追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

仕事をこなすにあたって_1


「私の仕事ぶりをみたい……という事でよろしいでしょうか、アッシュ卿」
「はい」

 よく分からないスカイさんの行動により、朝から温泉に入った日の昼前。
 領主の仕事として屋敷に居ると、温泉の仕切りについて報告(夜に入ったらしい)に来たアッシュからよく分からない事を言われた。
 いや、言っている事の意味は分かりはする。だが、俺の「領主としての仕事の様子を学びたい」と言われても、正直何故そのような事を望むのかが分からない。

「私のような準男爵の成り上がり子爵風情が代々王族に仕えるオースティン侯爵家の貴方に、学ばせるような教鞭は振るえないと思われるのですが……」

 今言った言葉は本音である。
 生憎と俺は代々王族に仕え、公爵に最も近い侯爵であり、“敵対した家に対して生かさず殺さず飼い殺す”と評されるオースティン家に生まれ、その中でも傑物になると言われているアッシュに教える事は無いと思う。
 メアリーさんに関するとポンコツ化はするが、勉学、魔法、人脈、交渉術、後は敵対した家に対しての対処。どれをとっても俺には及ばない程に上手いと言える。優れている、ではなく“上手い”だ。
 年齢故になのか拙い部分は偶に見られるが(あの乙女ゲームカサスだとシナリオによる成長)、そういった技術をアッシュは持っている。

「いえ、貴方には学ぶ点が多くあります。是非教えて頂きたい」

 そんなアッシュが、温泉の仕切りについて報告をしに来たのはついでで、こちらが本命とばかりに俺に領主としての仕事ぶりを学びたいと言う。
 ……なんでだろうか。俺は飼い殺される算段でも付けられているのだろうか。そう疑わずにはいられない。どこかのヴァーミリオンローシ殿下狂いェンナのリバーズ家のようにするとかないよな。

「……分かりました。若輩者の私に出来る事は限られているとは思いますが、私に出来る限りの事は致しましょう」
「感謝します」

 とは言え、断る事は俺には出来ない。
 立場的にもそうだが、邪魔をするという訳でも無く手伝いをしたいという。調査団の事で忙しくはあるが、特別切羽詰まっているという事柄は無い。いつもの領主仕事であるし、今日は来客の予定も無い。ならば教えられるかどうかはともかく、申し出は素直に受けるとしよう。

――それに、誰かと仕事できるというのは今はありがたい。

 今朝の事を思い出すと、手が止まってしまう事がアッシュが来るまでに何度かあった。
 ヴァイオレットさんも照れていたのか同じような事が何度かあったので、今は外での仕事に行っている。
 それでも俺は先程から上手く集中できずにいたので、誰か、それも同性と仕事が出来るというのは正直ありがたい。これで集中できそうである。だけど……

「外での仕事になりますが、構いませんか?」

 仕事が見たい、と言い具体的な仕事内容は言ってはいなかったが、恐らく書類仕事を見ていたい訳でも無いだろう。手伝いと言っても限られているし、機密がなにかと多い書類関係を他家に見せる訳にも行かないし。
 元々外でする仕事もあったので、今日はそちらの仕事をするとしようか。

「構いません。……が、その前に質問を良いですか?」
「はい、構いませんが……」

 俺が立ち上がろうとする前に、アッシュがなにかを聞きたそうにしながら俺を真っ直ぐ見る。表情はいつものような口元が微笑んでいるような営業スマイルだが、なにか見極めようとしている気がする。
 ……こういう時はシキの連中だと訳の分からない事を言うが、そうでない事を祈ろう。

「シキの皆様の変わった……特殊な特技を持つ方々をまとめる力に長けているようですが、なにか秘策でもあるのでしょうか?」

 よかった、まともな質問であった。だが何故そのような事を……?

「秘策……ですか……」
「はい。……私はクラスの長を務めているのですが、最近変わった事をする生徒が増えまして……」
「変わった事をする生徒?」
「はい。……私は誰かをまとめる力に長けていると思っていたのですが、その生徒達の対処をしていると……貴族をまとめあげるオースティン家の者として自信を失って来ていまして……」

 しかも割と深刻な話であった。
 そういえばクラスの長はヴァーミリオン殿下とかじゃなくアッシュだったな。だが彼が苦労するなど、俺にはさらに無理じゃ無いだろうか。

「その変わった事をする生徒とは?」
「……野菜の気持ちを知るために、土に埋まったり」
「え?」

 ん?

「少年に興奮を得て自分の事を慕ってくれる教師になろうとしたり」
「うん?」
「毒を配合して食べようと試みたり、黒魔術でキノコを栽培して怪しさに周囲から苦情が来たり、修道女に興奮を得ないようにひたすら祈り続けて神父を目指そうとしたり……」
「申し訳ありません」

 何故かは知らないが、俺は謝らなければならない気がしたので謝った。
 シキに来ると変態がうつるという事を真剣に考えないと――い、いや、考えるな。ただの偶然だ。そうに違いない。

「そこで、彼ら以上の皆さんをまとめるクロ子爵に、シキで領主を務められる貴方に秘策……あるいは要点を教えて貰おうかと……」
「分かりました。……ですが……教えることと言われても……」
「小さな事でも良いのです」

 とりあえず俺に出来る事があるのならばしようと思ったが、なにを教えればいいのだろうか。

「……クロ子爵は前世で確か……パタンナーという職業に就いておられたのですよね?」
「え、はい、そうですね」
「聞けば日本NIHONは我が王国よりも社会競争が激しいと聞きます。もしやその前世の知識がまとめ上げる力を養っていたのではないかと。そこでそれを教えて頂きたいと思い……」

 前世の……型紙師パタンナーとしての知識?
 アッシュが言うのは型紙師パタンナーの技術ではなく、俺が社会人としてのまとめ上げる記憶を知識として教えて欲しいという事で……

「はい、教えられますよ」
「おお、では是非――」
「慣れです」
「……慣れ?」
「……どこから話しましょうか。会社ブランドを立ち上げたいと言って社長になったのに、放浪癖であって面倒を投げた親友でしょうか」
「え、あの、笑顔なのになにか怖いのですが、クロ子爵」

 設立の書類や雇用関係を俺がやったり、締め切りが明日だっていうのに電話をしたらカナダに居るとか北海道で熊の狩猟をしているとか訳分からん事をする親友兼社長だろうか。
 若い男の香りが好きで、服を縫っている俺の背後によっては背中に顔を近付けて深呼吸をする、それを受けた男性社員の新たな性癖の開拓をしないようにするのが大変だった悪友下着デザイナーだろうか。
 デッサン室で夫を裸にして興奮しながら、場合によっては自身も脱いでデザインを仕上げるため話したり視界に入れにくい同僚デザイナー?
 下着や化粧も含め女装をしなければ仕事の効率がガクッと落ちる後輩型紙師パタンナー
 全身を手錠とか拘束具で抑えられ、その姿を見られる事で精神を集中させる営業?
 季節ごとのアニメの影響で口調や性格が変わって口調を理解するのが難関な経理?
 そんな奴らを纏めると言うか、対応して月日が経つごとに、なんだか俺が「会社で変人で困ったら一色さんおれを頼れ!」みたいな立場になっていた苦労でも話せば良いのだろうか。
 あいつらならシキの連中にも負けず劣らず――って、あれ?

「……もしかして、俺って変人を呼び寄せる体質なのか?」
「一旦落ち着きましょう。ね、クロ子爵?」

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