追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

禁断である方が燃える?(:涅)


View.クリ


 私はクリームヒルトさんは苦手である。
 嫌いではなく、苦手。
 汗を流すために独りで通っている学園のトレーニングルームで何度か話しかけられた事は有るのだが、その度に私は逃げている。
 相手が明るくて距離を詰めてくるので苦手、という訳では無い。
 何処となくクロ兄様を彷彿とさせる彼女は、嫌悪感とは違うのだが“彼女と戦えばただでは済まない”と、生存本能とでもいう感情が彼女を見かけると沸き上がる。
 それは近付けば増すし、こちらに視線を向けられるだけでも嫌でも湧く。今の私では勝てない、という感情が。だから苦手。
 そしてその感情は、今は嫌でも沸き上がってしまう。むしろ今も学園に居る時も、周囲に居る皆は何故平気なのかと問いたいくらいであるのに。

「よし、終わり、と」

 モンスターを見つけた瞬間に躊躇わずに正確に急所をつき殺しきる彼女は、私の精神を大きく削っていく。
 今の戦闘でも彼女はシャトルーズ君よりも早く切り込み、相手を崩し、私達の負担を減らしていた。
 素晴らしい戦闘だと軍の方は言う。
 鮮やかな攻撃であると騎士の方は言う。
 戦闘後はいつもの様に笑うので、学園生の皆は凄いと褒めつつ明るい雰囲気に騙される。
 ……ともかく、彼女が居る事で良い雰囲気になっているのは確かなのだ。
 才能が有り空気を盛り上げるようなムードメーカーのように彼女を扱う。

「クリさん、彼女についてなにか思う所は無いだろうか」

 だが一部……私の他に、今こっそり聞いてきているアプリコットさんやシャトルーズ君。そしてバーガンティー殿下と多分その護衛さんも彼女の様子のおかしさに気付いている。
 そして彼らは、私はおかしいという事しか分からないのに対して、理由も分かっているように思えるのは気のせいだろうか。
 ……そういえば、クリームヒルトさんも含めて彼らは私達より先にシキに居たメンバーだ。もしかしたら私達が来る前になにかあり、心当たりがあるのかもしれない。けれどどうすべきか分からない……いや、どうしようもない、といった所だろうか。
 どちらにせよ私が彼女に思う事があるとすれば、

「……学園祭で見た時より強くはなっているし、多分あれでも本気ではない」
「本気ではない?」
「……うん。あれでも私達に気を使っているくらいだと思う。……多分私達を気にしないのなら、もっと強いんじゃないかな」

 という事くらいか。
 彼女は間違いなく戦闘強者だ。モンスターとはいえ生き物に対する、相手を傷つける嫌悪感がまるでない。
 そして彼女は味方戦力が増える程彼女自身は弱くなり、敵戦力が増える程強くなるタイプ。
 二つを合わせると……戦いを望む狂戦士バーサーカー、といった所か。今はリミッターがかけられているが、なにかの拍子に外れれば止められなくなるのでは無いだろうか

「……ゴメン、狂戦士バーサーカーは言い過ぎだね」
「……いや、自身が感じた事を表すというのは大切だ。それに我らでは上手く言う事が出来ない事を言ってくれて助かる」

 アプリコットさん、相変わらず気を使ってくれるなぁ。
 私の失言に対してもフォローする辺り、本当に気配り出来る子なんだろう。

「しかし、まるで知っているかのような口ぶりであったが、似たような者を見た事があるのか?」
「……うん、私の婚約者が似たような感じだから。あちらは敵が強いほど燃える、という本に出て来る主人公みたいな熱血漢だけど」
「ほう、会ってみたいものだな。学園で会えるだろうか?」
「……私の一つ上だから、入れ違いだね。でもアプリコットさんの叔父さんになるんだから、いずれ会えるんじゃないかな」
「いや、我は正確にはクロさんの義娘ではないのだから叔父さんにはならぬのでは……」
「……でもグレイ君と結婚したらそうなるでしょ?」
「ぐふっ。な、なんの事だ?」
「……? あれ、ブラウンって子から、義理姉弟愛の疑似的近親相姦に劣情を覚え、すぐにでも夫婦になりそう、って聞いたけど。好き合っている、って」
「ブラウンはなにを言っているのだ!? いや、アヤツがその言葉を知っているとは思えない、半分以上は貴女の言葉だな!」
「……ううん、言葉は通りすがりの茶髪の男性から」
「おのれカーキーさん! 次に会ったら最大威力の魔法オーバーゼウスを喰らわせてやる!」

