追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
【10章:交錯する恋な小話】 シキの空気
シキの空気がなんかいつもと違う。
いつもと違うメンバーが居るという事も有る。
第三王子、オースティン侯爵家長子、カルヴィン子爵家長子、カルヴィン子爵家夫人、ハイスペック転生者、前世の妹転生者、第四王子。
話し合いの場でもないのに権力者とか将来を期待されている面子がこれだけ集まっていると、ここでなにかをやらかそうとしているのではないかと疑われそうである。一時期の殿下達が四名くらいいた時と比べればマシなのだが。
「……ふぅ」
それはともかく、シキの雰囲気がいつもと比べると……なんというか、フワフワかつ偶にピリッとした空気が漂っている。
例えば、シアンとスノーホワイト神父様。
晴れて両想いになった両名ではあるが、付き合い立ての直後に神父様は用事(バーガンティー殿下達の護衛)でシキを外れ、帰ってきたらキメラの対応に追われまともに接していない。
さらには周囲に、
「シアンちゃんおめでとう。だけど……本当に、ほんとーうに、あの神父様への想いが伝わったんだよね……?」
などと恋の成就を祝福されつつ、何度も、何名もの領民に確認を取られてシアンは割と「なんでそんなに疑うの!?」という状態になっている。挙句には数歳の子供にも疑われるのだからたまったモノじゃない。
シアン曰く、
「こうなったらイチャイチャしてやる……!」
と意気込んでいたが、上手く行くのか正直不安しかない。
そもそも両想いになったとはいえシアンが神父様相手に緊張するのは変わっていないし、神父様も神父様で、付き合う事を知らない方であるのでどう接するものか理解していない節がある。今後どうなるか心配しかない。
例えば、グレイとアプリコット。
この両名は以前と比べると距離が開いている。
グレイはいつも通りなのだが、アプリコットが少々距離を開けているのだ。
理由は先日の誘拐騒動で、言霊魔法の影響を受けたグレイとキスをしたのが理由だ。
互いにファーストキスだったらしいのだが、アプリコットとしては言霊魔法の影響を受けていない状態でのキスが望みだったらしい上に、あの時のキスは言霊魔法の後遺症によるものだ。
神父様がシアンに告白される前に一悶着あったように、あの時のグレイは“自身の本意ではない感情も自分の感情だ”と思っていた状態だとアプリコットは思っている。だからグレイの想いは、作られたモノに近いと考えているのだ。
神父様の件はあくまでも一例であるので、グレイが“前から思っていた事”を増幅させているとは限らない。そして、事実はどうであるのか知るのが怖い……という所だろう。
このままでは今後グレイが想いを伝えても、あの時増幅された感情を思い違いしている、とすら思われそうだ。
どうにかしないと駄目だとは思うけど、こればかりはな……
例えば、メアリーさんと……なんか色々。
メアリーさんはキメラの件の後、ヴァーミリオン殿下達にも自身が転生者である事を話したと、クリームヒルトから聞いた。
シャトルーズに話したように、俺達と同じ国に居た事。病弱であった事。この世界を物語の世界と認識していた事。今まで話していた事は前世で得た物語の言葉の借り物であった事。
それらを全て話したようだ。シキには居ないシルバとエクルには帰ったら話すそうだ。他の学園生には騒ぎになるのであまり話さないようにするらしい。
そして結果としては受け入れられた。詳細は分からないが結果的に、
「転生者であろうと、借り物だろうと俺達はお前に救われ、今のお前に恋をしたんだ」
という言葉を言われたそうだ。なおメアリーさんは顔を赤くしたらしい。
転生者の件はとりあえず落ち着く……と思ったのだが、
「だがそれをクロ・ハートフィールドに一番に話したというのが気に入らない!」
という話になり、キメラの件の後始末から帰って来た俺に絡んで来たのは勘弁して欲しかった。
シャトルーズは一番に話してくれたと思っていたのにショックを受けていたし、ヴァーミリオン殿下には「あの時のコンビネーションはやはり心が通じ合っての事なのか!」とキメラ討伐の際の行動に嫉妬はされたし、アッシュには「前世持ちを利用してメアリーになにかするつもりではないでしょうね!」と詰め寄られた。
なにかするとはなんだ。前世持ちの共通点でなにをしろと言うんだ。あれか、ヴァイオレットさんが可愛らしく嫉妬していたように、日本語で内緒の話でもして優越感でも浸れと言うのか。誰がするかこの野郎。
多分コイツらの恋愛が一番面倒くさい。色々と。
「メアリーまでもが……手紙の件で予想はついてはいたが……それは構わないのだが、メアリーもクロ子爵達の様に……いや、俺は受け入れられるぞ……!」
あと、ヴァーミリオン殿下がそんな事を呟いていたのが気になった。なんか俺が関わったせいでメアリーさんが有らぬ誤解を受けていた気がした。……大丈夫だよな?
