追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

仮面の男


 メアリーさんとシャトルーズの説得(?)はどうやら上手く行きそうであったので、あまり聞いていても良い話題では無いと思い、俺は気付かれぬ内にその場から離れた。……あそこまで聞いておいて、今更な気もするが。
 ともかく俺はキメラが操ったという周囲のモンスターの捜索とうばつと、同じように周囲を見周っている方々への連絡を踏まえ辺りをうろついていた。

――そう言えば、キメラがモンスターを生んだという話だが……どういう事なのだろうか。

 キメラと言えば、クリームヒルトがそのような事を言っていたのを思い出す。
 モンスターを操る、という事はその能力の一部としてドラゴンを呼び寄せる効果があったし、あの乙女ゲームカサスでもあった。
 しかしモンスターを生んだ、なんてモノは初めて聞いた。一応メアリーさんにもそれとなく確認して見たが、首を横に振られたのでないものなんだろう。

――なんらかの知らない情報が混じったキメラ、か……そうなると警戒は緩められないな……

 もしかしたら既にドラゴンを呼び寄せる能力を発揮していたり。
 もしかしたらキメラが今回のキメラの様なヤツを生み出していたり。
 俺の想像に及ばないような事が有るかもしれない。
 詳細はヴェールさんがキメラの死体を専門の機関にて調査はしてくれるようだけど……有効な結果は出るのは望まれないだろう。出たとしても大分後になりそうだ。
 それはともかくとして、今は周囲の皆に指示を出したり状況を確認せねば。今目の前の事に対して情報を管理して行かないと。

「あ、クロお兄ちゃん」
「本当だ。リオン君の次はクロ君か」

 俺がそう思っていると、見た目は大人、中身は子供なブラウンに声をかけられた。
 声がした方を見ると、ブラウンだけではなくヴァーミリオン殿下、アッシュ、シュバルツさんも居た。
 ……しかし美男美女揃いだな。多少汚れてはいるが、それすらもファッションにしそうな気品さがある。

「ブラウン、お疲れ。殿下達もお疲れ様です。見回りまでお手伝い頂きありがとうございます」
「気にする事ではありません。私としても気になる事が多い一件でしたから、進んで手伝っているのですよ」
「そう言って頂き感謝いたしますアッシュ卿」

 俺はアッシュに対し、礼をする。
 今回は討伐を手助けしてもらったし、先日の誘拐騒動でも後処理にお世話になったし、グレイやアプリコットの入学に関しても手助けして貰ってる。。なんというか、アッシュ卿には本当に感謝しないと駄目だな、色々と。
 ……というか、直接関与していなくとも領主としては今回の出来事って色々問題なんだよな。領地内でこうも続けて謎の現象が起きるとか、俺がなにか企んでいるかとか監督不行き届きになりそうなんだよな……しかも大抵が王族を巻き込んでいる訳だし。

「皆様はキメラと戦った方々です。お疲れでしょうから先に休まれていてください」

 俺はそう言いつつ、今回のキメラと接敵した最初の方々に礼をする。
 実際彼らには色々と助けてもらった。
 ブラウンは持ち前の戦闘力でキメラや周囲の操られたモンスターにダメージを与えていたし、シュバルツさんは暴走したモンスターを宥めるのにかって出てくれたお陰で被害が抑えられ。アッシュには指揮役を頼んで応援の皆を指揮して貰い、ヴァーミリオン殿下にはキメラの止めをさして貰った。あれが無ければ倒すことが出来なかったろう。
 この功労者の方々には早めに休んでもらうとしよう。

「……そうだな。俺も久々に魔法を使って精神的に疲れた。先に休ませてもらおうか」

 ヴァーミリオン殿下は素直に俺の意見を受け入れてくれた。
 多分立場的に一番上の者が受け入れる事で、周囲が休めるように気遣っているのだろう。恐らくは帰りにメアリーさんなどに声をかけて休むように告げるだろう。
 ……まぁ実際に慣れない魔法で疲れたのもあるだろうが。

