追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
デート、紺と雪白の場合_2(:紺)
View.シアン
肌着を着用し、その上に着た上下一体のワンピースのようなその服は、浴衣という名前の服だそうだ。
レモちゃんが元々居た国の服装らしく、故郷の服を懐かしんだところ僅かな情報からクロに再現して貰ったらしい。恐らくはクロの前世で居た国が、レモちゃんの故郷である東にある国と似ているから作れたのだろう。
着るのが少々複雑であり、色々と窮屈であった。少し緩めたいと言うと、
『一度はだけると慣れていない方に着直すのは難しいですよ? そしてそのまま神父様の前で色々と晒しても良いのなら……あ、そっちの方がアピールになりますね。良いですよ、少し緩めますか!』
との事なので、大人しく着ることにした。
そして腰辺りに可愛いワンポイントとして装着用リボンをつけたのだが……正直歩き辛い。スリットを入れていない修道服の方がマシと思えるほどだ。修道服と違って、服の……境目? があるのでどうにかなっているのだが、油断をすればこけそうである。
『うん、良い感じですねっ』
『わー、シアンちゃん、綺麗!』
だけど私の雰囲気を変えられたのは確かだし、服自体は嫌いではない。
とりあえず褒めておこう、的な感じではないリアちゃんやレモちゃんにも褒められたし、これなら恥ずかしくも無い。
――という訳でいざ神父様とデート!
褒められたら嬉しい、アドバイスを貰っての初めてのデート、神父様は楽しんでくれたら良いな。などと言う期待。
似合っていないと言われたらどうしよう、初めてのデートで失敗したらどうしよう、神父様が退屈だったらどうしよう。などという不安。
だけど期待と嬉しい気持ちの方が遥かに上回ったので、私は待ち合わせ場所の宿屋の裏手に回り――。
「ぐっはっ!」
神父服とは違う服である、私のような浴衣を着ている格好良い神父様にダメージを受けた。
くっ、なんだアレは。格好良い、格好良いがすぎる。
流石はこの世界で一番美形かつ格好良い神父様だ。恐らくはカー君辺りに着せてもらったのだろうが、私と似た系統にも関わらず、服に着られることなく着こなしている。元が良いからこそ映えている。
ああ、白い髪に翠の目で姿勢良く立ちながら待っている姿のなんて絵になる事だろう。私に絵心があればこの光景を後世まで残せるというのに。だけど私の中では永遠に残し続けますからね、神父様!
「やぁ、シアン。着替えたん――なにをしているんだ?」
「なんでもありません、ちょっと立ち眩みがしただけです」
「大丈夫か?」
私があまりもの光景にクラっと来ていると、私の存在に気付いた神父様が私の方を見て小走りに近寄って来た。
いけない、心配をかけさせてはいけない、早く立ち上がって平然に振舞わないと!
「大丈夫です、神父様っ! 私はこの通り元気ですので!」
「………………」
「神父様、どうされました? 私の顔になにか……?」
「あ、ああ、えっと……」
私は背筋を伸ばし、元気アピールをすると神父様が妙な表情になった。
な、なにか変だっただろうか。他者の機微には分かる方な私ではあるけど、神父様相手になると色々と見惚れてしまって分からなくなる――はっ、まさか興奮して鼻血でも出ていただろうか。良かった出てない。
あるいは……私のこの服装、似合っていないのだろうか。だとしたら悲しいけれど、やはり私に合う服に変えた方が良いかもしれない。こういうお淑やかな女の子っぽい服は私には似合わないのだろうか。
「いや、その……普段と違うシアンに見惚れてしまって……言葉を失っていたよ。似合っているぞ、シアン。とても可愛くて綺麗だ」
「ぐはっ!」
「シアン!?」
良かった似合ってた褒めて貰えた見惚れて貰えた喜んで貰えた!
照れながら言っている所が加点対象だ。神父様の照れた表情を見れただけでも嬉しい上に、私を可愛いと言って貰えた!
