追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

紺と雪白と黒の出会い_4(:紺)


View.シアン


「ど、奴隷共、私を守れ――っ!」

 男は周囲の奴隷に命令を出し、首元が赤く光った周囲の女性は少し辛い表情をしてクロ・ハートフィールドを襲おうとして――

「悪いが眠っていろ」

 敬語を使わないクロ・ハートフィールドに、一撃ずつ喰らって全員が意識を刈り取られていた。

――早い。

 辛うじては見えた。だが辛うじてだけだ。
 あの場に居れば直感的にガードは出来るだろうが、今まで戦ったどのクロ・ハートフィールドよりも早い。
 手を抜いていた、というよりは今が……

「おい、テメェの奴隷のいる場所に案内しろ」
「誰が話すものか――!」
「言え」
「――っ、話す訳、が……あっ――痛ぅ……!」
「言え」

 今が、クロ・ハートフィールドにとっての容赦のない状態なのだろう。
 周囲が見えなくなるほどの感情の暴走。何故そのような状態になったかは分からないが、私でも分かる事があるとすれば……クロ・ハートフィールドにとって、あの奴隷商の男が許せない行為を行った、という事くらいか。

「あ、案内する! だからこれ以上は――」
「そうか。……アプリコット! グレイのケアが終わったら、ここに居る奴らの保護と解呪も頼む!」

 一通り脅すと、奴隷商の男は痛みに耐えきれなくなったのか案内すると言葉を吐く。
 クロ・ハートフィールドはその言葉を聞くと、部屋の外に居るのかアプリコットの名前を呼び、この場を任せるように言う。……グレイのケアというのは、なにかあったのだろうか? いや、それよりも――

「クロ・ハートフィールド!」
「シスター……!?」

 私は屋敷の玄関に先回りし、出て来た所を待ち伏せしてクロ・ハートフィールドと奴隷商の男の前に立つ。
 普段の行動のせいか、私が居る事に驚きつつも今は構っている様子が無いと言うような表情になる。

「申し訳ありませんが、今は用事がありまして。失礼します」
「待ちなさい」

 怒りで支配されているだろうに、敬語を使ってすぐに去ろうとする。
 私はそれを言葉で止めた後、

「私も行く」

 そう告げた。







 結果だけ述べるのならば、奴隷商の一団は不法売買により逮捕された。
 詳細は分からないが、奴隷商はとある貴族と癒着しており、好き勝手やっていたそうなのだが、その貴族以上の権力によって潰されたそうだ。
 その件についてクロ・ハートフィールドに聞いても、詳細は語れないと言われるのみであった。ただ、事件の前後で、シキでは見ない赤い髪の身長の高い女性と話しているのを見たので、彼女と関係しているのかもしれない。


 あの私がクロ・ハートフィールドと合流した後に奴隷商の男から聞いた、奴隷を管理している所は思ったよりもシキの近くにあった。
 そして私とクロ・ハートフィールドでその場所に乗り込んだ。
 案内させた奴隷商の男が叫んだことにより、他の仲間が様々な護衛や奴隷用のモンスターを放って私達を捕縛……いや、殺そうとしたのだが、私達が協力して全てを薙ぎ倒した。
 私は魔法を使って対応したのだが、クロ・ハートフィールドは身体強化の魔法以外はほとんど魔法を使わず戦闘を行った。

 雇った護衛の大男が現れれば、武器を振り被るより早く拳で鎧を砕いて、怯んだ後に相手の膝を利用して飛び上がり顔面に蹴りを入れただけで戦闘不能にした。
 複数の魔法使いが遠くから魔法を唱えようとすれば、防具を含めて総重量二百を超える大男を掴んで投げて妨害した後、その衝撃で倒れなかった魔法使いに接近して拳一つで意識を刈り取った。
 改造されただろう獣のモンスターが複数放たれれば、魔法強化用の杖を投擲武器の様に放ち、正確に喉や腹部などに当てて貫通させ、壁に貼り付けにした。
 不意を突かれてオークが振りかぶった一撃を振り下ろされた時は、最小限の挙動で軌道をズラシて避け、顔を掴んで握力で顔を潰した。

