追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

笑顔は自然で


「……え?」

 疑問の声を出したのは誰であったか。ヴァイオレットさんであったか、アプリコットと共に少し離れた所で見ているグレイであったか、見ていた者達皆であったか。
 シャトルーズの刀による一太刀は、クリームヒルトの腕を手から肘にかけて切り裂いた。その事実に疑問の声をあげた。
 護身符は攻撃を受けて錯覚的な痛みが発生する事は有っても、怪我をする事は無い。そもそも怪我を肩代わりするのが護身符という存在だ。怪我してしまっては意味が無い。
 効果を大きく超える程の大きな力を受ければ話は別だが、安全を考慮して一定以上の効果以下になれば終了になる様にしているので、余程が無ければ怪我をする事は無い。

「うーん……さすがに痛いね」

 だがクリームヒルトは現在怪我をしていた。
 血が噴き出す事は無いが、痛々しいほどの血が出ている。本来なら激痛で押さえて蹲るレベルであるにも関わらず、まるでかすり傷を受けたかのように怪我をした右腕を見て、血を撫でて感想を言う

「――クリームヒルト!?」

 そして暫く間を置き、ヴァイオレットさんが名前を叫んで駆け寄ろうとする。
 シアンも含めてその言葉にハッとし、駆け寄ろうとするが――

「あはは、心配ありがとう! ――でも邪魔しないで」

 クリームヒルトのその一言で全員が立ち止まった。
 それは以前のような目が笑っていないモノでなく、キチンと眼も笑った上での微笑みであり、言葉通り“邪魔をするな”と物語っている表情であった。

「あ――何故、俺の太刀はお前の――? いや、今すぐ治療を――!」

 そしてシャトルーズはなにが起きたか分からないように怪我をした腕と自身の血が付いた刀を見て呆然とし、すぐに我に返って治療をしようとするが……

「駄目だよ、シャル君。戦闘を続けるって言ったのはシャル君なんだし、まだ続けないと」
「そんな事を言っている場合ではない、今すぐ治療をしなければ! ええい、何故護身符の効果が発揮しない、壊れて――」
「壊れてないよ。そもそも私、護身符を持っていないし」
「は……?」

 治療しようとするが、笑顔で止めた後クリームヒルトはそんな事を言いだす。

「正確には持っているけど、アプリコットちゃんが使えるように魔力を補充してなかったヤツを持っているんだよ」
「何故そのような……?」
「あはは、気が付かなかった? でもそうだよねー、シャル君の攻撃は一度も私に当たらなかったんだから。気が付く要素も無いもんね! ――よいしょ!」
「っ……!?」

 クリームヒルトは笑顔で煽った後、再び戦闘の構えを取ってシャトルーズを左腕で殴りつけた。
 反応が遅れたものの、シャトルーズは咄嗟に腕でガードをする。

「戦闘の続きだよ。ああ、いや、模擬戦かな」
「模擬戦よりも今は治療だ! 戦闘も使えない護身符を持たなかった理由も後で聞く!」
「なんで?」
「なんでだと――くっ!」
「私はまだ続けられるんだから、続けて貰わないと。私を治療したかったらまず戦闘を終わらせてよね」

 クリームヒルトは攻撃を続ける。
 シャトルーズは動揺しつつも素早く移動し四方八方から繰り出される攻撃をガードしている。決して反撃はせず、クリームヒルトの言葉を理解出来ずにされるがままである。

「あはは、どうしたの、チャンスじゃないの? ほら、シャル君を負かした相手がこうして弱っているんだよ? 今がチャンス! 勝って自信を取り戻そう!」
「なにを――っ!?」
「あれ、違うの? 私に負けたから自分の力不足を感じて学園を出ていってここシキまで来たんじゃないの? だったらほら。今がチャンスでしょ。――ああ、でも」