「…………」
「……? どうされました、ヴァーミリオン殿下」

 俺がそう思っていると、ヴァーミリオン殿下が俺の事を見ている事に気付いた。
 なんだろう、なにか聞きたそうにしているように見えるが……

「……クロ子爵。お前はマゼンタ、という女を知っているか?」
「マゼンタさん……?」
「……ヴァーミリオン?」

 ヴァーミリオン殿下はマゼンタという女性について聞き、何故かアッシュは神妙な表情になった。
 マゼンタさん、マゼンタ……ええとその名前は……

「あ、もしや共和国に嫁がれた、レッド国王陛下の妹君の名前でしたでしょうか?」
「そうだ」

 マゼンタさん。俺は直接見た事は多分ないのだが、名前だけは知っている。
 レッド国王陛下の妹で、レッド国王と共にモンスター討伐など多くの功績をあげた強き女性。だけど怪我もあってあまり表に出ない時が多かった女性。そして王族にしては嫁ぐのが遅かった、というような方だったような……。

「不勉強であり、すぐに名前が出ず申し訳ございません」
「気にするな……その叔母についてだが……いや、なんでもない」
「そうですか?」
「どうしたんだヴァーミリオン。お前さっきから様子が変だぞ? 今合流する前も単独でいたからな」
「なんでもない。俺達は休もう」
「……そうか」

 ……なんだろう、ヴァーミリオン殿下の様子がおかしいような。アッシュもそう思っているようだし、ブラウン達と合流する前も単独で悩んでいたような感じがある。
 先程の王族特有の魔法とか言う凄い魔法を唱えた時は迷いは無さそうであったのに、なにか気がかりでもあるのだろうか。
 それにしてもマゼンタさんって確か……あれ、なんだっけ。あの乙女ゲームカサスでも重要な立場であるけど、作中には出て来ないキャラだったような。確かヴァーミリオン殿下の――

「そうだクロお兄ちゃん。聞きたい事があるんだけど」
「ん、どうしたブラウン」

 と、なにか重要な事をお思い出しそうだったが、珍しく起き続けているブラウン(眠そうに目はこすっている)が、俺に思い出したかのように聞いて来たので思考が中断される。

「なんだか不思議な人が、周囲の散策をしていたのを見たんだけど……」
「多分討伐を頼んだ冒険者の方だと思うけど……どんな風だった?」

 ブラウンは寝ぼける事は多いが、感覚は鋭い方だ。さらにはシキの変態共にも問題無く接する精神性を持つ。
 そんなブラウンが不思議な人と称するとなると、どんな人かと気になる。

「仮面を被ったお兄ちゃんが、周囲を散策しているよ」

 ――なに?

「仮面の……男か?」
「うん、仮面のお兄ちゃん。確か……クロお兄ちゃんより背が少し高かったよねシュバルツお姉ちゃん」
「いや、同じくらいだよ。クロ君よりは劣るが鍛えられた男性だったよ」

 仮面を被った男。俺と同じか少し高い程度の身長。
 俺はその男をよくは知らないが、放っておいては駄目な男だという事は知っている。
 その男が、周囲シキに居る。

「……その男は、何処に居るんだ?」

 俺は嫌な汗を流し、出来る限り平静を装って尋ねる。
 何故あの男が居る。なんの目的だ。なにをしようとしている。また俺達の日常を壊しに来たのか。
 もしやヴァイオレットさんやグレイ。ロボ達に危害を加えようと――!?

「うーん、ちょっと分からない」
「私も分からないね。直ぐ去ったから」

 くそ、ここは今すぐ探したほうが良いか。
 それともヴァイオレットさん達の無事を確認したほうが良いのか。どうする。どうすれば……!

