追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

デート、灰と杏の場合_2(:杏)


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「質問と言っても複雑な事ではない。所感程度で構わないのだが――友としての好きと異性の好きの違いはなんなのか、という相談だ」
「複雑じゃねぇだけで難しい質問の代表じゃねぇか」

 一通り調味料を買い、仕舞える場所に仕舞いながら僕は質問をすると、店の主人は困ったような表情になった。

「ようは師弟関係であった彼に、つい先日異性として好きであると告白されてな」
「ほう?」
「だがずっと我は彼を弟子や弟としてしか見て来なかった。……しかし、接吻をされ、告白されてからよく分からなくなってな」
「ほう。少年は純粋そうに見えて情熱的だねぇ」
「我も好ましくは思ってはいるのだが、いざ向き合おうとすると分からなくなるのだ。我から接吻も……あったのだが、どうも流されているだけではないかとな」
「なるほどな。……ふぅむ」

 僕が軽い説明をすると、店の主人は顎に手を当てて真剣な表情で考えてくれる。
 場を流すためではなく色々と考えている辺り、人が良い性格なのだろう。

「そう深く悩まずとも良い。親しき間柄の者達だと恥ずかしくて話せぬから、聞いているだけである。酒場で初めて会った相手の愚痴に答える程度の回答で構わぬ」

 今後もあまり来ない場所の、知らない相手だから軽く話してはいるので答えを求めている訳でも無い。
 知らない相手にも理解してもらえる事は、確実に自分でも分かるようになる。僕自身が悩んでいる事を、こうして口に出して相手に相談をする事で自身で理解する事。ようはモヤモヤを吐き出して悩みを明確にする事が今の会話の目的である。そういう意味では既に大部分が目的達成出来ていると言えよう。

「とりあえず付き合っちまう、というのはどうだ?」
「とりあえず?」
「ああ。付き合うって事は別に神聖視されているものでもねぇんだ。悪く思っていないのならとりあえず付き合って、付き合って駄目だと思ったら別れる、というのでも良いんじゃないか? せっかく好意を持たれて付き合って欲しいと告白されてるくらいならな」
「む……だがそれでは我が安い女みたいではないか。付き合うなら真剣に想い合うべきでは? それが相手に対する誠実というモノであろう?」
「告白をされて、キスを自らしておいて、ウダウダ悩んで答えを返さない方が不誠実だろう」
「うぐ」

 ……そこを突かれるとなにも言い返せぬな。確かに言われるとおりである。
 クロさん達辺りだと例え思っていても、気を使って言わないであろうからな……シアンさんやエメラルドであれば言うだろうが。

「……はぁ。確かにそうであろうな……」
「まぁ俺の意見もそう言う考えもある、程度で良いんだよ。付き合うとか付き合わないに囚われちゃいけねぇ。っていう嬢ちゃん達より長生きしているオッサンからの言葉だ」
「ふむ、お言葉感謝する」

 囚われすぎ、であるか。
 考えるな、悩むな、と言っているのではなく、あくまでも悩み過ぎて自己嫌悪に陥るな、と言われている気がする。……確かにこういう風に悩むのは僕らしくなかったかもしれない。

「ふぅ……我らしくなかった、か。これでは弟子が好いているであろう我としての在り方が揺らぐ所であったかもしれんな……」
「というかなんでそこまで悩んでんだ? あの少年になにか不満や……家庭の事情でもあんのかい? ああ、答えたくないのなら良いんだが」

 僕が溜息を吐くと、店の主人は周囲を見て彼がまだ近くに居ないことを確認すると、世間話の延長かの様に聞いて来た。
 別にここで答えを返さなくても問題無いだろうが……そうだな、もしかしたら答えが返って来るかもしれぬし、僕が一番懸念している事を話してみよう。

「ほら、弟子って世界一の美形ではあるではないか」
「ん?」

 僕は自身の外見には自信がある方だ。
 髪の手入れは欠かさないし、年齢にあった栄養を美味しく食べ、身嗜みには気をつけている。この外見もとがあの親の遺伝子によるものと考えると腹立たしいが、自信が付くほどに磨いたのは自身の努力によるものだ。
 それらを謙遜せずに自信を持つ事は世間では好ましくないと思われるかもしれないが、自身を誇る事自体は間違っていないとは思う。だからナルシストだと言われても僕は誇り続ける。

