追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

それは一つのルートにある(:淡黄)


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「場所ってあの辺りかな?」

 目的の場所までしばらく歩き、少し広く周囲よりは高い所に出たので私は近くにあった岩にのぼり目的地の方角である木々の間を確認する。
 黒兄が出した依頼は“凶暴化したダイアウルフの討伐と調査・場合によってケルベロスの討伐”である。
 最近私達が住んでいる生活圏(モンスター除けの範囲内)には入らないものの、モンスターが生息域とは違う場所で多く発見され、また通常より強い“凶暴化”している例が報告されているための依頼だ。
 ケルベロスの討伐というのは、なんでもダイアウルフを率いているケルベロスの報告があるらしく、必要ならばするように。との事だ。
 あくまで確定情報では無いので、場合によってはである。しかし可能性があるのならば実力不足の冒険者にも任されられないので、今回はシャル君が受けたらしい。

「ケルベロスかぁ……私は見た事ないけど、犬っぽくて頭が三つあるんでしょ? 私達に相手が務まるのかな?」

 私のイメージにあるのは、ゲームとかに出てくる、人よりはるかに大きくて力で全てを蹂躙するほど強く、扉とかなにかを守っているイメージだ。
 あとは色が黒くてなんか火を吐くイメージがある。偶に一つの頭ごとに属性が決まっていて氷とか雷とか出したりする。

「――っていうイメージなんだけど」
「私もそういうイメージですね」
「だよね、メアリーちゃん」
「私達が相手しようとするケルベロス――【底なし穴の三つ頭獣】はそんな強き者じゃ無いですよ。サイズも二メートル程度の獣です」
「そうなの?」
「はい。とはいえ二メートルは充分に脅威ですし、対処方法も他とは違いますからね」
「そうなんだ。教えて貰う事出来るかな?」
「ええ、道すがらにでも」

 私は岩から「よっ」と言いながら降りて、アッシュ君にケルベロスの説明を受けた。
 攻撃特性や使用魔法。長所や短所。
 他にも群れにおける特性など……え、頭は三つあるけど実は頭脳のうみそは一つなの? だから頭を一つ潰しても普通に戦い続ける? つまり脳を揺らせば全員ノックアウトするって事?
 ……変わってるね。でも脳が三つあるのに身体は一つ、っていうよりはマシなのかな? 自分の身体を好き勝手に動かせない訳だし……

「静かに。……気配を感じる」

 私がメアリーちゃんと共にアッシュ君から説明を受け、相手するかもしれないケルベロスに期待と警戒をしていると、リオン君が警戒を促した。
 私達はその言葉に武器を構えたりして、接敵あるいはシャル君との合流に備える。
 ……今更だけど、リオン君に警戒を任せて不敬にならないのだろうか。進んでいやっているのだから良いのだけど。

「話し声かな。女性と……男性だね」
「でしょうね。誰かは分かりませんが」
「話ではシャル君は冒険者の方と来たとの事ですから、その冒険者の方でしょうか?」
「どうだろうな。……アイツがスカイ以外の女冒険者と組む事はほぼ無いのだが……」

 シャル君は元々リオン君と共に行く予定であったが、別の冒険者と来ているとは前もって知っている。ただ誰かは分からない。
 シャル君は私にすら未だに触れられると照れたりして「意志の弱い俺で済まない……!」と素の一人称が出てメアリーちゃんへの葛藤を抱くほど女性に弱いの男性どうせいの冒険者かと思ってはいたけど……

「……別の女の子で傷心を癒そうと……?」
「違うと思いますが……第一、まだシャルと決まった訳じゃ無いですよ」

 それもそうかと思いつつ、失礼な事を言ってしまったので後でシャル君に謝ろうと思いつつ。私達は警戒態勢のまま声のした方向に向かっていく。
 ゆっくりと出来る限り音を立てずに。しかし出来うる限り早く。
 私はシャル君であった時のためにと、早く会いたいと思っているのか勇み足気味の皆をフォローするために後ろの方に付いて行く。

「もう少しです」

 そして声のした方に近付いて行き。人の気配だけでなくモンスターの気配も近付いて来る。
 戦っているのならば加勢しなければならない。私達は自然と体全体にいつもより力を入れるようになる。
 だけど……

――モンスターの気配はするけど、戦っている気配が無い?