例えば……何故かクリームヒルトとバーガンティー殿下
一昨日の夜。キメラ討伐の後にバーガンティー殿下はクリームヒルトに告白をした。
唐突な告白に全員が訳を分からずにいた。理由を聞くと、
「貴女の美しさに惹かれました!」
との事だ。ようは何処かの第一王子と同じで一目惚れしたそうだ。
聞けばバーガンティー殿下は過去に相手方に問題があって現在は婚約者は居ないらしく、婚約を求める事自体は問題はないらしい。
しかしいきなりの平民に対してかつ、初対面での告白だ。王族としては問題があるだろう。
そして対してのクリームヒルトの返答は……
「一目惚れされるのは嬉しいですが、唐突に言われても困ります。情熱的な事は素晴らしいですが、相手の事を知らずに告白されても戸惑ってしまいます。それに貴方は清廉なる王族。私は見捨てられ家名なき平民。立場も違えば功績も天と地です。……一度冷静になられてください。恋愛の熱とは恐ろしく、恋は俯瞰してからでないと周囲に迷惑をかけるのみです」
と、丁寧口調でスラスラとお断りの返事を入れた。冷静かつ表情を変えない対応は恐らく断りとしてはかなり堪えるものだろう。無関心は好きの反対だってよく言うし。
普段「彼氏が欲しい!」と言って笑っているのを聞いているヴァーミリオン殿下達からすればその様子は異様であったそうだ。後から聞けば「むしろ喜ぶと思っていた」とすら思われていたらしい。
ともかく告白は断られたのだが……ただ、それでもバーガンティー殿下はまだ諦めていない様子がある。
例えばロボのルーシュ殿下への想い。
手紙を送って来てくれるらしく、それを読んでは「ドウ、返事ソスレバ良イノデショウカ……!」などと可愛らしく相談してくる。
例えばホリゾンブルーさんとアップルグリーンさん。
シャトルーズも尊敬する先輩であり、昨日会合を果たしたそうなのだが、構わずイチャついている。挙句には恋愛の先輩としてアドバイスすらしているので大丈夫かと不安になる。
例えばベージュさんとベージュさん。
この同名の夫婦の殺し愛はどうにかならないだろうか。血塗れは子供の教育にも悪い。
「……ふぅ、疲れた。……珈琲が美味い」
ともかく色々と恋愛の空気が漂っている。
今日の珈琲はブラックでお願いして、特に問題なく飲めるほどだ。胃へのダメージを考えればクリームは入れたほうが良いのだろうけど、なんかブラックの気分なのである。アイツらの雰囲気は甘い事も多いのである。
一昨日までのキメラの件でもう少し引き締めないと駄目なのだけど、アイツらを見ているとなんか気持ちが削がれてしまう。
シキでモンスター被害に会うかもしれないと常に神経を尖らせて眉間に皺を寄せているよりはマシなのかもしれないが、別の意味でハラハラしてしまうので逆に神経を削らせてしまう。
「クロ殿、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ちょっと物騒な事が続いてつい溜息が出てしまっただけです」
「そうか……?」
俺が書類仕事を終え、珈琲を飲んで溜息を吐いているとヴァイオレットさんが心配そうにこちらを見て来た。
……ただでさえヴァイオレットさんにも負担をかけているのに、あまり心配もさせていられないな。それに一昨日も色々と気を使わせてしまったし……
「クロ殿」
「はい、なんでしょう――んむ」
俺が安心させるために笑顔を作っていると、ヴァイオレットさんが近付き、顔を近付け――キスをしてきた。え、何故!?
「……ふむ、今日のは苦いな。ブラックとは珍しい」
「え、あの、急にどうされたので……?」
「疲れているようであったから、元気をあげたくて、な。……駄目だったか?」
「駄目だなんてとんでもないです、元気が出ます!」
いつでもどうぞ。嬉しい限りです。
これならばどんな苦労があろうとも頑張れる……! これなら常に疲れていればキスを要求し続けられる……!? 落ち着け、俺。それは本末転倒ではないだろうか。だが冗談としては言っておこう。
「はは、疲れている姿でキスが出来るのなら、これなら疲れている姿を見せていたくなりますね」
「クロ殿が望めば私はいつでもするぞ?」
……まぁとりあえず。
神経が削れても、こうして癒してくれる存在がいるのは俺としてはありがたい限りである。本当にありがたい。
これではブラックコーヒーがさらに甘くなる感じさえある。
「……それに、最近はシキでも恋愛の空気が流れているからな。……私もその空気にあてられて、したかったと言うか……今のは本当は私が望んだと言うべきか……」
なにこの顔を赤くする可愛い生き物。本当に可愛い。嫁にしたい。あ、嫁だ。
この後こっちから同じ事をした、というのはともかく。
調査が行われるまでのここ数日は、振り返ると男女の恋愛が日常にとても絡んだ数日だったと言える。
これから起こるのは、そんな小話の集まりだ。
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