追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

挿話:調査前のちょっとした話-感嘆-


――無かった事にしよう。

 俺はそう思いつつ、この本をどうするか悩んでいた。
 この本は見てはいけないタイプの日記だ。仮に書いた当時の恋愛関係を示す資料として価値があると言われても、この書いた修道女の名誉のためにも寄贈するのをやめるという選択肢が最初に出て来るレベルである。
 そして本当にシアンが書いたものでなくて良かったと思う。なんか当時の神父様を想う感じが暴走したシアンのような感じであるのだが、少なくともここ数年の日記では無いのでシアンのモノではないとハッキリしているのが俺にとっては救いである。
 仮にシアンの日記であったとしたら、俺はシアンと友人でいるために見た事を全力で隠さないと駄目であろう。シアンが見られたと知ったら羞恥で旅に出そうである。

「……戻ろう。――っと」

 俺は日記を置いて部屋に戻ろうかと決めると、日記から紙が落ちた。
 挟まれていた紙が落ちたのではなく、ページの一部が抜け落ちたのだろう。結構古かったし、保存状態も良くは無かったからな。
 とりあえず拾い上げて、落ちたページの所に挟んでおこう。そう思いつつ落ちたページを拾い、

“■■年 六月ユノ三十日。 私はこの土地の秘密を知った”

 その書かれていた文字を見て、動きが止まった。

“この土地の魔力の流れは特殊だ。
 溢れ出ているのではなく、抑え込まれている。”

 ……どういう事だ?
 俺はその紙を拾い、書かれている文字を読み進める。

“我が王国は特異な地脈、魔力の流れを掴む事で空間を跳躍する魔法を開発できている。
 そのお陰で過去には戦争に勝利し、広大な土地を有する事となった。
 人や物資を距離に関わらず一瞬で運べるというアドバンテージがあるのだ。
 当然と言えば当然と言える。”

 それは俺も知っている。
 空間歪曲石なんていう便利なモノがあるのだ。あんなものが戦争に使われたら、自国内の特定の場所しか使えないとはいえ驚異的な戦力になるだろう。首都に本隊があったとしても、一日で数百キロを疲れ無しで移動して国境ぜんせんに行く事が出来るとか便利にも程がある。
 俺は最初は「あの乙女ゲームカサスにおけるただの便利機能が現実にあると本当に便利だな……今にど〇でもドアとか出来るんじゃないか」程度の認識ではあったが。

“しかし、我が王国は土地から溢れ出る魔力を掴む事は出来るのだが、抑えるのは困難であった。いわゆる地質のようなモノなのだろう。
 故になのかは分からないが、他国との戦争には勝利できても、対モンスター相手には勝利するのは難しかった。
 掴むほどに魔力溢れ出るが故に、影響を受けたモンスターが他国よりも凶暴化、あるいは上位種へと変貌しやすいのだ。“

 ……それは初耳だな。
 他国にあまり行かないので分からないのだが、昔はそうであったのか、今もそうなのだが対応……最適化されているのか。

大型竜種ドラゴン
 一体居れば、訓練された大隊が一つあってようやく戦える土俵に立てるというレベルの存在が過去に同時に複数体出現を許してしまうような魔力の流れが何ヵ所も――”

「……終わりか。ええと、続き続き……」

 落ちていた紙に書かれているのはここまでであった。
 俺は書かれた文章を見つつ、抜け落ちたページが何処に挟まれていたかを探し、見つけると続きの文章を読み進めた。

“男の子が夏場に汗を掻いてシャツの下の方で拭くのエロくない?
 拭った時に見えるお腹とか絶対に誘っているよね?
 夏ってガードが甘くなるから最高の季節だね!
 ……はっ!?
 つまり私も暑いと言ってわざとガードを甘くすれば、少年を小悪魔的に誘惑できる……!?
 ああ、女としての本能が疼く!”

「どういう事だよ!」

 だが次のページに書かれていたのは最初に見たようなテンションのエロ妄想であった。
 どういう事なんだ。ページを間違えたか? でも破れ方からしてこのページだしな……ん?

「……魔法による偽装カモフラージュか」

 この日記は魔法によって偽装されているようだ。機密文章などに使われる魔法。
 今俺が読んでいるのは魔法によって表向きに書かれている文章。そして先程見たのが偽装魔法がかけられる前の隠しておきたい文章。……日記に使うにしては高度な魔法を使うな。文字を書いて、魔法をかけて、偽装用の魔法をかける訳だし。
 俺でも分かる程の偽装……というよりは、経年劣化で俺にも分かる程に精度が落ちている、という所か。

――ともかく、読み取れる範囲で読むか。

 偽装文章はともかく、偽装される前の文章に関しては気になる――というよりは、領主として俺が知らなければならない内容だ。
 ……同時に、今すぐ知らないとマズいという思いもある。

