追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

挿話:調査前のちょっとした話-好奇心-


 出来れば見なかった事にしたい。
 もしかしてこの部屋が防音効果が発揮されているのは、そっちの意味で備わっているのではないかと想像すると、この部屋から出たくなる。
 だが、見なかった事にしてはいけない。
 俺がこの部屋でこの文字を見たという事を、無かった事にしてはいけない。
 改めて底板を外し、見たくない内容の文字を見直す。

――…………良かった、シアンの字では無いな。

 とりあえずそこだけは安心した。一番の不安はそこだったからな。
 シアンの書く文字とは似つかない筆跡だ。これがもし似ていたら、多分一週間近くシアン、あるいは神父様もまともに顔を見られなかったかもしれない。
 だとすればこれを書いたであろう修道女が当時の神父様を想ってこんな文字を書いた事になるのだが……あんまり想像したくないな。
 教会の宗教では男女の夜的な交わりを禁止自体はしていないが、溺れるのは禁止だ。だがこんな文字を書く時点で煩悩に支配され溺れてなかろうか。修道女とはいえ女であり、欲望は沸いて出るもんで文字を書いてしまっているんだ、と言われたらなにも言い返せはしないが。

――てか、この穴なんだ。

 文字も気にはなるし風が来ているのはこの文字周辺辺りからで、底板の下にある床が蓋のようになっているが開けられるような取っ手もないし開けられない、というのも気にはなるが、もう一つ気になる所がある。それは文字と一緒に書いてある矢印の先にある穴である。
 恐らくは愛の巣とやらに導かれるための穴なのだろうが、前後の文からあまり想像したくないものでもある。
 それを無視してどうにか開けられないモノかとも思うが、生憎と開けようがない。

――もしかしてこの穴が鍵なのだろうか……ん、この形状、見覚えが……

 一旦諦めてごたごたが終わってからこの部屋を調べに来ようかと考えていると、ふとこの穴の形状に見覚えを感じた。
 なんだろう、この感じたくないのに感じてしまった見覚えは。
 つい先程この形状を見たような……

――……まさかな。

 俺は懐に仕舞っていたとあるものを取り出す。
 この部屋に入る前に簡単な身体検査をされたのだが、そこではスルーされ、部屋に入ってしばらくした後に俺自身も持っている事を思い出した、とある物。
 王族に物を貰うという、ある意味では誉れが高いはずなのに全くそんな感じがしない物。
 カラスバにスミ姉やロイロ姉も持っていると言われて複雑な気分になった物。
 触れるのは初めてではない、前世でも同じ会社のデザイナーがデザインしながら夫に使っていた道具の一つとして触れてしまった事がある。……そんな事はどうでも良い。
 ともかくまさかと思い、俺はソレをフィットしない事を願いつつ、穴に入れてみると――

「……うわ、フィットしやがった」

 まさかまさかのぴったりフィット。奥に差し込むと跳ね返りを感じ、その状態で鍵の様に回してみると回ってカチリという音がした。
 その状態でしばらく動きを止め、額に手を当て回ってしまった事に頭を痛めた。

――くそう、こんな風に使いたくなかった。

 こんな仕掛けを作ったヤツはなにがしたくてこんな仕掛けを作ったんだ。バレないようにするにしてももっとやり様があるだろう。それともここに住んでいた修道女、あるいは先代神父様が変態の極みだったのだろうか。知り様がないし、知れても知りたくないが。

――……もしかしてヴァーミリオン殿下もこれを発見して、これに差し込んだのだろうか。

 だったら「あの後で話したい」と言っていたのも頷ける。こんなもんなにがなんだか分からなくて領主である俺か教会に住んでいる神父様かシアンに聞くだろう。
 異性であるシアンには話辛いだろうし、神父様よりは俺の方が話しやすいだろうから俺に話すのも分かる。
 恐らくだけどヴァーミリオン殿下はこの隠し扉的なモノを開けたのだろう。
 何故見つけたかはともかく、開けたからこうして俺でも見つかるような空気の流れを感じたのだろう。
 そうなると神父様やシアンなら見つけそうなこの床も、今まで見つけられなかった、というのは納得は出来る。彼らならこんなもの見つけたら報告するか封印をしそうだ。

――……よし、開くぞ。

 開ける道具は俺が知る限りでは最低なモノであったが、見つけたからには開こう。
 開く幅からして辛うじて成人男性は通れる幅であるし、非常用の脱出路かもしれない。あるいはその程度の物を入れるための隠し道具箱か。
 ……はは、道具箱で年代物のアダルティな道具とかあったら嫌だなぁ。珍しい場合には適当な行商者に売ろうかなぁ。二束三文で売って、将来の笑い話にしようかな。

――……降りれるな。

 だが道具が入っているのではなく、降りれる程度の空間がある場所であった。
 そこまで広くは無い。下りずに顔を入れ中を見ると……俺に反応したのか、空間が淡く光が灯った。
 そしてこの状態で見える範囲で判断するに、178cmが立っても余裕がある程度には広い場所で、あまり物は置かれていないようだ。

――よし、降りよう。

 好奇心か探索心か。
 後で確認すれば良いのにも関わらず、未知なる空間に興味を引かれ俺は今降りる事にした。
 俺は念のためにベッドの毛布を膨らませてパッと見寝ているようにし、クローゼットの中に入って片方は填めただけだが、内側からクローゼットの扉を閉めた。
 
「よっ、と」

 俺は隠された部屋に降りる。
 そして淡く光っている部屋を見渡す。
 材質は石材。ヒビはあるが、充分な補強がされている。
 所々に年代物らしきシミなどの汚れはある。
 何処に繋がっているかは分からないが通風口らしきものもある。

「……避難用の部屋か?」

 パッと見ての感想はそんな所だ。
 入口の文字や鍵に関しては目を逸らしたいが、部屋の構造からして昔の戦争用か、モンスターの襲撃時における避難するための場所だろう。そうなると案外この部屋の何処かに外に出るための通路があるかもしれないが……見つからないな。あの通風口から出る感じだろうか?
 ともかく、俺の想像通りだとすれば教会にあってもおかしくは無い。
 一応この事は神父様に報告するとして、今後なにか襲撃があった時に避難場所の一つとして考えとくとしよう。

「出るか――ん?」

 意外な発見ではあったがこれ以上ここに居ても仕様がない。
 出ようかと思っていると、部屋の隅にとある物が目に入り俺は立ち止まる。
 部屋の壁と同じ色であって見え辛かったのだが、なにかが落ちている。

「本……いや、日記?」

 俺はそのなにか――本を拾い上げ、埃をはらう。
 表紙に書いてある文字は劣化して一部抜け落ちてはいるが、読み取れる文字として“■■の日記_Vol.2”と書いてあった。筆跡からして女性だろうか?
 昔のここに居た女性……恐らくは修道女の日記が何故ここにあるのかは分からない。一度逃げた際に持って入って、出る際にここに落としてそのまま戻って来なかった……という辺りだろうか。

「……どうしよう」

 他者の日記を見るのは当然良くない事だ。
 だがもしもこの日記が遥か昔のものであれば、歴史的価値のある日記となるかもしれない。
 そのためにも保存状態を確認しなければ……という言い訳はともかく、俺個人としても昔の修道女がどんな生活をしていたのかというのは興味はある。
 軽くめくっていつ頃の本かとかだけでも確認しようかな、と、好奇心に駆られて本をめくってみる。

“■■年 六月ユノ一日。
 ああ、神父様はなんて格好良いのだろう、今すぐに襲いたい!”

 俺は黙って本を閉じた。

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