追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

沸き上がる不明な感情(:菫)


View.ヴァイオレット


「いやぁ、実は今日の両手に花なデートだったんだけど、色々あってねぇ――って、あれ、カラスバ先輩? 何故ここに……あ、こんにちはです!」
「はいこんにちは。調査の先行として来ているだけだよクリームヒルト後輩。そういう君は……デートをしていたのか? 魔法の療養中だとは聞いていたが……あれ、髪切ったのか?」
「はい、バッサリといきました。それに療養中で骨も折れましたけど、大分治ったんでこうして元気にやってます!」
「療養中とは一体……」

 クリームヒルトは私におんぶされ、カラスバさんに挨拶をしながらも屋敷に向かっていた。
 カラスバさんは骨が折れたという話や、髪が短くなった事に少々戸惑いつつも先輩として対応をしている。

「それでクリームヒルト、服が壊れたとはなにがあったんだ? 服もそうだが、デートの相手はどうしたんだ? デートが終わって解散したのか?」
「うん、ティー殿下とはちょっと色々あって……」

 私が歩きながら尋ねると、いつものような明るい笑いはせずに珍しく落ち込んでいると言うか、元気が無い声で私の質問に答えようとしていた。どうしたというのだろう。
 あとついでではあるが、私はぼかしたのだが、クリームヒルトがデートの相手を言ってしまったからカラスバさんが「え、ティー殿下……?」と、デートの相手に対して疑問を思っていた。

「まぁまずデートでモンスターを狩りに行ったんだけどさ」

 私の中でのデート定義が揺らいだ。

「色々あって服を……服が汚れて、一旦洗って軽く干してたんだ」
「うむ」
「で、乾かしている間に少し話していたんだけど、その際に動揺する事が有って、慌てて服を着て外に出たら……」
「出たら?」
「……服を思い切りひっかけて、前が裂けたの」

 それならば抑えていないと服が捲れるので、下手に抑えて歩くよりはこうしておぶって貰った方が良い……というのは分かるのだが、なんだか違和感があるな。

「クリームヒルトちゃん、お一つ聞いても良いでしょうか?」
「なにー? あ、もしかして女の身体に興味を持って、私の身体を見たくなった?」
「おい降ろすぞ」

 私の息子になにをする気だこの小柄な少女は。言わないだろうが、見たいと言ったら見せるのか。……クリームヒルトは見せるな。躊躇いなく行きそうだ。
 少しは羞恥を――そうだ、羞恥と言えば……

「ティー様やエフ様であれば、クリームヒルトちゃんの状態を放っておかず、服をお貸しになったりされると思うのですが……」
「…………うん、貸そうとしてくれたよ」

 ……なんだろうか、クリームヒルトに違和感があるな。いつものような笑いが無いと言うか、余裕が無いと言うか。
 それにグレイの言う通りで、バーガンティー殿下であれば服を貸しそうではあるが。エフ……フューシャ殿下は関りを苦手とするので微妙だが、仲が良さそうなので貸しそうではある。
 むしろクリームヒルトであれば、上半身が裸になろうと気にせずに居て、逆に周囲が気を使うので、バーガンティー殿下はむしろ進んで……いや、それは流石に言い過ぎか。クリームヒルトとて羞恥心はあるだろう……いや、微妙だな。

――もしかして……

 そこまで考え、ふとある事をに思い当たった。

「貸そうとはしてくれたよ。けど、別に良いって言ったんだ。抑えていればどうにかなるし、まだ寒い中薄着だとティー殿下も風邪をひくかもしれないし……」
「……そこでなにかあったのか?」
「うん、ちょっと……大丈夫だと言おうとしたら、思ったより破れていて、私の両手じゃ抑えきれなくて、服が落ちそうになって……」
「なって?」
「……何故か分からないけど、次の瞬間には適当に言ってシキまで駆けていって、丁度今ヴァイオレットちゃんに会ったんだ」

 それはつまり、シキの外にバーガンティー殿下とフューシャ殿下を置いて来たのか。……大丈夫だろうか。
 いや、今はその件は置いておこう。あの御方達は私なんかよりも強いから大丈夫なはずだ。
 それよりも気になるのが……私の知るクリームヒルトとは少々違った行動をとった事だ。

「つまりそれは……身体や胸を見られそうになって、恥ずかしくて逃げたのではないか?」
「……別に私のひんそーな身体は見られても、眼を汚すだけだし、見られても構わないんだけど……」
「構わないのだが?」
「……別に大丈夫。大丈夫なはずなんだけど……」

