追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
相容れない存在の介入(:菫)
View.ヴァイオレット
「おかえり、軽めだけど晩御飯の用意は――おや?」
「あれ、ヴェールさん?」
シアンが派手に転ぶというアクシデントはあったが、転倒による怪我などはなく、服をより綺麗に洗濯しないと駄目になったという問題以外は起きず、私達は我が屋敷に戻った。
着くとヴェールさんが私達の代わりに晩御飯の準備をしており、予想外の存在にシアンとクリームヒルトは目を丸くしていた。
「ふむ、クリームヒルト君が来る事は知っていたが、シアン君までもか。まぁ一人分くらいはどうにでもなるが」
「いや、それよりもなんでエルちゃんがクロの屋敷に?」
シアンはヴェールさんの事をエルちゃんと呼んでいるのか。
渾名に対してあまり気にするタイプでは無いだろうが、ヴェールさんとしてはあまり無い経験では無いのだろうか。
「ちゃん付けはやめて欲しいのだけどね、年齢的に……まぁ良いか。色々あってね。私が此処に居る事が分からないという事は、説明が無かったという事だからね」
「説明?」
「うん、彼女らからの説明があったら私が此処にいる理由は分かるだろうから……私から説明をしようか?」
ヴェールさんは私の方を見ながら尋ねてくる。
視線に対し私は首を横に振り、その必要は無いと動きだけで伝えた。
「私から説明をする。ただその前に、シアン達の服を直さないとな」
「ああ、良かった。なんだか着方がおかしいと思ったのは私の気のせいじゃなかったんだね。若者向けの流行りのファッションかと思ったよ」
「流石にこんな着衣の乱れた服は無いでしょ」
まったくである。こんなオープンであったり、抑えていないとはだける様な服が流行ったら世も末である。
「……もっとオープンな服が着られる事は前世ではあったけどね」
クリームヒルトが小さくなにか呟いたが、上手く聞き取れなかった。
前にはあったなどと聞こえたが、聞き間違いに違いない。
「ところで、グレイ君達はなにをやっているのかな? 屋敷に入るなりなんだか抱き合っているように見えるけど」
「愛する者に配慮して、こちらを見ないようにする紳士的な対応です」
「すまないよく分からない」
とはいえ、事実その通りなのだから仕様がない。
問題と言えば、今は確かに露出が多いシアンだが、カラスバさんは普段のシアンの服装は見る事が出来るのだろうか、という事くらいだろうか。
◆
「――こんなものか」
まずはクリームヒルトが滞在用に持ってきていた服に替えた後、クリームヒルトがシアンの服……浴衣の着付けを行った。
私とヴェールさんも着直すのを見ながら、着方について学んだ。グレイは今日カラスバさんに泊まる予定の部屋を案内している。
クリームヒルトの前世に居た所の服という事は、これもクロ殿の前世の母国の服だ。いつか着てクロ殿を驚かせてみたい。……出来れば今日の白いワンピースのように喜んで貰いたい。
「ちなみにだけど、この服は下着無しの時に生まれた服だから、下着着用をしないのが正式な着方だよ。着ると下着のラインが出るらしいよ」
……下着無しか。クロ殿が喜んで貰えるのなら…………もう少し勇気が出てからにしよう。別にシアン達教会関係者の格好を否定している訳では無いが、恥ずかしいモノは恥ずかしい。
「ところでさ、イオちゃん。……私に隠している事ない?」
シアンがクリームヒルトから、リボンのような可愛らしい結びの浴衣の帯の締め方を教わりながら私に聞いて来た。というか器用だなクリームヒルト。自身が着るのと他者に着せるのとでは勝手が違うと思うのだが、かなり手際が良い。
「隠している事、というほどの事ではない。ただ、まだ説明をしていないだけだ」
「さっき言っていたエルちゃんの説明云々、っていうやつ? ……なんとなくだけど、私に関係する事じゃない?」