――凄い動きだった。

 私も別のオークを拳で沈めたり、逃げようとする奴らを気絶させたりとはした。別に負けた働きはしていないと思うのだが、あの時の動きぶりはクロ・ハートフィールドよりは劣っていたと思う。……あんな多対一の戦闘に慣れているかのような動きは、私にはまだ出来ない。
 あと、一通り倒し終え、拘束できる者は拘束するとクロ・ハートフィールドは「南無、阿弥陀仏。すまないな、モンスター」などと手を合わせて妙な言葉を呟いていた。意味はよく分からないが、黙祷を示しているように思えたが、アレはなんだったのだろう。

――その後も、無茶するし……

 一通り制圧は完了したけど、奴隷を多く収容している場所である、扉に鉄格子がはめられた場所の鍵が無い事を知ると、クロ・ハートフィールドは構えた後蹴りで鉄格子を壊し始めたのだ。
 そして複数回蹴りを入れた後、鉄格子を支える根元の部分が先に崩れたので、そこからさらに色々と力を加えて鉄格子を無理矢理外していたのである。

――思ったよりも脳筋なんだろうか。と思いはしたけど……

 普段は物腰柔らかく接してはいるが、実は脳筋で喧嘩っ早いのかと思いもした。
 だけど、その時のクロ・ハートフィールドは冷静でいられなかったのだと思う。
 例えば、どうしても確かめたい事があって、冷静でいられないでいる、とか。その確かめたい事とは――

『……カナリア?』
『……クロ、様……?』

 例えばどうしても会いたい存在が居て、その相手と会えるかもしれないという希望があるとか。
 そしてそれは相手も同じ事で、深いどん底の闇の中、一筋の光を見たかのように相手を見ていた。

『良かった』

 互いに姿を確認した後、クロ・ハートフィールドは金髪の女性に近付いて、

『良かった。本当に、良かった……! また会えて、良かった……!』

 抱き着き、人目も憚らずに泣き出していた。
 たった一ヶ月の付き合いではあるが、あの時の表情が彼にとって珍しい表情かんじょうであった事は私にも分かった。
 そして抱き着かれた女性も、我慢してきた感情ものが一気に来たかのよう泣き崩れていた。
 大切な相手に出会ったかのような、家族に再会できたかのような感情。
 それを互いが同時に……偽りなく、抑えきれずに表している。

――良かったね、クロ。

 私はその姿なみだを見て、クロ・ハートフィールド……クロは、私の知る貴族や大司教とは正反対の場所に位置する存在だと確信した。
 誰かのために頑張れて、口だけではなく行動をし、他者との繋がりを大切にする貴族。
 今まで疑ってきた私が恥ずかしい。この一件が落ち着いたら今までを謝罪しなくては。そして、許してくれるのなら友達に……貴族相手に私が友になれるかは分からないけどね。

「……でも、羨ましい」

 私は帰路につきながら、色々なごたごたなせいですっかり暗くなった夜空を見上げて私は一つ呟いた。
 なにに対して羨ましいのか。それはあの強さに対してではなく、あの時に流した涙に対してだ。

 私には家族は居ない。
 私は実の親の顔は知らない。生まれてすぐ教会に捨てられていたからだ。
 名付け・育ての親はもう居ない。数年前に病死した。
 仲の良い修道女仲間や、お世話になった先輩修道女も居る。
 一緒に過ごした皆は家族というならば家族だろう。だが、今はもう居ない。……居なくなってしまった。
 別に不幸自慢をしている訳でも、自身の不幸に酔って悲劇のヒロインを気取っている訳でもない。
 私はこうして自由に動き回れる身体があって、健康的に過ごし、信仰できる神様も居る。だから私は幸福だ。
 ……幸福であっても、羨む事も有る。欲しいモノもある。
 それはクロのように、笑いあえたり、相手を想って再会に涙を流すほど感激するような、絆に結ばれた存在であったり。
 例えば他には、クロ、アプリコット、グレイが楽しそうにしているような、あの屋敷のような――