「だが、弟子と比べると、どうしても我が霞むのである……!」
「お、おう」

 灰色の綺麗な髪、赤鉄鉱ヘマタイトが如き美しく輝いた灰色の瞳。
 我よりも白くキメ細やかで綺麗な肌に、愛らしい笑顔。
 まつ毛は長いのに、不思議と女性らしさは感じない、中性的ではあるがやや男性的な顔。
 年齢相応の可愛らしさの中に内包する、確かな色気。
 彼以上に美形な男が居ようか。いや、居ない。

「その事実に、恥ずかしながら告白されてから気付いたのだ……身近すぎると、ありがたみが薄れるというやつなのだな……」
「……そうだな」

 告白されてから弟して見ていた彼を男性と見るようになると、不思議と彼を見る目が変わったのだ。
 彼を見ていると常にドキドキのしっぱなしである。
 傍に居れば幸福のあまり、この幸福を味わうために彼と共に今後歩んで行きたいと思う。
 だが、彼のような男子と共に歩めるモノを僕は持っているのか。まだ修行が足りないのではないか。彼と付き合うに相応しい外見を僕は有しているのか。
 当然外見が全てではない。僕とて中身……勉強や魔法や家事スキルを磨くのにも余念は無い。
 だが彼は僕には無い全属性の魔法適性を持ち、才能は随一。
 あらゆる情報を学ぼうという姿勢に、珈琲紅茶を淹れるスキルは、公爵家と言う立場のヴァイオレットさんが「今までで一番淹れるのが上手い」と言うほどには優れている。ようは中身も素晴らしいのだ。
 それを踏まえると、僕はまだ彼と付き合う権利はないのではないかと思い悩んでいた。
 己を磨いて彼に相応しい存在となった後に、彼と向き合う事で己が感情と向き合う事が出来るのではないか。互いに高め合う存在になってこそ、その時に異性としての好きなのかをハッキリとさせることが出来るのではないか!
 彼が世界一でなければこんな事に悩みはしないだろう。だが彼が世界一なのは仕様が無い事であり、今更変えられる事でもない。ならば僕自身が世界一に届く女になってこそ、異性としての付き合いと感情に意味があるのではないか!
 そうすれば答えを返せるのではないかと思っていたのである。
 そもそも考えようとすると、胸の高鳴りのせいで好きについて上手く考えられなかったというのもあるのだがな!

「だが貴殿の答えによって、我も見方を変えようと思い始めた。ありがとう、店の主人」
「あー……まぁ、なんと言うかだな、嬢ちゃん」

 僕が一通り悩みを語ると、店の主人はなにを言って良いか分からないかのように言葉を詰まらせる……というよりは、言葉選びをしているように思える。

「心配しなくても“好きかどうか”という嬢ちゃんの悩みはすぐに晴れると思うぞ……?」
「そうなのか?」
「ああ。……そこまで想っているんなら大丈夫さ……」
「?」

 何故店の主人は疲れているのだろう。僕の相談が長かったのだろうか。
 店を構えているのに、僕が居るせいで他の客の相手を出来ないでいるからな。商売の邪魔と思われているやもしれん。

「アプリコット様ー! お待たせいたしましたっ!」
「む、戻ったか」

 店の前から移動するかどうか悩んでいると、丁度良い所に相談の彼が戻って来た。
 ……うむ、僕を見つけて楽しそうに笑う姿は本当に可愛らしい。あまりの可愛らしさに攫われないか心配であったが、護符が反応していないので大丈夫だったのだろう。

「さて、ではデートの続きと行くか。主人、良い買い物が出来た。また会う時があればよろしく頼む」
「あ、ああ……え、デート?」
「はいっ、私めとアプリコット様はデートの最中なのです! そのためにもプ――色んな所に行って楽しもうかと!」

 今プレゼントと言いかけていたな。
 同時に懐にしまったなにかを確認している。アレでバレていないと思っているのだから本当に可愛い。

「……嬢ちゃん、少年。この街を楽しんで行きな。この街で商いをする者として祈らせてもらうよ」
「はい、ありがとうございます!」
「ではな。……さて、次は何処へ行こうか」
「そうですね……あ、中央に噴水があるそうです。街の中心らしいですし、見に行きませんか? そこにはお花屋さんもあるそうですよ?」
「おお、良いかもしれんな。では行くぞ弟子!」
「はい!」

 相変わらず自身のためではなく僕のために言うのは嬉しい反面、寂しい面もある。
 だが弟子とこうして新たな街を見て回れるのは楽しいモノだ。
 先程の相談で少し吹っ切れたので、僕は僕らしく行こうと思う。
 そう思いつつ、噴水の方へと歩んでいくのであった。



「……さっきのお貴族様夫婦もそうだが、最近の子はよく分からねぇなぁ……」

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