追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

息子の相談_6(:菫)


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「おお、これがチョコレートケーキなのですね……!」
「うむ、美味しそうだ」

 グレイとアプリコットの出会いの話や、知れて嬉しいがクロ殿の触れてはいけないような話を聞きながらも、チョコレートケーキは完成した。初めてではあるが、上手く作れた方だとは思う。
 茶色で今まで見た事のない食べ物は、甘い香りがして不思議と食欲がそそられる。実際チョコレートを食べた事のないシルバもその香りに惹きよせられて食べたそうにしている。

「ありがとう、メアリー。これならクロ殿も喜んで貰えそうだ」
「私はアドバイスをしただけですから。作ったのは貴女達だけです。ですが、感謝の言葉はありがたく受け取らせて頂きますね」

 私はメアリーに感謝の言葉を言うと、相も変わらず見習いたいほどの笑顔で感謝の言葉を受け取る。
 ……しかし、メアリーと一緒に料理をする日が来ようとはな。料理もメアリーも、両方とも毛嫌いしていたにも関わらず、今はこうしている事が楽しいと思える。
 誰かを想い、喜んで貰いたくてする事はこんなにも心地いいモノだと知れて良かったと思う。

「さて、あとは箱にでも詰めてラッピングでもしますか? それともグレイ君自身にラッピングしますか?」
「メアリーくん、恋バナで浮かれているのは分かるけど、落ち着き給え」
「ラッピングは不要かと思いますが、運ぶようになにかつめるのは良いかもしれませんね――」
「おーい、弟子ー。ここに居ると聞いたのだが、居るのか?」

 と、これからどう渡すか思案していると、アプリコットの声が厨房に響いた。
 それと同時に、この場に居た皆がつい身を強張らせてしまう。
 絶対に内緒という事はないが、出来れば準備して渡したいという気持ちはあるだろうと皆が思っている。その中突然の渡したい相手の登場。隠すべきか、誰かがアプリコットの進路を邪魔するべきか。どうすれば良いのかと慌てるが――

「あ、はーい。アプリコット様ー。私めは厨房におりますー」

 しかしながらグレイが素直に返事をしてしまった。
 ……なんというか呼ばれたので答えた、と深く考えずに返事をしたように思える。

「……好きな相手の声が聞けて嬉しそう、って感じだね」
「分かるのか、エクル?」
「はは、まぁね。ああいう表情は殿下とかがよくしているからね」
「ああ、成程……」
「ちなみにキミもよくしているよ」
「そうだろうな」
「否定はしないんだね」

 否定する要素はないからな。……だが、クロ殿にあまりしまりのない表情を見られるのは恥ずかしいな。今後は気をつけよう。
 しかしエクルはそう言うが、エクル自身もメアリーの声を聞いたら嬉しそうな表情をするのだろう。一歩引いている感があるので周囲の表情を見るのが上手いのは確かだろうが。……いや、エクルはそもそも――

「弟子、どうしたのだ。レインボーの厨房など借りて――む、貴女達も居たのか。こんばんは」
「はい、こんばんは。私達は少々手伝いを」
「手伝い……?」
「はい。ああ、ご安心ください。別にグレイ君を奪おうとか誘惑しようとかではないので」
「メアリーさん、我を独占欲と束縛が強い女と思ってはおらぬか?」

 ――いや、それよりも今はグレイとアプリコットの件だ。
 メアリーは先程の昔話の件もあってか、なんだか浮かれてアプリコットを揶揄っているように思えるが……

「しかし、随分と甘い香りがするが――」
「アプリコット様」
「む?」

 メアリーの影に隠れ、シルバにトレイに乗せたチョコレートケーキを渡されたグレイが前に出る。
 その行為にアプリコットは疑問を持ちつつ、グレイの手に持っているものを見て不思議そうな表情をする。
 そして様子を見ながら私達は静かに両者から離れ、様子を見守る。

「この香りは嗅いだことは無いが……見た目と道具からして……ケーキか?」

 見た目や厨房の様子を見てアプリコットは見た事のないだろう色とコーティングのモノをケーキだと見抜いた。流石は料理好きなだけはある。

「流石です、アプリコット様。こちらは以前お話したチョコレートのケーキです」
「チョコレートケーキ……チョコレート………………え、確かそれは……」

 む、アプリコットがチョコレートという単語を聞いてなにかを考え、思い当たる節があったのか何故か驚いた表情を……もしやこれは……

「弟子よ。こ、これをまさか我に……!?」
「はいっ。アプリコット様に新たな快感を覚えて頂きたく思い、私めが作りました!」
「快感……!?」

 あ、これはすれ違っているな。
 グレイ的にはアプリコットが好きな“新しい味を知る”という喜びを、快感と表しているのだろう。ある意味ではそれは間違いではない。

――アプリコットのやつ、チョコレートの存在は知っているみたいだな。

 恐らくは以前食べた食べ物としてクロ殿かグレイ辺りから聞いてはいたのか、噂としては存在を知っていたのだろう。
 そしてどういうモノか情報として得ているのだろう。そう“媚薬”として使われている事を。
 ……それを今、あのようなケーキで渡されようとしている。
 表面をチョコレートでコーティングしているので、中が何処までチョコレートかは分からないだろう。通常であればアプリコットも勘違いはしないだろうが……

「アプリコット様、これは私めの気持ちです。大好きなアプリコット様に私めの気持ちを知って頂きたくて!」
「大っ――そ、そうか。だが何故これを……?」
「甘く、美味しい時を過ごせると聞き、是非食べて頂きたいと思ったのです」
「甘く……そして美味しい時……!?」

 状況とグレイの言葉の選びから、勘違いが解けるよりも早く羞恥が上回っているな。
 昨日といい、グレイは直接的なアプローチをしているからこれもその一環だと思われているのかもしれない。深い所で性的な事では無かろうが、ようはそれに準ずることを迫られているのと勘違いしているのかもしれない。
 ……見守ろうと思ったが、誤解は解いておくか。

「さぁ、さぁ、一口どうぞ。あーん」
「いや、弟子。皆も見ている前でこれは……!?」

 あ、私もクロ殿にそれやりたいな。
 私があれをやったらクロ殿はどのような反応をしてくれるだろうか。今のアプリコットのように照れてくれるだろうか。媚薬とは思っておらず、好物なので美味しそうに食べてくれるだろうか。どちらでも私のとっては美味しい展開になりそうだ。

「クロくんにあれをやりたいと思っているだろうヴァイオレットくん、勘違いがあるようだけど止めなくて良いのかい?」
「私の心を読むな。もちろん止めるが……その前に……」
「前に?」
「メアリーを見ろ。あの目を前に止めようとすれば私が止められる」
「? ……凄い目をキラキラさせてるね。なんでだろう」
「恐らくあれを仲睦まじいカップルと思っていて、間近で見れて嬉しいのだろうな」
「……楽しそうだね」
「? ああ、そうだな……?」

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