追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

仮面の人物の■(:?)


View.?


 例えば、自身の力で防ぐ事が出来る災害があったとして。私はどのように行動できるだろうか。
 前世の私は褒められた事も多くはしたが、褒められない事も多くした。
 痛いのも辛いのも嫌ではあるが、友達が入ったから一緒にやり始めた陸上は頑張って続けていたし、辛くても自己最高記録を更新出来た時は、この瞬間私が世界一幸せなんかじゃないかと馬鹿みたいに喜びもした。
 だけど膝を壊して陸上を辞めざるをえなくなった時は、私は世界一不幸なのだと腐りもし、周囲にも当たった。
 と、二十一世紀に生きる日本人としては、ありふれはしないが探せば似たような境遇が見つかるだろう人生であった。
 ただありふれていないと言える事は、シロ様に出会えた事だ。
 私より遥かに不幸だと嘆いて良いにも関わらず、生きる事を楽しもうとした少女。
 初めは彼女の身体の状態を知れば知る程、何故私に普通に接する事が出来るのかと恐怖した少女。
 けれど彼女と最期の別れの時には、彼女のために涙を流すほどには仲良くなった少女。
 ……シロ様の存在は、前世での生を終え、今世でも私の中で思い続ける程には大きく存在していた。

――だからメアリー様に会えた時は、今度は彼女に生きる事を楽しんでほしかった。







 そんな事を思い続けて数年。私は今……シキ、という場所に来ている。
 ハッキリ言うならばこの“シキ”とは好きではない。
 自然環境とか住んでいる者達が特殊で嫌いという訳では無い。単純に“シキ”という名前が好きではないのだ。
 なんというか、とてもモゾモゾする。何度か名前を呼ぼうとしているのだが、その度に“あの地”だとか“この場所”とか言い換えてしまう。その上に周囲がシキというと割と変な風に感じてしまう。
 しかし慣れなければいけまい。今までのこっそりと調査に来ていた時とは違い、正式に調査団の一員としてこの場所に居るのだ。嫌でもその言葉を耳にするので、慣れないといけない。

「ふぁ……」

 ともかく私は今、身体にかかる疲れと怪我をした人達の治療や搬送に一区切りがつき、背筋を伸ばしながら体を解していた。
 日も暮れたため冷たくなっている空気が体の中に入って来るのが少し心地良い。

さぶい……」

 とはいえ、心地良いのも過ぎると単純に冷える。
 この身体は前世と比べると比較的体温の上下が激しい。体質もあるかもしれないが、単純に皮下脂肪のつき方が違うからだろう。他にも魔法なんてものがあるからかもしれないが。
 ともかく早く温まろう。をやる前に、冷えて体調を崩すとか目も当てられない。温まる場所は……

「火だ、火をもっと強く! この程度の熱さじゃ足らねぇ」
「鍛冶師ブライ、何故こんな所で刀を打っているんだ? というかこの炉はどうやって設置した?」
「やかましいぞ騎士団長の息子ボンボンが! 俺ぁこの溢れる少年てんし愛を鎮めるためには、こうして発散するしかねぇんだ! ちなみに炉は錬金魔法のでっかい方の姉ちゃんに作って貰った! 一晩で消えるが自立式の火が自動で着く炉らしい!」
「凄いがメアリーはなにを作っているんだ?」
「おお、少年が……少年愛が溢れてくる……待っていてくれ、至高のマイ星となるスイート航海者エンジェルグレイ君! 俺はこの刀で君の笑顔を取り戻す!」
「くっ、俺の刀もこうして作られたと思うと複雑だが、間違いなく素晴らしい物が作られているのが分かる……!」

 アレは近くによれば温まるだろうが、近寄りたくないな。
 というかシャルのヤツ、メアリー様を名前で呼べているな。デートでなにかあったのだろうか。
 あと刀を作ったとしてどうやって笑顔を取り戻すのだろうか。教会に襲撃をかけてクロさんを取り戻すのだろうか。それとも刀を見せて喜ばせるのだろうか。男の子ってそういうの好きだし。
 ともかく他に温まりそうな場所を探そう。

「おいテメェごるぁ!! 私の愛する旦那様をモンスターとして討伐しようとかどういう事だ! 内容いいわけによっては許してやろう――私を殺害者とするかどうかは、お前らの今後の返答にかかっている」
「い、いや、他よりも人族に近い形はしているが、どう見てもゴブリンだろ……モンスターは討伐すべきだろう!?」
「あ゛? それが返答か。――よし、やるか」
「ひぃ!?」
「ホリゾンブルー先輩止めて下さい! だ、だん……アップルグリーンさんだってこんな事は望みませんよ!」
「放せスカイ! 愛する旦那様を傷つけられて黙って居られる妻が居るものか! 本気の火の魔法でコイツらを教育してやる! 狩られる側の恐怖をな! 元先輩とか知った事か! 安心しろ、殺しはしない!」
「さっき殺す的な事を言っていましたよね! ていうか止めて下さい貴女は騎士団で元々五本指に入る実力者なんですから、本気出せば死にかねません!」

 アレも近寄れば色んな意味で温まりそうだけど、下手に近寄りたくないなぁ。
 でも彼女達とは知らない仲ではないし、問題が起きたらクロさんも大変だろうし。見てしまった以上は一応フォローしておこう。

「あ、ありがとうございました……お陰で助かりました……」
「私もありがと。お陰で冷静さを取り戻せて旦那様を愛する事が出来る。さぁ愛そう!」
「熱くなるんで別の所でやってください。あ、私が後はどうにかしますので、休んでいてくださいね。本当にいつもありがとうございます」

