追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

カラスバレポート_2(:烏羽)


View.カラスバ


「やっぱりカラスバだ。こうして会って話すのは久しぶりだな。四年振り……だな」

 クロ・ハートフィールド兄様。ハートフィールド家の三男にして、変わった兄様です。
 私や妹のクリの面倒をよく見てくださり、あのお父様達の教育の影響を受けなかった変わった兄様でもあります。
 家に居る時は、お父様達の監視の目を潜って一緒に遊んでくれもしました。そして私やクリが興味を持った、お父様の言う「貴族らしくない事」に対しても「好きなモノは大切にしろ」と微笑みながら撫でてくれた温かさは今でも鮮明に思い出せます。
 恐らくクロ兄様が居なければ、私やクリはもっと人形じみた性格になっていたでしょう。……にも関わらず、私とクリはカナリアの件や学園祭の時、味方に居る事が出来なかった兄不幸者でもあるのですが。
 あと、話すのは正確には四年と七十三日と十三時間と二十八分です。そして去年の学園祭の時はお話出来なくて申し訳ありませんでした。

「なんでカラスバがここに? クリと一緒で明日のシキに来る調査の一員だって聞いたんだが……」
「俺は確かに一員です。ですが所用が有りまして後程合流するのです。……それを言うならば何故クロ兄様もここに居るのです。シキの領主でしょ」
「ぐっ、それを言われると追及できなくなるが……」

 久々に話したクロ兄様は、特に気負う事無く私と話していました。
 不意に話した割には……いえ、不意に話したからこそこのように普通に話せているかもしれません。私も会う時のために様々な会話のシミュレーションをしていましたが、突然の出会いにより吹き飛んでいますがこうして普通に話せています。案外こうして会えたことは僥倖かもしれませんが……

「はじめまして、ヴァイオレット様。私はクロ・ハートフィールド兄様の弟で、カラスバと申します。遅ればせながら、兄様との婚姻おめでとうございます。本来であればすぐにでも祝福の言葉と物をお送りいたすべきでしたのでしょうが、私の不徳を致す事により、此度のような時期になり、送るべきが祝言のみになり申し訳ございません」

 しかし、ヴァイオレット・バレンタイン、もといヴァイオレット・ハートフィールドと一緒に居るとなると話は別です。
 ヴァイオレット。私より二つ下の義姉となる存在。
 学園に彼女が通っていた頃は、私も何度か見かけた事は有ります。
 冷徹、高慢、攻撃的、排他的。それらを繋ぐ情緒不安定さ。
 私が何度かこの女を見て思った事は「関わってはいけない存在」という事です。
 身分差があるので目をつけられないようにする、というのもあります。ですがそれ以前の問題で、単純に彼女の性格は好ましくない……いえ、論外なのです。特に婚約者であったヴァーミリオン第三王子に関する事となると酷いモノでした。
 周囲は性格や行動に対する鬱憤などもあり、決闘の際には誰も味方をしなかったというのも納得できるモノです。皆が平民と王族という身分差を超える恋物語の熱にうなされていた、というのを加味しても、味方しないのも納得できるほどには。

「はじめまして、カラスバさん。何度か学園で見かけた事は有るのだが、こうして話すのは初めてだな」
「私の事を覚えていらっしゃるとは」
「何度か新聞部の取材らしき活動をしているのを見かけた程度だが。改めて、ご丁寧な祝言の言葉をありがとう。遅れた原因は貴方ではなく私の不徳によるものだ。貴方が謝る必要は無く、私が謝るべき事柄だ。申し訳ない」
「い、いえ、ヴァイオレット様が謝る必要は有りません」

 の、はずなのですが。見た限りでは学園で見たような冷たい爆弾のような印象は見受けられません。
 学園で見た事のない優しげな微笑みを浮かべ、私のような者相手に丁寧に謝罪をしました。
 それに私の事も学園に居た頃から認識していたようです。正しくは見ていた事を思い出し、記憶と私の外見と当てはまった、という事でしょうが。……どちらにしても、見てはいたのですね。