 何故今の情報だけで分かったのだろう。そしてオーバーゼウスってなんだろう。
 いや、それはともかく。

「……大丈夫。私は応援するよ。茨の道であるかもしれないけど、少年は尊いしイケない事って燃えるのは分かるから!」
「いや、我と弟子の間には血の繋がりは無いから本来イケナイもなにも無いのであるからな!」
「……あ、でも結婚したいとか好きだとかは否定しないんだ」
「うぐ…………ま、まぁ、そうではあるが……」

 私の発言に、アプリコットさんは顔を赤くして伏せていた。
 ……先程まで格好良いが前面に出ていた彼女だが、今の彼女はとても可愛らしい。

「あはは、なーんの話!?」
「……っ!?」
「わ、避けられた」

 私が姪に対して可愛いと思っていると、唐突に後ろから背中をポンと叩かれそうだったので、条件反射的に避けてしまった。

「もう、クリ先輩は相変わらず酷いなぁ。私の事そんなに嫌いですか?」
「……ゴメン。そういうのじゃないけど、誰かに触れられる、というのが苦手で……」
「あはは、そういうえばそう言っていましたね! でも避けるなんて相変わらず反射神経良いねっ! あ、良いですね! よし、クリ先輩に避けられた代わりとしてアプリコット後輩を撫でよう」
「止めぬか。後カラスバさんみたいな呼び方をするな。あとそれは撫でるではなく擦るだ」
「…………」

 クリームヒルトさんは背を伸ばしてアプリコットさんの頬を頬で擦っていた。
 ……相変わらず距離が近いと言うか、距離感が分からないというか。相手を無意識に選んでいるのか、偶々上手く行っているのか。
 しかし変わらず、彼女が怖いというのには変わらない。底知れぬ存在を見ているような怖さと言うべきか……

――……だけどこの怖さ、どこかで……

 しかしこの怖さは既視感がある。
 根っこが共通しているような、私がお父様達とは違う異質の怖さを感じた時のような。
 そう、これはクロ兄様がカナリアさんの――

「皆、静かにしてくれ」

 私がクリームヒルトさんを見て何故かクロ兄様を思い出そうとしていた瞬間に、シャトルーズ君の静かだが通る声が私達の耳に届いた。
 瞬間私達は敵襲に備え、軍や騎士の方々が構え、少し遅れて学園生も構える。

「シャトルーズ君。なにか感じ取ったのかな?」

 騎士の方の一人が、シャトルーズ君に近付いて小さな声で尋ねていた。
 恐らく言葉で警戒態勢を取ったは良いが、モンスターの気配が無くて疑問視したと言う所か。

「妙な気配――いえ、匂いを北西側から感じます」
「どういった?」
「恐らくは……戦いの跡と、モンスター以外の吐瀉物です」

 モンスター以外の吐瀉物。その言葉に全員の緊張が高まった。
 私はまだその違いは分からないが、モンスター以外の吐瀉物、ようは異臭という事は異常事態である可能性が高い。
 私たちは北西、風上側に意識を向けると、陣形を組んでシャトルーズ君が示した方向へと静かにかつ迅速に駆けて行く。

――……うぐ。

 そして近づくにつれ、私でも分かる程の異臭を感じ取れた。
 血とは違う、間違いなくなにかあった異臭。
 周囲も感じ取れたのか、若干顔を歪ませながらも、対モンスターを意識して背を低くして臭いの方向へと近づいていく。
 そして私達は――

「……あ、良かった。このまま誰も来ないんじゃないかと焦ったよ」

 私達は、倒れている他の調査団の中に立つ、独りの仮面の男と出会った。

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