なんだろうなんだろう、この嬉しさはなんなのだろう。
期待して準備し、期待した方向の反応が愛しの相手から言われた嬉しさ。それがこれほどまでの嬉しさを伴うとは。
今の状況では無ければ、重大な病気でないかと疑うほどに頬が熱くて心臓の鼓動が早い。これはマズイ。嬉しいが故に依存性がありそうである。
恋を知らない時の私は「一人の男に執着するとか訳分からん」とは言っていたけど、今なら分かる。こんなもの何度でも味わいたいし、執着する理由が分かってしまう。こんなもの劇薬だ。
「シアーン……?」
はっ、しまった。嬉しさのあまりふらついて壁に頭をあててしまった。これでは私がただの挙動不審な女ではないか。
落ち着け私。にやけて見せられなくなっている顔を戻して早く神父様に向き直らなければ。ひっひっふー……なにか違う、落ち着け私。
よし、落ち着いた。さぁ神父様に笑顔を見せて――
「…………なで、なで」
「!?」
見せようとしていたら、神父様の手が私の頭に置かれた。しかも撫でられている。
なんだ、なにが起きている……!?
「し、神父様……?」
「あ、ああ、ごめん。急に髪を触るなんて失礼だったな」
「い、いえ。大丈夫ですよ。嬉しいです。ですがどうして……?」
「……腰についているリボンを見たら、可愛く思って、そして丁度良い高さにシアンの頭があったから、つい撫でたくなってしまって……」
なんなのだこの神父様は。私を羞恥で殺したいのか。
ある意味この世で最も幸せな神の待つ場所への行き方の一つかもしれないが、神の待つ場所に行くとこれ以上の幸せを味わえなくなるので、少し勘弁してくれると嬉しいです。
「で、ではデートに行きましょうか!」
「そうだな。あ、そうだシアン、手を」
「手? はい――え、神父様なにを!?」
「ん? 春も近いとは言え、まだまだ寒いからな。冷えるとイケないからな。ほら、もっと近寄って」
「!?」
神父様は、私の、左手を、取って、包み込む様に握ると、肩が触れ合う、ほどに、近付いて来る。
「寒いからな、こうして身を寄せ合って歩こう」
「さ、寒いですからね!」
「ああ、この服はこの時期にはちょっと寒いな」
「え、ええ、ですが私は不思議と暑いです」
「ん、そうなのか? 俺と似た服だが、女性用は意外と暖かいとか?」
「い、いえそう言う訳では無く、先程まで少し寒かったのですが、暑いというか、熱いというか、特に顔が……」
「顔? ……熱でもあるのか? もしや風邪なんて……」
「大丈夫です。そういう熱さじゃないんで。大丈夫なんです……!」
「そうか……シアン、動かないでくれ」
「え――」
「――ん、本当だ熱いな。大丈夫か?」
「!?」
神父様が、私を、見たかと思うと、顔を近付け、おでことおでこを合わせた。
近い近い、とても近いです! 綺麗なその顔を近付けないで! 嬉しいけど、嬉しいですけど……!
「わ、私は大丈夫ですから! 離れて頂ければ収まるんで!」
「そうか? 無理はしないでくれよ」
「大丈夫です、無理はしないんで!」
そう、無理はしない。
突発的とはいえ初デートなのだ。無理をして倒れるなんて失態はしたくない。だから私は無理はしない、絶対に生きる。
恐らくこの近づいたりしているのも、いつもの鈍感な神父様故に出来ている距離感というやつだ。普段から神父様は感情に疎いので距離感は誰にでも近いし、その一種というやつだ。もう慣れてきているはずだ。落ち着くんだ、私!
「だが俺は離れないぞ。折角の大好きな彼女との初デートなんだ。むしろもっと近づいて彼女であるシアンと触れ合いたいくらいなんだからな」
「うぅ……」
神父様に対しては感情を読み取り辛い私でも分かる、裏表の無い言葉。
感情に疎いからこそ出来ている、心から素直に出している言葉。
……私、今日終わった後に生きているだろうか。
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