――ですが、それだけだ。

 意外ではあります。ですが、ヒトの本質というモノはそう安々と変わりはしません。
 あのシッコク兄様(結婚前)とロイロ姉様(結婚前)を混ぜて割ったような、中途半端であり、兄様達のような心の強さも持ち合わせていない女。
 菫色の髪や所作、そして外見が美しいのに関してはクロ兄様と釣り合うでしょうが、私の知る中身であればクロ兄様と釣り合うモノも釣り合いません。

「新聞部? カラスバ新聞部に入っていたのか?」
「ええ、俺の性に合っていたので」
「そうか。カラスバは字も綺麗だし、読み書きが上手かったからな。是非カラスバの記事を読んでみたいよ」

 ……よしっ、クロ兄様に褒められました。

「……だけど、カラスバには色々と迷惑をかけたからな。見るのはまだ先になるだろうな」

 ……どうやら、クロ兄様は私に負い目を感じているようですね。

「そうですね、クロ兄様が学園に通っていられたのならば、いくらでも見せる事が出来たのですがね」
「うぐ」
「お陰様で私やクリはお父様とお母様の監視が厳しくなりました。私に至っては一年生の頃は最高学年にクロ兄様が殴った第二王子殿下が居られたのですよ。それはもう肩身が狭いのなんの」
「うぐっ。……ごめん」
「いえいえ、気になされないでください、クロ兄様。相手も特に俺にはなにもしてきませんでしたし、無事卒業は出来そうです。それにクロ兄様はこうして美しき妻を迎え入れる事が出来たのです。聞けばカナリアも無事である。なにも問題は有りませんよ。むしろ祝福いたしますよ。よっ、この幸せ者っ。さぁ、幸せと言いましょう、私もこうして無事に会えて幸せです!」
「うぐぐ……いっそ罵倒してくれ……」
「収まる所には収まった。五体満足、精神的トラウマも無し。そして問題は生きていれば必ず生まれるモノです。あの出来事もその内の一つに過ぎず、問題を起こした謝罪は今ほど受けましたから、罵倒する意味が無いじゃないですか。気にする必要なんて有りませんよ」
「カラスバ、お前……」
「ですが感情・短絡的行動に関しては反省をなさってください。反省しなくて良い、と言っている訳では無いので」
「…………はい」

 ふぅ、この感覚懐かしいです。ちょっとスッキリしました。
 クロ兄様は何処か大人びて達観じみた保護者のような存在な時もありましたが、子供じみていた所の方が多かったですし、案外言葉で言いくるめられるコツはあるのです。それにしても、うぐぐとなるクロ兄様懐かしいですね、可愛いです。

――……だけど、クロ兄様が殴ったカーマイン殿下が私になにもして来なかったのは事実なんだよな。

 正確には私にわざわざ会いに来ました。その時は私の学生生活は暗く塗り潰される、と思ったのですが、私には本当になにもせず、私を観察して終わりました。
 血が繋がっている私に対して憎みもせず、侮蔑もせず……それにクロ兄様に対してもアレは……

「おお、クロ殿がいいように言葉でやられている」
「失礼、ヴァイオレット様。お気を悪くされたのならば申し訳ありません」
「いや、構わないさ。言葉はきつくとも、兄弟の仲の良さ故の会話だという事は分かるからな。私は兄達とはこのように会話は無かったから、羨ましいよ」

 当たり前です私とクロ兄様の仲ですよ。血の繋がった、一番年齢の近い男兄弟なのです(年齢差的にはクロ兄様とゲン兄様の差は同じですが、誕生日の月日的には私とクロ兄様との方が年齢が近いのです)。仲良いのは当たり前です。ふふん。
 ですが……今一番クロ兄様に近しい存在がこの女だという事も分かります。なにせ……

「私にとっては貴女達の仲の良さの方が羨ましいですよ」
「? 私達の仲の良さが分かるようなことをしただろうか?」
「いえ、ずっと仲良く手を繋いでいるじゃないですか。それで充分ですよ」
「ん? ……あ」
「夫婦仲良いのですね」

 なにせクロ兄様と仲良く恋人繋ぎをしているのです。なんですか見せつけたいのですかそうですか。夫の弟と挨拶しているのに手を繋ぎっぱなしで、気付かずにいるとかどんだけ自然に繋いでいるんですか。

