追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

息子の相談_2(:菫)


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「いやいやいや、良いんだヴァイオレットくん。夫婦仲が良い事は善い事だ。情熱的にある事があるというのは素晴らしいじゃないか。私だってメアリーと情熱的になりたい」
「違う、エクル。私達はだな」
「だがこの年齢のね。子供はね。変に影響を受けやすいんだ。知識がない内に晒されるとそういった方面に恐怖を感じるようになるという話だからね」
「だから私達はだな」
「しかも意外と見ているとも聞く。愛し合って夢中になると周囲が見えなくなるものだ――だから気は使ってあげなよ。彼が学生になれば二人の時間が多くなって――」
「聞け」

 妙な気を私やグレイの成長のために使うエクルに対し、埒が明かないので無理矢理黙らせる事にした。このままいけばエクルが勘違いしたままこの場を去り、有らぬ噂を呼んでしまいそうであったからである。噂を広めるマネはあまりしないとは思うのだが。
 あとグレイが学生になれば二人きりになるのは確かではあるが、余計なお世話である。

「私達は勘違いをしているのだろう。……グレイの言うお腹を膨らませる行動、というモノに関して」
「え、そうなのかい?」
「ああ。私達の……行為を見られている、という点がおかしい」

 私達は互いにお腹を膨らませる行為に関して……いわゆる男女の性関連かと思っていたが、どうも違う気がする。あの初心なシアンと神父様が既にここでやっているという話もそうだが、私とクロ殿の……が、何度見られていて明るく話すという点がおかしい。

「……そういえばクロくんは噂で“男にしか反応しない”とか“子供にしか興味を持たない”とか“非現実少女、通称二次元にしか興味ない”とかあるが、だからキミと――」
「違う」

 エクルはクロ殿が私にそういった方面での興味を覚えていないので見られる事は無い、と勘違いしているようだが生憎とそんな事は無い。
 というかなんだその噂は。恐らくはクロ殿の悪い噂を広めているカーマイン殿下辺りが広めているのだろうが……ともかく今はグレイに対してだ。

「グレイ、お腹を膨らませる行為、というのはどういう行為なのか具体的に説明できるか?」

 私が聞いておいてなんであるが、これはある意味変態的な事を聞いては無かろうか。頼むから勘違いであってくれ。

「? 美味しい料理でお腹を膨らませる……お腹を満足させる行為、ですよね」

 良かった、当初の行為とは勘違いであった。
 あのままいけば私の脳が桃色な思考をしていて恥を覚えてしまう所であった。本当に良かった。

「うん、グレイ後輩くん。これからその行為をお腹を膨らませる行為と言っては駄目だ」
「何故です?」
「別の意味と取られる可能性があるからね」
「別の意味……はっ、ということはヴァーミリオン様が仰っていた“男女の取り組み”と言えばよろしいのですね!」
「それもやめたほうが良い。彼も間違った意味で受け取っていたようだからね」
「そうなのですか?」

 ……そうだな。やはりヴァーミリオン殿下が様子がおかしかったのはそういう事と勘違いしていたからであろう。今度フォローをしておこう――だがそうなるとあの時の「遅かったか!」などの慌てぶりは……なんだろうか、別方面に勘違いが加速している気がする。

「ところで別の意味とはなんでしょうか?」
「ああ、ええと……」
「はは、グレイくん、いいかい? その言葉だとグレイくんがアプリコットくんをに――」
「こらエクル。この無垢な息子に変に教えようとするな」
「わー、子供に無垢のままでいて欲しいという親のエゴだねー」
「やかましい」
「?」

 しかし今はグレイに対してだ。エクルが変な事を教えようとしていたのでとりあえずとめておく。
 料理の話というならば話は違ってくる。
 アプリコットはシキで一番と言っても良いほどの料理上手。並び立つのは神父様か。
 料理にうるさく美食家で美味しいモノ以外を食べない、という訳では無い。むしろアプリコットはグレイが作ってくれたモノに対しても美味しそうに、かつ嬉しそうに食べるだろう。
 それは偽りなどではなく、純粋に喜ぶ。彼女はそういった性格の持ち主だ。
 しかしグレイの言う満足させるは少しでも美味しく食べて貰いたい、という事だろう。紅茶や珈琲を淹れる事に妥協を許さぬように、上を目指したいという事だ。
 ……グレイは誰かが喜んでいる姿を見るのが嬉しいと思う性格の持ち主だからな。