 クリームヒルトは私の首元に顔を埋め、不思議そうにする私達に言うのではなく、まるで自分に言い聞かせるように言葉を繰り返す。

「…………」
「クリームヒルト?」

 そして無言になり、私が問いかけると。

「……何故かは分からないけど、彼に見られると思ったら、その、見せたくないと言うか……見られたくないと思っちゃって……」

 小さな声で、そう呟いた。

 “アイツは鈍いだけなんですよ”

 小さな消え入るような声量の言葉を聞き、クロ殿に言われた言葉を思い出す。
 クリームヒルトは過去に自身の本質を否定されたので、本質を見ないように鈍くなっているのだとクロ殿は言っていた。身体を見られて平気なのも、否定された自身の本質である身体なので価値を見出せず、異性に裸を見られようとも構わなく、羞恥が無いのだと言う。単純に外で裸を見せるのは法違反なのでしない、というだけであるらしい。
 だが喜怒哀楽はきちんとあり、感情を上手く処理できていないだけで本来は羞恥もあるし、誰かを好きになる事もあるだろうとクロ殿は言っていた。

――つまりこれは……

 そんなクリームヒルトが、見られたくないから逃げ出したと言った。
 グレイには見られても構わなそうにしているが、逃げ出した相手には恥ずかしかったという事だ。つまり……

「……なるほど、クリームヒルトはバーガンティー殿下に裸を見られるのが、恥ずかしいんだな」
「……そんな事ないよ。あったとしても、バインバインな侍女とかセクシーな女の人とよく接していただろうから、非魅力的な私の身体じゃ、見るのも嫌だろうと思っているだけだよ」
「偏見が過ぎるぞ。照れているのだよクリームヒルトは」
「照れてないよ」
「いる」
「ない」
「いる」

 何故だろうか、今の反応がクロ殿を彷彿とさせる。やはり今世で血の繋がりは無くとも、魂では兄妹なのだと感じさせる。……何故だろうか。
 それはともかく、他者の恋愛には興味はあり、自分も相手が欲しいとは言っていたが明確な相手がいなかったクリームヒルトがもしかしたら……

「クリームヒルト、私は応援するからな」
「……なんの事だかよく分からないよ」
「本当は分かっているのではないか?」
「……分からないよ」

 もしかしたら、恋をしているのではないか。
 そうかもしれないと思うと、友の恋を応援したいと思ってしまう。昔の私であれば、間違いなく否定はしていたであろう。
 今は応援はするが、なにせ王族と平民だと、クリームヒルトメアリーのような――

――ッ。……?

 ……あれ、何故今私はヴァーミリオン殿下とメアリーの事を思い出そうとして、クリームヒルトとヴァーミリオン殿下の光景が思い浮かんだのだろう。……混乱しているのだろうか。

――ともかく、確定はしていないが、めでたい事だ

 クリームヒルトが恋をしていたとしたら、私は全力で応援する。
 身分差がある以上は一筋縄ではいかないだろうが、当事者同士が納得いく形で進んで行ければいいなと思う。
 無責任かもしれないが、恐らくはクロ殿も――

「よく分からないけど、この感情について黒兄に相談しようかと思って……黒兄って今は屋敷? ヴァイオレットちゃんとデート中だったよね」

 そう、クロ殿も……

「あれ、ヴァイオレットちゃん、どうしたの……って、あれ、グレイ君にカラスバ先輩も?」

 私はクロ殿が置かれた状況を説明しなければならない。
 私は屋敷に着く前に、この自分の感情に気付き始めている状態のクリームヒルトに今の状況を言うと、彼女はもしかしたら……

「クリームヒルト、クロ殿なんだが……」
「黒兄が?」

 だが言うしかない。私は説明を始めようとして――

「イオちゃーんにリムちゃーん! なんか楽しそうだねー! そして助けて!」
「シアン!?」
「わ!? あ、シアンちゃん」

 始めようとして、シアンが現れた。
 いつもの修道服ではなく、以前メアリーに絵で見せて貰った振袖のような服を着ており……

「わ、なんだかいつもと違ったエッチぃ格好だね!」
「言わないで! あと普段もエッチくは無い!」
『えー……』
「イオちゃんまで!?」

 服が乱れて、クリームヒルトとは違った危うい服になっていた。
 ……クロ殿が居れば、見せないように目を防ぎたくなるような、同性の私でも思うほどの官能的な感じだな。

「あの、カラスバ様。何故私めの目を塞ぐのです?」
「グレイ君にはまだ早いよ」
「カラスバ様は見ても良いのですか?」
「俺も見ないよ。……妻に悪いからね。そういうレベルだ」
「どういうレベルなのでしょう……?」

 そしてグレイの視界はカラスバさんが塞いでいた。
 グッジョブだ、カラスバさん。それに紳士だな。

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く