 そんな違和感を覚えつつ、私は拳を固めて、戦いならば楽しめるかもしれないと思いながら走っていき――

「おいおい、そんな風にじゃれてはくすぐったいぞ」
『Grrrrr!』
「そうかそうか。お前は本当に可愛いな。私の美しき身体を堪能したいのは分かるが、三方向からとはキミも贅沢な楽しみ方をするね!」
『GRRRRR!』
「こらこら喧嘩するな。私が美しく独り占めしたいのは分かるが、私はそんな小さき器じゃない。だからキミ達は美し過ぎる私を皆で堪能すると良いのさ!」

 件の討伐対象であるモンスター達と戯れているシュバルツさんが居た。
 傍らにはどうすれば良いかと悩んでいるシャル君も居る。あとはブラウン君も。
 なんと言うべきか……「修行しようとここまで来たのに、こんな様子では倒せないじゃないか」とでも言いたげの表情だ。

「……ねぇシュバルツお姉ちゃん。僕も触っても良い?」
「おお、良いぞブラウンくん」
「ありがとう。…………ふわふわ……このまま寝てしまいたいぐぅ」
「ノータイムで寝たね」

 あとケルベロスの毛を触ってそのまま寝てしまったブラウン君。とても心地よさそうに寝ている。
 ……とりあえず。

「シャル君」
「? ……メアリー!? と、リオンにアッシュか」
「ついでのように言うな」
「気持ちは分かりますがね」

 モンスターはシュバルツさんのお陰なのか襲ってくる気配は無いし、ブラウン君は寝ているし、シュバルツさんはなんだか察したかのように黙って居る。
 私は隠れて見守っていよう。
 なんだか若干気まずい気もするけど、メアリーちゃんならどうにかしてくれるはず! だと思う。

「何故お前がここに居る。どうやってシキに……」
「走ってきました」
「……なに?」
「隣町から走ってきました」
「…………そうか」

 あ、シャル君がツッコみたいけど深く考えてはいけない、というようなシキで学んだ事を活かしているように見える。

「となるとアッシュもか。……大丈夫か?」
「気遣いには感謝する。……だがメアリーが出来るのに私が先に根を上げるわけにはいかないのでな」
「そうか。……悪いが話す事は無い。今は依頼中なのでな」
「その討伐依頼は今シュバルツさんがほぼ解決していますよね?」
「………………調査がある」

 シャル君、無理矢理言葉を選んでいる感があるよ。
 話をしたくない、と言う感じが出ているのは私に分かるけれど…………? あれ、なにか今気配がしたような……?

「ほうほう、成程……」
「どうしたんですシュバルツさん?」
「いや、元の場所に帰らないと討伐する事をこの子達に伝えたのだが、興味深い事を言っていてね。成程……」
「調査も終わりそうですね」
「…………話を聞くだけでは済むまい事よ。話だけで調査は終わらん事さ」

 シャル君、動揺して口調が変になっているよ。
 敬語を話そうとすると、今世でのお母さんの言葉トラウマを思い出して上手く話せなくなる私よりはマシだろうけど。
 …………。

「ともかく、話す事はなに一つとしてない。既に話す事は話し終えたからな」
「貴方にとってはそうでも、私にとっては違います。それに……あの時話さなかった事も有るんです」
「話さなかった事? ……いや、私は言っただろう。お前と話す事は無い。私の決心を鈍らせないでくれ」

 先程は思いをぶつけると言っていたメアリーちゃんも、上手くぶつけきれていないように見える。
 一人称がぶれない辺り、シャル君は(一応)冷静に対処はしている。ぶつけ合おうとしても、上手く乗り切れずすれ違っている。
 ………………私は、懐に忍ばせていた短刀を取り出し、右手に持つ。