「――帰ったのか、シアン!」

 そして私が考え事をしながら教会の扉を開くと同時に、考えを一瞬で霧散させるような声をナイト神父がかけてきた。

「無事か! アプリコットから話は聞いてはいたが、クロと色々無茶をしていたって!?」
「え、ええ、まぁ」
「俺も心配で加勢をしようとしたんだが、出来なくて……」
「……聞いたよ。確か話を聞くなり私達の後を追いかけようとしたけど、場所が分からなくて結局は領主邸で解呪と保護をしていた、って」
「ああ、そしてなんとか落ち着いたから、シアンをクロの屋敷で待っていたんだけど、聞けばギルドの方に報告に行ったから今日は遅くなるって、それで……!」
「……落ち着いて」

 恐らくはその話を聞いて、私が報告後教会に戻ると思って慌てて戻って、そして今まで私の帰りを待っていたのだろう。
 相変わらず考えるよりも行動に出ると言うか、後先考えないと言うべきか。それでも着衣が少し乱れているし、何処となく精神的に疲弊している辺り、解呪などの自分に出来る事はやり切ってはいるようだけど。相変わらずではあるが、そんないつもの姿を見て何処か安心する。先程のちょっとした気持ちの沈みも吹き飛んでしまった。
 ……本当にこの神父も……

「怪我は? なにかされなかったか?怖い思いをしなかったか? 俺に出来る事ならなんでも言ってくれ、シアン」
「……別に大丈夫」
「そうか、だけど無理は……」
「それよりも、気になる事があるんだけど」
「なんだ?」

 特に怖い思いもしなかったし、怪我も既に治療して問題無い状態だ。後始末に関しては明日宿屋ギルドに行く事になっていて、少々面倒という事くらいだが、それよりも気になる事がある。

「さっきから私の事、名前だけで呼んでいるけど……」

 そう、ナイト神父は先程から私の事を“シスター・シアン”ではなく名前だけで呼んでいる。
 別に構わないと言えば構わない。それにどちらかというと……

「え、あ、ああ、ごめんな、シスター・シアン。つい慌ててしまって……」
「……別に構わない。元々シスター・シアン、って長い上に仰々しいからやめて欲しいって思っていたし」
「そ、そうか? じゃあシアン、で良いのか?」
「良い、って言っている。……そっちの方が……――――だし」
「え、今なんて……?」
「……なんでもない」

 それにどちらかというと、そちらの方が距離が近くて嬉しくもある。
 シスター・シアンだと、ただの神父と修道女の関係性にしか思えない。名前で呼んで貰えれば、それは……

――それは……?

 呼んで貰えればなんなのだろう。
 何故名前で呼んで貰えれば嬉しく思うのだろう。自分で口にし、自分で思ったにも関わらず何故そのような感想が出てきたのかが分からない。
 近くて嬉しいのは何故か。先程私は“この神父も……”と思ったが、なにに対しての“も”であったのか。
 それは先程ナイト神父によってかき消された思考に関係しているような――

――ああ、そっか。私にも、もうあるんだ。

 私はそこまで考え、自分の言葉と感情かんがえに対してある事に気付く。
 別に難しい事ではない。気付けばとても簡単な事だ。
 私が必要としていたくせに拒絶していた事で、拒絶しても目の前にいる彼が作ってくれていた事。
 先程クロに対して羨みはしたが、私も既に持っていた場所。

「ああ、そうだ、言い忘れてた」

 一緒に食事を食べて、他愛もない話をして。
 相手が傷付いていたのならば心配をし、治療もする。
 帰路につくなんて自然に思い、いつもの姿を見て安心する。
 つまり私にとって……

「おかえり、シアン」
「……ただいま、神父様」

 このシキの教会場所は、私にとっての帰るべき家族の居る場所だという事だ。

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