追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

Who?(:淡黄)


View.クリームヒルト


「何故急に開いたんだ!?」

 唐突に開いた扉に、エクル先輩は眼を見開いて叫んだ。
 影の活性化があるにしても、扉を開かなければ起きないと考えていたのであろうエクル先輩にとっては予想外であったのだろう。

「ッ――お二人共、構えて!」

 だがすぐにエクル先輩は武器となる杖を構える。アプリコットちゃんのようなスタッフタイプの杖ではなく、ワンドやスタッフの様な、先端に赤い宝石がはめられている短い杖だ。

「能力向上及び防御系は私にお任せを。攻撃魔法に関してもお任せください!」
「私達は近接系。エクル君は遠距離から援護をお願い」
「っ、はい。女性を前線にだすのは情けないですが、お願いします」
「そういうのは言いっこなし。適任が適役をこなすだけだよ。それに――」

 扉が開かれ、開かれた扉から視線を逸らす事無く会話をしている。
 扉からまだなにかが出てきている訳では無い。だけど中から感じる圧力は間違いなく危険だと告げている。危険ではあるが……

「それに、邪魔しないで」
「邪魔……? ――来ます!」

 そして圧力が強くなり文字通りの影が出て来る。
 一定の形状をしてはいないが、明確に魔物と呼べるような異形の姿。
 身体は大きくは無いが、存在感は今にも膨れ上がりそうな圧力オーラがある。
 間違いなく今までに相対した事のない強者であり、未知な存在だ。
 だけどそれを見て私は楽しく行こうと笑う。なにせ恐怖していては、本来の能力も発揮できないのだから。

『あはは!』

 そして私が笑い、まったく同じタイミングで、近くで笑い声が聞こえた。
 私の耳にはそれが不協和音として届く。
 私がその声の方を見ると、同じく笑った相手もこちらを見て。

『――――』

 目が合って互いに舌打ちでもしそうなほどに嫌な表情をして、再び影の方へと視線を戻す。
 ……なんかイヤな感じがするね。
 嫌われるのは慣れているし、嫌いな相手は多いけど。イヤな感じがするのは私としては珍しい。

――まぁ良いや。

 自分の感情もどきは後で整理すれば良いとして、今は目の前のモンスターだ。
 影の模倣魔物ドッペルゲンガー
 影が模倣するモンスターはカサスだと大型竜種ドラゴンである。
 しかし大きさも実力も本物とは比べると明らかに弱い。
 元は意志を魔力の塊のようなモノ……だったっけ。それが今目の前に――

「……?」

 目の前に……

「……ドラゴンにしては小さすぎない?」

 ドラゴン……大型の竜種にしては小さな影の塊が一つ。
 精々飛翔小竜種ワイバーン程度の大きさ。しかも魔物として成り立たっていないように形状が定まらない。
 周辺に漂う小さな影(先程スカーレット殿下が言っていた雑魚)に至っては魔物かどうかも分からない。

――不完全……?

 不完全な活性化なのか。カサスとは違って影とやらは所詮はこの程度の規模なのか。あるいはここだけはそういった形を保っているのか。
 弱いに越した事は無い。危険よりは安全な方が良い。
 強い敵と戦えないという事は残念ではあるが、変に強い不明な敵が出てしまっては、今以上に軍や騎士の皆を刺激して、あらぬ疑いがさらに黒兄に――

――あ。

 そうだ。強い弱いは関係無い。
 スカーレット殿下は「影モンスターと戦った事は無い」と言っていた。世界を冒険者として冒険をしているスカーレット殿下ですら見た事のないモンスター。
 そんな正体不明アンノウンがシキに現れたとなれば、誰に疑いがかかるのか。

――領主である黒兄だ。

 この状況で疑いがかかるのは間違いなく黒兄だ。
 事実は関係ない。すぐに晴れたとしてもまずは黒兄に疑いがかかる可能性が高い。
 例え事実関係の有無が認められ黒兄が関係無いという証明が為されたとしても大司教が一度疑いをかけた存在をさらに疑いをかけて間違えでしたで済むとは思えない上に不安要素を取り除く身代わりスケープゴートとして黒兄が選ばれて責任を負わされる可能性があるその場合は疑いを晴らそうにも時間がかかって黒兄は――

「消そう」

 つまりコイツはエクル先輩達以上に黒兄を私から遠ざけようとする要因の一つだ。
 ならば消そう。それだけだ。
 昨日から不眠で錬金魔法で作っていた爆弾や魔法で伸びる拘束具。
 不形の相手にも聞くような重力魔法を生成する場の道具や、生物に対しての毒薬。
 最終的には私の経験則による肉体での戦闘。
 これらを駆使してコイツらを消さねば。

「クリームヒルトくん――スカーレット殿下!? 危険です!」

 ともかく直接は触れない範囲で攻撃をする。そのために近付く。
 近付いて無力化して。エクル先輩に鎮めて貰うとしよう。
 いざとなれば私が犠牲になれば良い。それだけだ。

「不思議なモノだ」
「……は?」

 そして私の前に現れたのは女性であった。
 相手が誰であろうと消しきるつもりであったのに、その姿には止まって動揺してしまう。
 同時に私と同じように接敵しようとしていたスカーレット殿下も止めているのが視界の端に移った。

「貴女の肉体を読み取ったのに、何故かこの身体になった」
「――――」
「貴女にとってはこの身体が印象に残っている……あるいは、この身体が一番長い時間であったのか」

 声は私の知っている声とは違う。忘れていたのか、単純に聞こえていた声と違ったのか。
 だけどその姿は十数年経った今でも忘れる事のない姿。
 白い髪に黒い瞳。
 スカーレット殿下と似たような、今の私よりもニ十センチは高い背。
 それなりに膨らんだ胸に、それなりに締まっている体型。
 そこに居るのは間違いなく。

「貴女の今の肉体は本物?」

 一色・ビャクが、そこには居た。

「服を着てください!」

 ……全裸で。

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