「貴方は私の枷になるつもりなのですか?」
「……なに?」
「貴方の行動は私にとって枷になります。将来学園生時代を振り返るたびに、なにもせずに終わったと後悔する事になるんです」
「ならば納得する行動して納得する結末を見たい、と? それは――」
「では貴方は責任を放り出して相手を縛ろうとしている、と? 貴方曰く心優しいメアリー・スーに対して、やる事もやらせず心残りを作って枷にしようと?」
「…………俺は……」

 メアリーちゃんの言葉にシャル君は僅かだが揺らぐ。
 シャル君がなにを思ってここまで来たかは分からない。ただ一つ確かなのは、シャル君は自分の強さを取り戻すためにシキに来ている事。
 強くない自分はメアリーちゃんの傍にはいられないけど、相応しい男になる事は自分の定義つよさを取り戻す事になる事。
 だけどどこかで納得しきれていない、心のひっかかる部分もあるのだろう。
 メアリーちゃんに今のような事を言われれば動揺もする。だからシャル君は黙って去ろうとしたのだろうけど……もしかしたら心の何処かで――
 …………やっぱり、なにか変だ。

「シャル君。私は貴方が思うような女じゃないんです」
「……?」
「私は酷い女なんです。今まで言った言葉も、行動も。……それは今まで私が考えていたものじゃないんです」
「……どういう意味だ?」

 私はなにか嫌な予感がしたので、重要な話の最中だろうけど会話に割り込もうと動こうとする。
 心の中でメアリーちゃんに謝り、立ち上がろうとした所で――

 ――あ、これは感じた事がある

 私は一度だけ、これは駄目だと思った場面に出くわした事がある。
 ちょっとした困難ではなく、明確な死の気配だ。
 それは実際に私への死となって降りかかり、私はそこで絶命した。そんな大抵の人は経験したことの無い経験を、私は経ていた。
 “コレ”はそれに似た存在だ。

「――――」

 足に力を入れ、私は隠れていた場所からシャル君の真横に飛び出した。

「クリーっつ!?」

 私はシャル君の胸倉を掴んで持ち上げ、そのまま適当な場所に放り投げる。
 一瞬しかなかったのでそこまで遠くには飛ばせなかった。

「皆っ、逃げ――」

 て。という、最後の一文字を言うよりも早く私に衝撃が走った。
 咄嗟に衝撃に備え構えた腕に来る力強いぶつかる衝突と、裂くような鋭い力。
 魔法ではなく、純粋な力は私を襲っていた。

っぅ!」

 私なら受け流せると思った。と言うより慌ててシャル君を引き離そうとしたとしても、私には可能であったはずだ。
 出来なかった理由は先程の模擬戦での傷による力の加減の失敗。要は自業自得である。
 けれどそんな事は今はどうでも良い。
 反省も後悔も後でする。そんな無駄な労力を使っている暇があれば、状況を把握しろ。
 今の衝撃で傷はさっきよりも大きく開いた。どうとでもなる。力の加減を加えればまだ使える。
 左肩が外れてしまっている。痛いがすぐ治る――よし、はまった。

――相手はなに?

 こんな攻撃をした相手はなんだ?
 気配もほぼ無く。力はその辺りのモンスターよりも遥かに優れたモンスター。あるいはそれに準ずる技術を持った生物。
 それを把握して対処を――ああ、もしかしてこれは……

『「これ、あの神父様に関与しているヤツだよ!」』
「っ!?」

 私は、伝えたい相手にだけ伝わる言語――メアリーちゃんに伝えるために、日本語で叫ぶ。
 多分メアリーちゃんは自身が転生者だという事をまだ知られたくないはずだ。それにこんな事を言ってもリオン君達は意味が不明だろう。ならば今は意味不明に叫んでしまっている事にしてしまえば良い。
 だけどこの情報は伝えて共有しないと駄目だ。

『「本来なら神父様とヴァ――悪役令嬢を襲うモンスターヤツを襲う前兆である、敵の――」』

 そう、このモンスターは――

「――【異質神ノ合成獣キメラ】!!」

 キメラ。あるいはキマイラ。
 本来ならヴァイオレットちゃんとスノーホワイト神父様を殺す前に現れる、古代の神獣だ。

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