 クリームヒルトは言葉を文字通り浴びせた後、事実を突かれたかのように動揺するシャトルーズの正面に立ち、一瞬止まったかと思うと。

「チャンスでも勝てないなら意味ないか」
「ぐっ――!」

 次の瞬間にはシャトルーズの前に現れ、蹴りをガードをすり抜けて腹に入れ、吹っ飛ばした。
 そしてその一撃で、一定以上のダメージが入った事を示す合図を護身符が発したのであった。つまりは模擬戦としては終了の証である。

「ねぇ、シャル君。治療する前に聞かせてよ。なんで動揺したの?」

 そして終了と共にクリームヒルトは構えを止め、吹っ飛んで尻もちをついていたシャトルーズに近付いて問いかける。
 怪我をした右腕はだらりと下がっているが、動かないという事は無く、最初に流れた以上の血は出ていない。恐らく力を入れて血が流れないように調整しているのだろう。

「当たり前だろう、護身符を持ちながら怪我をすれば誰であれ動揺する! お前は模擬戦で死にたいのか!」
「でも、シャル君が使っている刀ってそういう武器でしょう? 攻撃して、相手を斬る武器だよね」
「そうだが今言っているのはそういう事ではない! 何故お前はそんな事をしたのかと聞いているんだ!」
「簡単だよ。今のシャル君に護身符コレ無しでも負けると思わなかったから」

 シャトルーズに問いに対し、特に溜める事無く当然の事かの様にクリームヒルトは返答をする。
 そう言いながらクリームヒルトは服の内側から数種類の薬草のような物を出し、錬金魔法を使ってなにかを調合し始めた。

「今のシャル君はつまらないよ」
「つまらない……?」
「守るモノが無くなったからかな。今のシャル君はとてもつまらないよ。なに、私に負けて自棄にでもなった?」
「…………」
「うん、だから少しでも面白くするために護身符無しで行ったの。そうすれば少しは楽しいかなーって。で、持っていない事を知ったらシャル君はどうするかなって気になって。ちょっと斬られてみました! ……以上、質問の答えは終わり!」

 まさに“したいから、そうした”と言わんばかりの言葉を吐きながら、明確にシャトルーズをしたと見ていた。そして錬金魔法で薬のようなモノを作り、傷口に塗り始める。
 ……俺はそんなシャトルーズのためを思って見下す様子を見ながら、手首を解した。

「……どうしたいんだ」
「ん?」
「お前は、そんな事をしてどうしたいんだ!」

 そして、クリームヒルトの回答にシャトルーズは腹部を抑えながら立ち上がり、クリームヒルトに大声で問いかけた。

「俺を馬鹿にしたいのか、自身との力の差を見せつけたいのか! 弱いと哀れんでいるのか! ――つまらない男であるなど、重々承知だ! それでも強くあればメアリーに並び立てられる存在になると思っていた!」
「…………」
「だから俺は今は勝てなくても、お前より強くなろうと本気で挑んだというのに……お前は……!」

 シャトルーズは刀を持っている手を恐らく護身符の残り効力が無ければ血が滲んでいるだろう程に思い切り握りしめる。
 自らのプライドをさらに折られたかのように、クリームヒルトを睨み付ける。

「なんで戦いで強くないと駄目なの?」

 だがクリームヒルトはその言葉にあっけらかんと言う。

「うん、私も強い男の人は好きだよ? でもメアリーちゃんは戦いでも強い女性だよ? だったらシャル君が強くならなくても、別のなにかで補うのは駄目なの? メアリーちゃんが辛い時に寄り添ったり、楽しい事を言って笑わせたり、どんな時でも信じ抜く心の強さだったり、権力を持って平民のメアリーちゃんを守るっていうのも良いね。強さの種類って、別に一種類じゃないでしょ?」

 そんなシャトルーズの根本を否定するかのような、問いを投げかけながら塗り薬を塗り切れていない傷口に手を入れて指を血を濡らしながらシャトルーズに近付き、

「――ねぇ。なんで戦いで強くないと駄目なの?」

 血に塗れた指でシャトルーズの頬をなぞりながら、問いかけた。

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