シアンは本当に神父様相手以外だと勘も観察眼も鋭いな。
「あ、神父様と意味深に話していたヤツ?」
「どういう事!?」
「どうどう、落ち着くんだシアン君」
そして神父様関連になると落ち着きがなくなるな。
「ふぅ、ふぅ……ゴメン、取り乱した」
「安心しろ、気持ちは分かる」
「分かるんだね」
「ヴァイオレットちゃんも似たようなものだからねー」
神父様と私が怪しい関係だとは思っていないだろうが、気になるものは気になると言う所だろう。シアンがクロ殿と意味深に会話していたら私も同じようになるだろうからよく分かる。
「とにかく、説明だな。神父様は先程なにかに気付いていたようではあるが、教会が面倒な事になっていてな」
「面倒? それって……」
「危険性は無い。命の危険性や、怪我を負うなどの心配はない」
「なら良いけど。……そっか。だから神父様、急に行き先を変えたんだ」
シアンの呟きは、恐らくデート中の行動を思い出しての事だろう。
神父様が騎士団の存在に気付き、シアンが気付く前に私達が出会った場所へと方向転換した、という所か。
それに今のシアンも神父様も教会関係者の服は着ていない。騎士団に気付かれずに去る事は可能であったかもしれない。
「でも、なんで私を遠ざけたの?」
「ああ、それは――」
私は一瞬言葉を区切り、ヴェールさんの方を確認する。
ヴェールさんは私の視線に気付くと、こっそりと手元の杖をアピールしていた。シアンが下手に動こうとした場合、拘束魔法を唱えられるという合図であろう。
シアンも私達のアイコンタクトに気付いてはいるだろうが、気付かれても今は服の事も有るので抑えるのは可能であるだろう。
「今、王国騎士団が教会に来ているんだ」
「騎士団? ホリゾンブルーちゃんが所属していて、スカイちゃんとかが憧れている高貴なる騎士団……とかじゃなくって」
「ああ。情けない話だが、騎士団長である私の夫の監視しきれていない、あまり評判の良くない派閥の者達さ」
「そんな彼らが、明日来る調査団から先行して、教会を勝手に借りていてな」
「なるほどね……その対応に神父様は戻ったんだ。確かにいきなり我が物顔で入っていたら、私も良い顔はしないだろうけど……それだけじゃないよね。他に理由が――って、痛い痛い。リムちゃんきつく締めすぎ」
「我慢して、この位締めないとすぐ乱れるから、今後着るなら慣れないと」
シアンはクリームヒルトの着付けに悲鳴を上げながらも、相変わらず鋭い事を私に言う。
……さて、言わないと駄目だな。
「その騎士団が先に来ている理由なのだが……クロ殿が容疑者として捕まえるためなんだ」
「……は、クロが!? なんで!?」
「国家転覆の容疑、との事だ。今は騎士団がクロ殿を容疑者として教会で待機という名で拘束している」
「クロが国家転覆をするなんて有り得ないでしょう! はっ、まさか何処かのカーマイン第二王子がクロへの嫌がらせで嫌疑をかけてんじゃない!? そうでなければわざわざ――」
「違う」
「え?」
シアンがクロ殿の現状をカーマイン殿下に関した事かと予測するが、私は即座に否定する。
私とて最初はその話を聞いた時、カーマイン殿下が嫌がらせしているのかと思った。だが今回の件はクロ殿を嫌っているだろうカーマイン殿下が指導したのではない。むしろ指導者として関与しているならば、現在殿下達が多く居るのでもう少しどうにか出来たかもしれない。
「……今回の一件はカーマイン殿下は関与していない」
「じゃあ純粋に疑われたって事? ほら、シキの皆って勘違いされやすいし、勘違いが重なったとか――」
「指導をしているのは――クリア教のオーカー大司教だ」
「――は?」
その名前を聞いた瞬間、シアンの声が明らかに一段低くなった。
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