――だがそうなると……私に教えられるのだろうか。

 私が包丁を握ったのは半年ほど前。クロ殿やグレイに教えて貰いながらの初挑戦だ。
 なのでグレイの方が料理関連に関しては上手いと思うのだが……

「なにを仰るのですか母上?」
「む?」

 私がその事を言うと、グレイが心底不思議そうな表情で私に問い返した。

「母上が父上に料理をお作りになられた時、父上は私めの時とは違った笑顔ひょうじょうを見せてくださいます。どちらが良いという訳ではありませんが、あのような表情は私めには出せません」
「…………」
「あれはまさに大切な相手が自分のために料理を作ってくれた事の嬉しさによる表情だと私は思います。神父様の料理を食べられるシアン様も同じような表情をなさります。ですから……」
「ですから?」
「私めはあのように、ただ作るのではなく、互いに想っているからこそ相手の好みに合わせて、喜んで貰いたいからこそ作る料理。それを作るために、母上が父上に対しどう想って料理を作るかを知りたいのです!」

 ……うぐ。隠しているつもりは無いのだが、そうもハッキリと言われると照れはする。
 確かに私は料理を作るにあたって、真面目に料理の勉強を始めたのはクロ殿やグレイが喜んで貰う姿を見るのが嬉しかったからだ。
 それを思うとグレイに教える事は……とても抽象的にならないだろうか。

「はは、良い事を言うねグレイくん。だがグレイくんは既にアプリコットくんの事が大好きなんだろう?」
「はいっ、私めがアプリコット様を想う気持ちは誰にも負けるつもりは有りませんっ!」

 そして我が息子が可愛い。
 邪気の無い笑顔は、これを曇らせる奴が居るとしたら母親として許せずに暴走してしまいそうなレベルだ。幸せな奴だな、アプリコットめ。

「だが別に聞かなくても、キミは元々料理は作れるのだろう? なら彼女を想って作れば良いんじゃないかい?」
「はい、ですが伝わらなければ意味がありません! 自己満足で“彼女なら~だろう”と甘えてはならないのです!」
「は、はは。良い事言うね。……私もそうなってはいないかと思ってしまうよ」
「なので私めは自己満足ではなく、アプリコット様を私めの手でより幸せにしたいので、こうしているのですっ!」

 息子を幸せにしなくては許さないぞアプリコットめ。

「そこで私めの身近で一番幸福そうな表情をなされる父上と母上のように、想いを伝えあう術を教えて貰おうかと!」
「だそうだよ。幸せなハートフィールド夫人?」
「ああ、私はクロ殿によって幸せなヴァイオレット・ハートフィールドだからな」
「はは、やかましいよ」

 普段は内心に関わらず表情作っているエクルであるが、今のエクルの笑顔が“惚気てんじゃない”と内心思っているのは分かった。
 ふ、羨ましいかエクル。愛しの相手と今だに結ばれずにいるお前達と違って、私は好きな相手と一緒に居るからな。

「しかし、こればかりは心構えの問題だからな……」
「そうだね。その心意気があれば解決している気もするけど……」
「そうなのですか? ですがそうなると……あ、そうです。良い事を思い出しました」

 私とエクルが悩んでいると、グレイが心配そうな表情になった後、なにかを思い出したかのような表情になる。
 そして自身の服をまさぐって、内側のポケットに入っていた紙に包まれたモノを取り出した。
 これは……確かクロ殿が大好きな――

「この香り……もしかしてチョコレートかい?」

 そう、チョコレート。
 クロ殿が前世で大好きであったという菓子類。シュバルツに頼んで帝国から仕入れている代物だ。値段が高いのであまり買えないのだが、それでも買う価値はあるとクロ殿はよく言っている。
 私やグレイも味は好きではあるのだが、正直言うならば私は少々気が引ける部分はある。高い件に関しては、クロ殿の手腕でお金に困る事は無いので構わないのだが、なにせこのチョコレートは……

「はい、クロ様がお好きなモノです。今まではアプリコット様に様々なタイミングの問題で、食べて頂く事が出来なかったので……」
「へぇ、そうなんだ。私も話には聞いていたが、この目で見るのは初めてだね。……もしかしてこれで料理を作るのかい? 甘いものであるし、彼女も好きそうだ」
「その通りですエクル様。このチョコレートにはビヤク、の効果もあると聞きます。なんでも男女で使うと、マンネリ、を打破して熱くなると聞きます」
「……そういえばそうだね。え、まさか……」

 そう、クロ殿の前世ではともかく、このチョコレートは帝国で媚薬として扱われている。
 ようは買っている事を知られれば……変に勘違いされそうなのである。そう、例えば……

「はい、このビヤクでアプリコット様に熱くなってもらい、一緒に食べあってお腹を満たして頂きたいのです!」

 例えば相変わらずのグレイの言葉の選びで――

「おいエクル先輩にヴァイオレット! お前は純粋なグレイとアプリコットに対してなにをするつもりだ!」

 ……変な勘違いを受ける可能性もあるという事だ。
 現れたのはシルバ。
 先程のエクルのように、話を聞かせて貰った、という状態のようだ。

――……ややこしくなって来た。

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