「俺は見ていないが居たらしいな。アッシュ、お前は見たのか?」
「……ああ、見はしたのだが、アレは……なんと表現したらいいのだろうか」

 ヴァーミリオン殿下が質問し、アッシュが何故か複雑そうな面持ちで返答をする。
 なんだろう? アッシュの表情が複雑そうになっているような。
 ……あれ、でもあんな怪しい奴が居ればアッシュであれば放っておかないと思うのだが。

「私の語彙では……そうだな“奇怪”という言葉しか思い浮かばない」
「お前がそう評するとは……む?」

 ふと湧いた疑問に一瞬止まり、ヴァーミリオン殿下がなにかに気付いたかのように何処かを見たので、俺もそれにつられ視線の先を見る。

「もしや……アレか? あの妙な服を着て、仮面を……被っ、た……」

 ヴァーミリオン殿下は段々と言葉が弱まっていく。
 理由は単純で、その視線の先に居たナニか……もとい、仮面の男もこちらに気付いて近寄って来たからだ。

「……アレだな。さっき会った男は」

 アッシュ卿が珍しく嫌そうな表情をする。
 だけど俺も嫌そうな表情をするのがよく分かってしまう。なにせ……よく分からない相手だからである。

「ズンドコズンドコズンズンドコドコズンドコズンドコズンズンドコドコ」

 …………なんだ、あれ。

「ふふふふ、皆様捜索は順調ですか! ですが皆様はキメラとの戦闘でお疲れでしょう。後はこの私、ラブ☆ピース仮面にお任せを!」

 その自称ラブ、スター、ピース仮面さんは、マントを羽織り、ウサギの仮面を被って奇妙な声を発しながら俺達に近付いてそんな事を言いながら決めポーズをした。仮面の後ろから延びる金色の髪が綺麗に靡いている。
 なんだコイツは。なんなんだコイツは。
 この奇妙な声はなんだ。その仮面はなんだ。顔を隠すためなのか、それとも格好良いと思ってつけているのか。

「ええと、貴方は一体……?」
「通りすがりのただのラブ☆ピース仮面です」

 ただの、ってなんやねん。こんな男がそうそういてたまるか。

「要注意モンスターが居ると聞き、助太刀に参じましたが遅かった模様。代わりと言ってはなんですが、こうして周囲の捜索を手伝っています」
「はぁ、ありがとうございます」

 それはそれでありがたい事ではある。ありがたい事ではあるのだが……こんな謎の男に手伝って貰うのってなんか嫌だ。というかこの方って……

「確かスノーホワイト神父様と共に来られていた方ですよね?」
「なんの事でしょうか。私は謎のラブ☆ピース仮面です」
「ただのじゃなかったんですか」

 なんだか【認識阻害】のせいではっきりとした事は分からないのだが、恐らくは先程神父様と共に居た、男女の内の男性の方である。
 身長もそうだし、金色の髪が同じである。
 だけどラブスターピース仮面さんはシラを切るようである。
 どうしよう。無理に正体を暴こうにも下手に触れない感じがヒシヒシと伝わって来る。アッシュ卿が嫌そうな表情をしたのもよく分かる。……本当にどうしよう。

「ともかく、皆様はお休みになられて――」
「……なにをやっているんだ、お前」

 俺が悩んでいると、ヴァーミリオン殿下が腕を組んでラブスターピース仮面さんを見ていた。なんだか呆れたような表情である。

「……あ」

 そしてラブスターピース仮面さんは今ヴァーミリオン殿下に居た事に気付いたのか。顔を見て嫌そうな顔(?)をする。
 もしかして知り合いなんだろうか――?

「随分と愉快な格好だな。なぁ――バーガンティー」
『え』

 そしてヴァーミリオン殿下の言葉に、ブラウン以外の皆が固まった。

「バーガンティー……確かそれって第四王子の事だっけ、ヴァーミリオンお兄ちゃん?」
「そうだブラウン。我が弟、バーガンティーだ」

 バーガンティー殿下。
 以前シキにも来た、第四王子様。……それが、彼?
 あの真面目で純粋な第四王子が、こんな奇声を発してウサギの仮面を被っている。
 ははは、ヴァーミリオン殿下も冗談が上手いですね。

「……ふ、では私はこれで!」
「逃がさんぞ」
「ぐふっ。あ、仮面が!」

 ……ヴァーミリオン殿下が逃げようとするラブスターピース仮面さんのマントを掴み、急停止させられて、その反動で仮面がズレた。
 ウサギの仮面の下からは……髪の色こそ違うもののバーガンティー殿下のお顔が出て来た。

――シキに来ると、変なモノが移るって噂にならなければ良いけどなぁ……

 ……手遅れか。

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