追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

偽者_2(:偽)


View.メアリー


「恐らくはここでしょう」

 私達は教会の中に無断で入ります。
 懺悔室など解放された場ではない、見つかれば不法侵入で捕まってもおかしくは無いプライベートな生活空間。その中の、昔の名残で広いとシアンが言っていたお風呂場です。そこに私達は踏み入れていました。

「メアリー。この場になにかあるとは思えない。それにあのシアンというシスターは他者の機微にも聡い女性と聞く。そのような女性が暮らす場所で、隠された場所など――」
「ありました。ここが入口のようですね」
「……あるのか」

 私は壁を軽く調べ、隠された地下空間への入り口を見つけました。
 見つけた事にヴァーミリオン君は戸惑いつつ、目視で判断できるほどのとびらの顕現に驚きを隠せずにいました。どうやら魔法などで巧妙に隠されていたようですね。シアンが気付かなかったのもこれが理由でしょうか。

「俺が開けよう。大丈夫だとは思うが、罠があるかもしれん」
「警戒するに越した事は有りませんからね。ですが私が――」
「では開けるぞ。後ろに下がっていてくれ」
「……はい。お気を付けください」

 私が扉を開けようとする前に、ヴァーミリオン君は素早く扉を開ける窪みの前に手をかけました。……ここは下手に譲らないよりは、後ろで警戒した方がよさそうです。
 そして警戒しつつも扉を開け……

「……罠は無し。……本当に地下への階段だな。ああ、いや、疑ってすまなかったな、メアリー」

 開け、地下へと続く階段を見つけました。
 先は見えず、いかにも、と言えるような地下へと続く石でできた階段です。

「いえ、信じられないのは仕様が無い事ですよ。――先に行きますね」
「あ、おい。…………」

 そして私は先に行こうとするヴァーミリオン君よりも早く先導し、階段を下りていきます。
 なにか言いたそうなのも、私が危険だからと先に行こうとしたのも分かってはいますが、私は無視します。

「……私はいつか、ヴァイオレットは決闘後に修道女になっていると思っていたのを知っていますか?」

 そしてコツコツと足音が響く中、私は後ろを振り向かずに話しかけます。

「知っている。……それと、調べてみるとその予定であったとは聞く。しかし、カーマイン兄さんがヴァイオレットの話を聞きつけ、この地に嫁がせる事にしたとの事だが」
「ええ、そのようですね。クロさんが居たからそうなったのでしょう」

 ヴァイオレットのカサスにおける辿る道の一つである、“遠い修道院で過ごす”という結末。そして復活した封印モンスターの被害者(正確にはその前兆の被害者)として名前があげられる。
 恐らくですが、クロさんが居なければそうなっていたでしょう。

「……気になる言い回しだな。まるで予定が分かっていたかのようだ」
「ええ、分かっていましたよ。……そのヴァイオレットが入れられる修道院……教会は、この地である事も」
「なに?」

 そしてその“封印されたモンスター”がいる場所はこのシキです。
 カサスでも名前の明記は無く、辺境の地、程度しか書かれていなかった場所。設定資料集でも地名は書かれていませんでしたが、それはこのシキなのです。

「……どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。ヴァイオレット・バレンタインは、数年前からその地で神父をやっているスノーホワイト・ナイトの元に預けられ、過ごす予定のはずだったんです」
「…………」

 何故それがシキだと分かったのか。理由は簡単で、神父様の名前です。
 ヴァイオレットと共に被害者として語られる……正確には記載される神父様の名前。
 それは“スノーホワイト・ナイトと呼ばれる、数年前からその地で神父を務める聖職者”。……正直これは、神父様の名前を聞くまで忘れていた事ですが。
 当然それだけでは弱い情報です。クロさんや私、クリームヒルトが居る事によって変わっている可能性だってあります。

「既に過ぎ去った事だ。真偽はともかく、それと今のこの地下になんの関係性がある。あの神父が実は裏で非合法な事をやっており、この地下にその証拠があるとでも言うのか?」
「ふふ、問題のある方々を集め地下に捕え売買したり、危ないモノを育てさせたりとかですか? それでヴァイオレットの以前の状況なら、バレンタイン公爵家も“事故”として居なくなる事を認めたかもしれない、と」
「……例えば話だ。あの神父がするとは思えんがな」

 つまりそれは、バレンタイン公爵家は事故で娘が居なくなる事を黙認する事は否定しないのですね。“一度落ちた一族なんてどうなっても良い。やらかして名誉が堕ちるくらいなら、消え去ってくれた方がマシだ”という一家でしょうから。

「それで関係の話でしたね。実は思い出した事が有りまして」
「思い出した事?」
「ええ。……“公爵家から追放され、一介の修道女に堕ちたヴァイオレットは、辺境の地の教会で悲しみに暮れながら過ごしていた”」
「メアリー?」

