういった事を狙える狡猾さがあったとは!

「ほら、危機にヒーローがヒロインを救ってヒロインが惚れる的なやつ。チョロイン的なのを狙ったんじゃ?」
「チョロインに関してはよく分かりませんが……異性に対し危機や命を救っただけで惚れさせることが出来るのならば、お医者さんはもっとモテるのではないのでしょうか?」
「……うん、まぁそうだね」
「あと本でその展開はよく見ますが……何故今その展開の事を?」
「……あはは、なんでもないよ!」
「?」

 ……いや、まぁ彼がそういった事を狙っていないのは分かるけど。
 けどなんでかそういう風に思って思考を変えたかったのだ。なんで変えたかったかは分からないけど。
 あとお医者さんって言い方可愛いな。

「ええと……それでこの後のやる事とはなんでしょうか」
「うん、それはね――」
「そこからは私が説明しよう!」
「っ!?」

 ともかく私はティー殿下に簡単な現状を説明して、悪いけれど手伝って貰おうかと思っていると唐突に話しを遮られた。
 ……居るのは気配で分かっていたけど、ここで来るんだね。後ろにはスカーレット殿下も居る。

「ど、どなたでしょうか?」
「通りすがりのただの美少女さ!」

 私の前世の姿でそういう事を言うのはやめて欲しい。
 既に私の身体では無かろうが、なんかいたたまれなくなる。あとなにそのポーズ。

「美少女だろう?」

 そしてティー殿下に迫るな。
 前世の私の姿がティー殿下に迫るのって複雑すぎる。

「は、はい、お綺麗だと思いますよ?」

 ………………なんだろう、この複雑な感覚。
 社交辞令もあるだろうけど、なんか変な感じである。

「その近くで見ている少女達はどうかな!」

 そして私が血を拭いながら複雑な感情に悩んでいる中、ハクは近くで息を潜めているもう二人にも告げる。
 その二人は初め驚いてどうするべきか悩んでいたようだが、確信をもって言っている事を判断したのか、観念して出てきた。

「その、大丈夫かクリームヒルト。今来た所なのだが、シキでの騒動と不明の相手がいるから様子を見ていたのだが」
「……同じく……ヴァイオレットさんと……一緒に居て……今来たのだけど……」

 出てきたのはヴァイオレットちゃんと、フードを被ったエフちゃんと言うか、フューシャ殿下……もといフューシャちゃん。
 なんだか今来たように振舞ってはいるけれど……

「いや、さっきから……というかティー殿下が駆け寄った辺りの最初から見ていたでしょ? 気配は感じていたよ」
「なんの話だろうか」
「……うん……なんの話……?」
「二人共、頭に雪が積もってるよ? 動いていたら積もらないような感じに」
「…………」

 私の言葉にヴァイオレットちゃんとエフちゃんは居辛そうにし、黙って頭の雪をはらった。……なんだかツンデレが待っていたのをバレない様に振舞っているかのようだ。意地悪だったかな?

「……でもありがとね、ヴァイオレットちゃん、フューシャちゃん」
「なにに対する感謝かは分からないが、受け取るだけ受け取っておこう」
「……うん……そうだね……」

 しかし最初から見ていたという事はあの空気の中で私を心配して追い駆けて来たのだろうし、ティー殿下が居なければ代わりに私を心配してくれただろう事は私でも分かるけどね。
 ……それに、ティー殿下が動いていたのはヴァイオレットちゃんがなにか手を回してくれていたのだろうし。

「ところで、貴女は誰だろうか。シキの住民でも、調査団の中にも居なかったと思うのだが」

 ヴァイオレットちゃんはコホンと咳払いをすると、フューシャちゃんを庇うように前に立ちながら、ハクに対して小さな警戒色を抱きつつ問いただす。
 シキでの騒動を考えれば警戒もやむなしであるが……

「私の名前はハク。しがない美少女であるよ」
「綺麗なのは認めるが、それは自己紹介になっていないぞ」

 まったくである。
 私の顔で……あ、手の血がようやく取れた。上手い事凝固してかさぶたのように取れた。気持ち良い。

「まぁ私は君達と敵対するつもりはない、とだけ言っておくよ」

 それは敵対するつもりはなくとも、敵なる可能性はあると言いたいのだろうか。

「そっちも自己紹介してくれるかな? 説明するにも、君達の立場が分からない事には説明も難しかったりするからね。まずは菫色髪の君から順に!」
「……ヴァイオレット・ハートフィールド。この地、シキを治めている一家の者だ」
「なるほどね! そしてええと、君の名前は……ティー君、で良いのかい? 殿下と呼ばれてたけど王子?」
「私は国王レッドが四男、バーガンティーと申します。呼びやすいようにティーと呼んで貰っています」
「そうかい。ふふふ、いやぁこうして美少女に囲まれて幸せだね! ハーレムじゃないか!」

 私とハクが美少女かどうかは置いておいて、確かに美少女だらけではあるが、その内の二人は彼の姉妹なんだけどね。

「ええと……美少女であるのは認めますが、姉と妹をハーレムに入れるのはやめて頂けないでしょうか」
「姉? 妹は彼女として……え、君、王族だったの?」
「そういえば言っていなかったね。うん、第二王女だよ」
「そうだったのか……ランドルフの紫の瞳を持っている時点で気付くべきではあったが……」

 あれ、スカーレット殿下は自身の紹介をしていなかったのだろうか。
 ……そういえば変わらずスカーレット殿下はハクの近くにいて彼女を見ている。見て居るのは警戒して取り押さえるためかもしれないが……なんだか近く無いだろうか。それにやっぱり視線が変な気がする。

「まぁでも両手に花だよね! ひゅー、タイプの違う女を侍らせよって! ランドルフの血だね、やっぱり!」

 ハクはなにがしたいのだろうか。
 そして王族を貶めるような発言にヴァイオレットちゃんの視線が若干きついモノになっているのをどうにかして欲しい。ちょっと怖い。
 ……それにしても、言い方がまるで昔の王族と知り合いのような――

「ヴァイオレットさんは夫がおられますし、私が欲しいのは傍で向日葵のように笑う、私の好きなクリームヒルトという女性のみですよ」

 知り合いのような……

「ほう、身近にいる活発な子が好き、という事かな? 距離感が近い子が好きな感じかな?」
「今は身近で笑う高嶺の花と言いますか。私にはまだ届かない程に素晴らしき女性ですが、いつか私の傍で笑って欲しいと思っています」

 よう、な……

「ほう、私は会ったばかりだから良く知らないが、そんなに良い子なのかな? 先程は皆に避けられていたようだけど」
「ええ、素晴しく気高い、良い女性ですよ。気高さ故に理解されない事はあるでしょうが、私にとっては愛らしくて素晴らしい、命をとしてでも守りたい愛しい存在です」

 くそう、何故か上手く思考が働かない。
 何故、何故なんだろう。
 まさかティー殿下の言葉に心を揺れ動かされていると言うのだろうか。
 ……あはは、そんな訳があるはずがない!

「クリームちゃん……もしかしてティー兄様の言葉に照れてる……? ゾッコンラブで……恋人になっちゃう……?」
「あはは、出会って半月も経っていない相手に恋人は有り得ないよ! ねぇ、そうだよねヴァイオレットちゃん!」
「出会う数日前には夫婦になっていた私に言うのか」

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