「いや、これはだなその、違くは無いのだカラスバさん!」
「私も昔は手は繋いでくれましたが、そのようには握ってくれませんでしたし、クロ兄様も幸せそうです。弟として嬉しい限りですよ」
「そうだ。仲良いのは確かだが、これは俺が握りたくて握り続けているだけで、ようは綺麗な妻の手を守りたいと自然と思っているのだ!」
「やかましい」
「えっ」

 おっと、つい本音が出てしまいました。新聞部の記者として失格ですね。
 ……というか、やはりクロ兄様も例に洩れず家族愛に狂っているのでしょうか。結婚すれば相手を想わずにはいられない。それでヴァイオレットを狂うほど愛しているということなのでしょうか!
 ……ですが、気になる事も有ります。そう、ヴァイオレットのお腹が大きくは無い事です。
 結婚してからもう半年は過ぎてますし、あまり想像したくは有りませんが、当然“そういった行為”もしているはずです。そうなると子供も出来るでしょう。個人差はあれど半年もあれば大きくてもおかしくは無いのですが……はっ、まさか――

――裏で脅されている……!?

 まさか弟である私の手前で仲の良いふりとして手を繋いでいるだけで、もしや裏ではクロ兄様を虐げている可能性があるのでは……!?
 新聞部という情報も今はシキに居ると言う先遣隊から聞いており、話を合わせ、良いヒトのふりをして私を油断させるためにしているのではないでしょうか! ……お、落ち着きましょう。飛躍し過ぎですね。

「カ、カラスバ……?」
「冗談ですよ。あまりに興奮しているようなので。こう言わないと冷静にならないでしょう?」
「あ、ああ、そうか。そうだな」
「う、うむ、カラスバさんは冷静だな」

 どうやら誤魔化せたようです。ふぅ、危ない危ない。
 ……あれ、それにしても何故私はこんなにも慌てているのでしょうか。確かにクロ兄様が騙されているのならばどうにかしたいですが、可愛いと思ったり、ふふんとかヴァイオレットに内心で勝ち誇ったりと先程から余計な思考が多いような気がします。

「相変わらずカラスバは頭が良いな。俺に気を使わせないようにしたり、冷静にさせたり。お前には敵わないよ」

 私がよく分からない感情に対し困惑していると、
 そう言ってクロ兄様は昔と変わらない微笑みを浮かべて――

「お前は昔から相手を気を使ってくれる優しさがある。それが変わらないでいてくれて安心したよ」

 私を、撫でました。
 昔を思い出させる、兄として弟を可愛がる、変わらない優しさがあって……。
 …………。
 ……………………。

「……クロ兄様。俺はもう十八です。撫でるのは止めて下さい」
「ああ、ごめんな。つい昔の癖で」
「いえ、構いませんよ。つまりはクロ兄様が成長しないという事ですから。変わらずいて安心しました」
「うぐ……」

 私が言うと、クロ兄様は昔と変わらない表情を浮かべ、撫でている手を引っ込めました。
 …………なんで私は忘れていたのでしょうか。

――ああ、思い出しました。

 今の撫でられた感触で、思い出しました。
 昔の感情を。そして今の想いを。

――ああ、やっぱり……!

 あああああああ、やっぱりクロ兄様は良いです良いです格好良いです。
 今までは味方を出来なかった後ろめたさがあったので会う事が出来ずにいましたが、今こうして四年と七十三日と十三時間と二十八分振りに話してみて改めて感じます。私はクロ兄様が大好きです!
 クロ兄様はやはり私やクリにとっての救世主メシアです! いえ、救世ごときではクロ兄様に失礼ですね。
 クロ兄様はクロ兄様という言葉がそれ以上でもそれ以下でも無く、素晴らしいと言う単語を辞書で引けばクロ兄様が出て来るのです。
 意味を当てはめるのではなく、意味が付いてこい。そういう存在です。

――そんな存在を、汚すというならば……!

 私はこうして会い、会話をし、再びクロ兄様のぬくもりを知った事で自分の中にある愛に気付きました。
 この愛を守るためなら、私は修羅にでもなりましょう。
 そう――例え元公爵家であろうとも、クロ兄様を不幸にすると言うならば容赦はしません!

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