 私は降りる事が出来なくなったため降りる足を止め、とある語りを言いだすと後ろに居るヴァーミリオン君も足を止めるのと、困惑しているのが気配で伝わってきます。

「“拒絶された彼女に復讐する気概も、開き直る強さもなく。愛するヴァーミリオンの想いを捨てきれずにただ嘆くだけの人形となり果てていた”」
「…………」
「“時間が有れば変わったかもしれない。二十歳を向かえれば新たな恋でも生まれたかもしれない。立ち直り、修道女として生涯を全うできたかもしれない。――だが、そうはならなかった。彼女は人形のまま十六年の生涯に幕を下ろす事となる”……そして、画面が赤い背景へと変わります」
「背景?」
「“――その地で”災害“が起きた。死傷者数百名。生き延びた僅かな者も殆どが怪我負っていた。偶然立ち寄った冒険者が救助をしなければ、彼らは死傷者の数を増やす存在となり果てていたであろう”」
「災害……」
「“冒険者は生き延びた者達……話を聞く事が出来るその地の領民に尋ねた。なにがあったのかと。安全な場所に逃げ隠れていたというその者は、怯え切った様子で、その一言だけを呟いた”」

 私は振り返り、ヴァーミリオン君の方と向き合います。

「“「化物が目覚めた」と”」

 身長差と階段の段差から自然と見下ろす形になっているヴァーミリオン君は、私の言葉に戸惑い――いえ、なにかを感じ取ったかのような表情で私の方を見ていました。
 ……そうでしょうね。昨日お師匠様と話していた事を考えると、私の行動になにか思い当たる節があるのでしょうから。

「その安全な場所というのが……」
「ええ、それがこの教会の隠された地下なのでしょう。そしてこの扉の先が私が貴方と行きたかった所でもあります」

 私は再びヴァーミリオン君に背を向け――安全な場所であろう、教会の地下の部屋の扉に視線を戻します。
 ……ここが安全な場所で、同時にクロさんが屋敷を探しても見つからなかったと言っていた、この地の歴史の本が眠る場所なはずです。
 そして私はその本で……

「メアリー?」
「……入りましょうか。私はここで貴方に伝えたい事がありますから」
「……分かった」

 私は何故か走る胸の痛みをどうにか抑え、一呼吸を入れて扉の取っ手に手をかけます。
 ……重く苦しいのは、長年この場所が誰も入って来なかった故の重さだけでは無いでしょう。
 私が行なう事に対する緊張と、ヴァーミリオン君に嫌われるのではないかという怖さ故のモノでしょう。

――ですが、このままでは駄目でしょう。

 怖がってばかりもいられません。
 私は身勝手に生きてきました。ですから嫌われる程度で怖がってはいられません。

――よし、行きましょう。

 私は意を決し、扉を開ける手に力を入れます。
 扉を開け、中に入ると私達の目に飛び込んで来たのは――

『……え』

 壁も床も天井も、全面がピンクよりな赤い部屋でした。

――え、なんですここ。

 床に散乱しているのは、武器の類です。ですが何故かほとんどが鞭です。馬用の奴や、紐のようなヤツや色々あります。
 他にも靴……ハイヒールが多いですね、何故でしょう。
 そしてこの部屋には他にも様々な“備品”が在りました。
 手と首を拘束するための断頭台で誰かを拘束するかのような三つの大小の輪。
 壁の近くにはローマ字のXのような形をしている、先に手首を拘束するかのようなものがある装具。
 木製で出来た、座ると痛そうな三角形の置物。
 見た目普通の椅子ですが、座ると電流が走りそうな椅子。

――もしかしなくてもここは……

 前世で話しだけは聞いていた場所。
 二次元の世界で見た事は有ります。面倒を見てくれていた淡黄シキさんが「こういうのが世の中にはあるんですよ。ふふ、私も女王様になれるんです……!」と、自身が行った事も無いのに何故か自慢していた部屋。
 そう、ここは……エスでエムな関係背の方々が“そういう事”をするための……

「……そうか。隠された部屋とはこういった場所で、メアリーは知っていたのだな」
「ち、違います! 空間があるのは知っていたのですが、こういう意味での部屋であるとは知らなかったんです!」
「大丈夫だ。俺はどんなメアリーでも受け入れよう。メアリーから受ける痛みなら……いモノであると受け入れよう……! だが受け入れるには時間がかかる。情けない話ではあるが、今これを受けるのはやめて貰えないだろうか……!?」
「ですから望んでここに来た訳じゃないですから! それに私が痛みを受ける側かもしれないじゃないですか!」
「えっ」
「え、あ、いや、そういう訳では無いですから! い、いえ、一方的にやろうとするのも駄目ですね、ドンと来いです。さぁ、私は受け入れますよ、手始めにこのなんかエックスみたいな拘束具に縛られましょうか!」
「お、落ち着けメアリー。それに俺がメアリーを傷つけるなんて出来る訳ないだろう!」
「見て下さいこの拘束具、独りで付け外し出来るモノみたいですよ! では拘束されますね!」
「待つんだメアリー!」
「私はちょっとやそっとの痛みくらい平気ですよ! さぁ、その鞭でどんどんどうぞ!」
「だから拘束されようとするな!」
「重要な話をしようとしたら、こんな場所に辿り着いた羞恥に塗れた私を痛みで忘れさせてください!!」
「分かった、まずは落ち着くんだ!」





備考
“私は壁を軽く調べ” → 大体平凡な魔法使いが数ヵ月がかりで行う検査


重要な話をしようとしたらSでMなルームに来たメアリーの運命やいかに

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