追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
知らぬ内の巻き込まれ_1
「ふぁ……」
日も上りかけて来ている早朝。俺は澄んだ空気の中、欠伸をしながら一人で温泉に向かっていた。
朝風呂目的ではなく、早めに被害状況を知ってモノを除去し、営業を再開させるためである。営利目的ではないが、それなりに利用者もある施設だ。早めに直したほうが良いだろうと思い来ているのである。
――……だけど、それとは別に昨日は色々大変だったし、風呂に少し入るのも良いかもな。
朝風呂目的で来たのではないのだが……昨日は少し大変だった。
結局昨日はエフさんと夕食を食べる事になったのだが、皿を割ったり、マグカップがひとりでにヒビが入ったり、片そうとして足を滑らせたヴァイオレットさんの体当たりを受けたり。なにかある度にエフさんは謝るしでよく分からない。……なんだか色々とあって疲れた。
使用禁止にはしてあるし、扉を閉めて朝風呂には居るのも良いかもしれない……って、あれ?
「紙が剥がれてる」
俺は温泉の建物に到着すると、使用禁止と書いた紙が剥がれている事に気付いた。
……貼りが甘かったのだろうか。もっと確認すれば良かったな。だがまぁ入れば仕切りが壊れている事にはすぐ気付くだろうし、大丈夫……だと良いが。まだ入った事のない面子が数名居るし、気付かないなんて事は無いだろうか。
「ん? ……俺が貼ったのとは違う粘着……?」
見ていると俺が貼った以外にも別の紙が貼られた形跡があった。
誰かが深夜に来て、気付いて別の使用禁止と書いた紙を貼った者がいる……のだろうか。例えそうだとしても、どちらにせよ剥がれてはいるようだが。
――まぁ良いか。早く状況を把握しよう。
後で貼り直せば良いとして、状況を把握しよう。
灯りはあるが、夜と朝とでは視界も違う。早めに把握できるモノを把握して、必要なモノを纏めるか。悪いがクリームヒルトに協力してもらって修正する材料を作って貰おう。そすれば手っ取り早い。
……の、前に。
「すいませーん、中に誰かいませんかー! 現在温泉は使用禁止なのですけど、紙が剥がれてたみたいでー! 様子を確かめたいんで、誰か返事してくださーい!」
俺は念のために外から中に呼びかける。
返事がないかしばらく待ち――結局返事は無かった。物音や水音もしない。後者は元々あまり聞こえないだろうが。
とにかく誰も居ないのならばと俺は男湯の扉から入り、ゆっくり中を確認する。
そして……
「……誰も居ないか」
念のために慎重に中を見るが、誰も居なかった。
これならば大丈夫そうだな、と思い俺は温泉の建物内にある掃除用具入れの中にあるなにかが書けそうな板と、書くモノを取り出して使用禁止と書き扉に立てかけ、そして扉を閉めて開かないようにする。
そして女湯の方にも行き、そちらの扉も同じように前に立てかけて開かないようにした。
――ふふ、これで独り占めできるぞ……!
我ながら子供っぽいが、まだまだ寒い冬空の下、開放感ある広い温泉を独り占めできるのだ。さらには調査中という大義名分もある。誰かに咎められる事も有るまい!
別にストレスが溜まってこういう事をして、ちょっとした悪い事をしたくなったとかそういうのではないが、こういった少しイケない事をするというのは心が躍る。ああ、窪みだけは注意しよう。
「でもこんな事ならヴァイオレットさんやグレイを誘えばよかったかなー」
独り占めも良いが、以前のように家族で入るのも良かったかもしれない。
恥ずかしい事は恥ずかしいが、それ以上の価値がある。色々と説得に骨は折れるが挑戦する価値はある。途中で羞恥によって出来なさそうではあるが、いずれは……まぁヴァイオレットさんは――って、あれ?
「なんでここにダンボールが……?」
俺が鼻歌まじりに軽くターンとかを決めていると、女湯の更衣室の端っこの方にダンボールがあった。人が一人は入りそうな大きさである。
というか懐かしいなダンボール。この世界で初めて見たぞ。って、それよりもなんでそれがここにあるのかが重要だ。
クリームヒルトかメアリーさんが錬金魔法で作ったとか……だろうか。
――仮面の男が置いた、って事は無いよな。
あるいはあの日本出身の仮面の男が作って置いている……という事は無いだろうな。念のために警戒はしておくか。
……いや、でも仮面の男ではないか。
――人の気配するな。
ダンボールを意識して見ると、中に人の気配がする。
ダンボール、と言った時は反応なかったのに、俺がダンボールに近付くと若干だが呼吸を荒げたのが聞こえて来た。多分ダンボールという単語は分からなくてこっちに意識しているとは思わなかったが、俺が近付いたのを感じて自身のこの箱がダンボールだと気付いて慌てた……という感じだ。
ダンボールを知らないのならば少なくとも前世持ちの面子では無いだろう。
だがそうなると……誰だ? 何故ダンボールの中に……もしかして伝説の傭兵とかじゃないだろうな。女湯に侵入する伝説の傭兵とか嫌だな。いや、あの傭兵女子トイレとか普通に入ってたな。……って、今はそうじゃない。
「あの、俺はこのシキの領主である者です。不審者の可能性もあるので俺には対応する義務があります。事故などで出れないなどでなければ出て来ていただきたいのですが……」
俺は念のためにすぐに動ける準備をしながら、自分の身分を明かして問いかける。
場所的に女性更衣室の覗きという可能性もあるにはあるが、こんな壁の状態では可能性は低いし、どちらかというと商人辺りが奴隷を引き連れていて奴隷が逃げ出し中に居る……みたいな可能性が高いか。ダンボールは新発明され、商人が売りに出そうとしていたのを奪って逃げた、とか。
だとしたら保護はしたいが、所持自体は認められるから色々と難しい。
って、決まっても居ない事を考えても仕方ないな。だがこんな事を考える余裕がある頬には待っても出て来ない。ならば……
「出て来ないのならば、俺が開けますが……」
「だ、駄目!」
俺が開けようとすると、中から――女性の声が聞こえて来た。
「私今中で――」
というかこの女性の声はよく知っている。
なにせこの女性は――
「ふ、服を着ていない!」
……はい?
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