 彼女の傍に居ると色んな意味で熱くなりそうだが、胸焼けもしそうなので別の熱源を探そう。
 というか傷付いたという彼女の旦那様、彼女がすぐに助け出したからほとんど傷を負っていないような気がするけど……いや、触れるのは良そう。

「冷えるな」
「そうだな。だがお前はその魔女服は内側に防寒対策を施しているだろう」
「先程の戦闘で色々あってな。今は機能しておらん。帽子も残りのマントも渡したからな」
「ああ、寒がっている奴にか。お前は相変わらずお人よしだな――くしゅ」
「ふむ、着るか? エメラルドは肉が少ないから寒かろう」
「いらんいらん脱ごうとするな下着になるつもりか。というかお前も肉はそう変わらんだろうが――げ」
「げ、とは随分なご挨拶だな変態薬剤師」
「なんのようだ変態医者」
「……寒そうだったからな。温まるものを用意した、これを飲め」
「うおっ、投げるな。……というかどういう風の吹き回しだ」
「知るか。風邪なんぞ怪我でもないモノをされてもうんざりするだけだ。だから医者として渡した。文句あるか」
「……チッ。怪我マニアの医者風情が」
「ところでこれはなんであるのだアイボリーさん。飲み物なのは分かるのだが」
「96度の酒」
『殺す気か!』
「俺はそのくらいでないと駄目なんだが……あと、冗談だ。それは生姜ドリンクだ。96度の酒はこれで、これは俺が飲む」
「いや、勤務中に酒を飲むでない。……まぁ貴方は酔わぬから構わんが」

 ……アレを飲めば温まりそうだが、多分温まった後倒れて冷たくなりそうだ。
 お酒は前世ではそれなりに飲んでいたが、あの96度のヤツは前世でもあったアレだろう。最後に挑戦はしてみたいが……流石にやめておこう。
 ……って、あれ。アイボリーさんを陰で見ている彼女は……う、彼女か。彼女はさっきの事も有るから近寄りたくはないんだが……でも何故彼女が彼を見ているのだろう?
 気になった私は、彼女に声をかけてみた。

「フューシャ殿下」
「へっ!? ……あ……こんばんは……こうして……話すのは……久しぶりですね……って……何故私だと……?」
「貴女の兄君の反応で分かりますよ。ここは独りでは危険なので、お兄様と一緒に宿でお手伝いをしていて頂きたいのですが……何故彼を見ているのです? ああ、仰りたくないのなら良いのですが」
「……昔……彼に酷い事を……して……謝りたいけど……どう声をかけて良いか……分からなくて……でも……気になってしまって……」

 そのように言うフューシャ殿下は、アイボリーさんの事を気になるかのようにチラチラと見ている。そして二人の女生徒仲良く(?)やっている様子を見てホッとはしているが、複雑な表情をしていた。
 これは……恋なのだろうか。いや、なんでも恋愛に繋げるのは良くない。だけど王族と平民訳アリ医者。なんともロマンティックな身分差恋模様――あれ、身分差に関しては学園とかでよく見る様な。……気にしないでおこう。

「私が取りなしましょうか? 彼とは知らない仲ではありませんから」
「……今は……治療で疲れているだろうから……良い。私は……皆の邪魔にならないように……誰とも触れない……裏方の仕事に戻るね……」

 フューシャ殿下はそう言うと、私に礼をして去って行った。
 ……彼女が居ると不測の事態が起きやすい。なので元々は眠って貰おうかと思ったのだけど……うん、やっぱりやめておこう。
 眠って居る間に大変な事になったとか、彼女はますます誰かと接するのを怖がり引きこもるかもしれない。折角周囲の説得で我が学園に通う意志を見せるようになったというのに。
 それにシキに来てから彼女と会ってさらに明るくなったというのに……

「あはは、どーうしたの、ですかっ!」
「わぁ!? ……急に勢いよく肩を叩かない」
「ごめんあそばせ!」
「それ使い方違うよ」

 私がフューシャ殿下を見送っていると、後ろから彼女がシキに来てから明るくしたクリームヒルトが私の肩を上から叩いた。身長差から自然と彼女が飛んでの行動だ。
 ……今の彼女には会いたくないんだよな。意識的に鈍くはしているようだが、鋭い子なのは確かであるから。仮面の男と私が同一人物だと知られたくない。

「いや、ちょっと寒くてね。温まる場所を探していたんだよ」
「ほう、それは私が抱き着いて温め――いや、なんでもない」
「?」

 クリームヒルトは恐らく抱き着き合って温め合う敵な事を言おうとしたのだろうが、何故か躊躇った。……どうしたのだろうか。

「まぁ温まりたいならあっちの焚火の近くで温かいモノを配っているから、そっちに行くと良いよ!」
「そうだね。一緒に行こうか?」
「ごめんなさい、私はちょっとこれから用事があるので、失礼します! 敬礼!」
「ああ、うん。敬礼っ」

 クリームヒルトは何故か私に敬礼をして去って行った。
 ……相変わらず自由だな、彼女。クロさんが捕まってから不安定だったけど、ああして見る分にはいつもの彼女に見えてしまう。

「……さて」

 彼女の事は気になるが、温かいモノでも食べて温まるとしよう。
 温かいモノのメニューはなんだろうか。ポトフとかは……流石に無理か。こういう時は豚汁とか懐かしいなぁ。似たようなメニューはあっても味は違うし、あの味は恋しくなる。
 ともかくメニューを楽しみにしながら、食べた後は気が付けば直っていた温泉にでも浸かろうかな、と思いつつ。
 私は温かいモノ所へと向かおうとすると――

「あ、こんばんは!」
「……うん、こんばんは」

 ダンボールを頭に被った人物に出会った。
 ……伝説の蛇なのだろうか。

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