“溢れ出る魔力をどう処理するか。
 ①戦力を強化し、モンスターに逐一対応する。
 ――被害は出るが、土地や魔力と向き合う意味ではこれがベターだろう。“

 ……いや、それは自国内の問題処理で一杯一杯になるから止めたはずだ。
 俺はそれを

“②魔力の流れを封印し、モンスターの活性化を止める。
 ――王国の在り方が大きく変わり、今までのアドバンテージを失うが、被害を減らすうえではベストである。
 他国にモンスターの事情を知られた場合は、我が王国という強大な国に対する手段として、他国の総力を持って国際法で締結されるだろう。”

 ……だが、それをしなかった。

“他にも様々な案は出されたようだが、かつての王国は愚かな選択肢を選んだ。
 そう――「魔力の受け皿のモンスターを封印し、そのモンスターに魔力を吸収させる」という選択肢だ。”

 ……この選択肢を、俺はあの乙女ゲームカサスで知っている。
 だが、こんな意味があるのだとは知らなかったし、俺は封印されているという事しか知らなかった。

“魔力の容量が多いモンスターを用意し、吸収させ、流れをコントールする事で地上に居るモンスターへの影響を抑え込んだのだ。
 それが出来ると分かるや否や、当時の王族貴族はその選択肢を真っ先に選んだ
 ……愚かだ。
 そんな方法を選択した所で、将来的にどうなるかなど明白であるというのに。
 だが、利益を知ってしまった者達が、利益を手放したくないと思うのも自明の理か。”

「…………」

 ……俺は黙って次のページをめくった。

“前置きは長くなったが、何故シキの土地が特殊だと分かったのか
 理由は以下の通りだ。
 まず魔力の受け皿のモンスターは、許容量が多いとはいっても限界はある。
 なのでいずれは暴れる……はずなのだが。
 小癪にも限界に達したモンスターが暴れる前に、地上に放出させて魔力ガス抜きをさせる、という手段まほうが封印されているモンスターには施されているのだ。(無駄に凄い、腹立つ)
 その魔力ガス抜きの際に起きる影響は様々だ。
 モンスターの凶暴化だったり、魔力ガスに引き寄せられてモンスターの生息域が変わったり。
 ともかくモンスターに影響が出るのだ。
 そして――”

 そして……

“面倒な事に、このシキの地下には封印されたモンスターが居る。
 いつ復活するかも分からない、変貌を遂げてドラゴンになっているだろうモンスターが。”

 ……ええ、面倒な事に封印されているモンスターは全てドラゴンですよ。

“……とはいえ、それはあくまでも私の予想だ。
 モンスターも魔力ガス抜きが上手く行っていて変貌していないかもしれない。
 だがこの地、シキにモンスターが封印されているというのも、魔力で凶暴化しやすいというのも事実なのだ。
 ……なにせ神父様が知った上で隠匿している。
 私の様に感づいた者や他国の間者などを、教会の地下で捕えていたぶっているのだ。

 ……もし、この日記の秘密に気付いた者が居れば気をつけて欲しい。
 私は神父様のお気に入りなので、監視の目は甘いのでどうにかなっている。
 だが、私がこの日記を処分していなくて、私がこの教会に居ないのであれば、私になにかあったという事だ。
 神父様に私が気付いた事に気付かれ口封じされたのか、モンスターに喰われたのか。
 ともかく処分していないのならば私はこの世にいないであろう。

 ……その場合、この日記が、善良なるものに見つかる事を願っている。”

 俺はそこまで読んで一旦顔をあげ、息を長く吐いて心を落ち着かせる。
 妄想であって欲しいこの日記だが、俺の中にあるあの乙女ゲームカサスの知識や、メアリーさんの中にあるあの乙女ゲームカサスの知識。そしてここ最近起きているモンスターに関しての出来事。

――……とてもではないが、無視は出来ないな。

 俺は再び日記に目を落とし、残りを読む。

“それとこの日記が、鍵としては最低な部類に含まれる部屋にあった場合のみにこれらの文字は浮かび上がります”

 ん? もしかしてその部屋ってこの部屋の事か?
 部屋に居る事、ようは特定の場所によって浮かび上がる文字の魔法……これを書いた修道女って結構高度な魔法使いだったのだろうか。
 というか鍵が最低な自覚はあったんかい。

“その鍵は怪しまれないように私が「神父様をいつでも感じたい!」というお願いをして、部屋に持ち込んでいても不思議ではないような外見になっています”

 あ、そういった理由だったのね。知りたくなかったよ。

“ちゃんと鍵じゃなくって形状通りの用途としても使えるよ!”

 どうでも良い。
 というか隠された文章がこれだと、偽装用の文章も本音ではなかろうか。

“その部屋は。元々教会の脱税用として使われたお金を隠すための部屋です。
 腐ってんねー教会。同じ信仰者として情けないよ”

 同意はするが、このテンションの文章はなんなのだろう。
 ちょっと頭を痛めつつも、俺は読み進めていき――

“ともかく、そこには――――”

「……へぇ」

 その文字を読んで、俺は黙る事なく感嘆の声をあげた。

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