追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

前世がある事による弊害_勘違い(:朱)


View.ヴァーミリオン


「しかし貴殿はメアリーさんが本当に好きなのだな」

 俺が宣言をしていると、アプリコットがクリームヒルトの酔い覚まし用の水を注ぎながら聞いて来た。

「当然だ、俺にとっての救世主であるからな」

 俺は答えが用意されているとしか考えられない質問に答える。俺の回答に対してアプリコットはやれやれとでも言いたげな表情をしていた。

「シスターが神父を想う気持ちや、お前のグレイを想う気持ちに負けるつもりはない」
みとっいばらき!?」
「冷たっ!?」

 そして俺が補足をすると、持っていた水を差しだそうとしたアプリコットがよく分からない奇声を発しながら体勢を崩し、水を思い切りシャルにぶちまけた。

「ああああす、すまぬ! 今拭くから動くなシャトルーズ!」
「い、いや気にするな。自前の拭くモノがあるからそれで拭く」

 アプリコットは動揺し、まずは魔女服から取り出したハンカチを取り出しシャルを拭こうとし、断られていた。先程のさり気無い水の補充や、動揺しつつもすぐさま対応出来る道具を持っており行動できる辺り、普段から気配りは出来るのだろうな……それにしても今のを避けきれない辺り、集中力が曖昧なようだ。

「リオン君、想う気持ちに勝ち負けを使うのは違うんじゃない?」
「シスター・シアン。その言葉も分かるのだが、貴女が神父を想う気持ちが誰々に負けている、と言われたら腹立たしいだろう?」
「……確かにね。負けるつもりは無いよ」

 メアリーが居ても今のシスター・シアンのような事は言われそうだが、世界一好きである事は自負を持っている。であるならば俺はそれを持って常に接し、過ごし行動するのみである。

第三王子サード・アイ!」
「……ああ、俺か。なんだアプリコット」

 一先ず持っていたハンカチをシャルに押し付けたアプリコットは、動揺しつつも俺に向き直り大声をあげて来た。

「わ、我がで、弟子を好いているなど、なにを言って――」
「む? ……好きでは無いのか? 傍から見ても相思相愛だと思っていたのだが……」
「違っ、ええと、違うとは言いたくないが、そんなことは」
「? ……シスター・シアン。以前のキスをしていた時に嬉しそうにしていたのは俺の見間違いか?」
「あー……間違ってはいないんだけどね。それはコットちゃんにとって暗い過去になっているから言わないほうが良いよ」

 俺が疑問に思いシスター・シアンにこっそりと尋ねるとそのような答えが返って来る。……どういう事だろうか? 以前キスをしていたのを見た時は、アレを切っ掛けに仲睦まじくなると思っていたのだが……

「あはは、アプリコットちゃん、結婚式には呼んでね! 学生婚なら先輩として応援するけど……あ、駄目か。学生時代はグレイ君未成年だもんね……というか未成年淫行? 『おねショタ』?」
「い、いや、そうでなくてではな! 淫行アフロディテもなにも我と弟子は――」
「あ、黒兄だ。おーい!」
「聞くのだクリームヒルトさん! あとおねショタONE-SYOTAとはなんだ!」

 クリームヒルトが俺の言葉に乗り煽っているのか純粋に祝福しようとしているのか判断が付かない事をしていると、窓の外を見てクロ子爵を見つけて窓に駆け寄って開け、外に向かって手を振った。
 その行動にアプリコットは慌てながらも文句を言い……シャルがなにかに反応していた。あと『おねショタ』とはなんだろうか。聞きなれない言語だが……

「用事終わったのー?」
「いや、まだ少し用が――ヴァーミリオン殿下!?」
「先日ぶりだな、クロ子爵」

 クリームヒルトの声を聞き窓に寄って来たクロ子爵は、少々疲れた面持ちであったのだが俺の姿を確認するなり目を丸くして驚いていた。
 この反応からするに、今まで外に居てグレイには合っていないようである。

「それにシャトルーズ卿……じゃなくってシャトルーズまで。ええと、此度はどのような御用でシキに……はっ、まさかスカーレット殿下がまた抜け出してきていて連れ戻しに!?」
「いや、違う。今日来たのはチリメンドンヤ冒険者リオンとしての側面が強い」
「そうですか……ちりめん問屋?」

 俺が座ったまま挨拶をし、返答をするとクロ子爵は不思議な表情をした後何故かクリームヒルトを見た。それに対してクリームヒルトも疑問顔であったが……なんだろう、今の反応は。今の視線は……む、それよりもクロ子爵に会ったら言いたい事があったのだ。それを伝えねば……だが女性陣が居る前では話辛いな。

「む、そうだ。先程まで偶然出会ったお前の息子に案内を世話になっていてな。世話になった」
「そうですか。えと、ご迷惑をおかけしなかったでしょうか?」
「いや、良き案内であったよ。それと案内を受けて始めて回ったが、シキは良い土地だな。特に領民が楽しい者達ばかりだ」
「えっ」

 俺は立ち上がりつつ、素直な感想を言うと何故かクロ子爵は虚を突かれたような表情をしていた。……領民が褒められたのに、なぜ領主がこのような反応をするのだろうか。
 と、それよりも伝えないといけない事を話さないとな。

「クロ子爵、耳を貸せ」
「はい?」

 俺は窓に近付きつつ、クリームヒルトに軽く手でアピールをし少し下がって貰うと、クロ子爵に顔を近付ける。
 何事かと周囲は見ているが、俺は気にせずにクロ子爵に告げる。

「クロ子爵。仲が良いのは良い事だが、もう少し周囲に気をつけろ。息子に気を使われているぞ」
「どういう意味でしょうか……?」
「今日グレイに会ったのは、彼が今日のお前の行動に気が付き、気を使っての事だ。……俺に言われる筋合いは無いだろうが、そういった行為は内密にな」
「……?」

 内容は欲を満たす行為に関して。
 他家の家庭事情であり、夫婦間の事情なので深く突っ込むのも良くは無いが、仮にも元婚約者であり……癪だがメアリーの友でもあるヴァイオレットの家庭だ。後輩となるグレイに悪影響があっても困る。彼は気を使う位には事情を分かってはいるようだが、純粋そうな彼に変なストレスがかからないようにして欲しい。後は貴族としてもそういった事情は秘するべきであるからな。

「ああ、あの件ですか。そうか、内緒に出来ていると思っていたけど、気を使われていたか……」
「息子も意外と見ている、という事だ。気をつけろ」
「ご忠告感謝いたします、ヴァーミリオン殿下。しかしそうか……そんな事ならグレイにも手伝って貰った方が良かったかな……」

 ……手伝って貰った方が……良かった……?

「……待て、クロ子爵。お前、息子を巻きこむつもりなのか」
「え? あ、はい。それも良いかなーと思いまして。元々ヴァイオレットさんに喜んで貰いたくてやっていた事ですが、グレイも居ればそれはそれで楽しそうですし」
「……!?」

――……馬鹿な、クロ子爵は正気なのか……!?

 夫婦の営みに息子を巻きこむなど正気の沙汰ではない。はっ、そういえばクロ子爵には噂で変態アブノーマル変質者カリオストロという渾名があったな。あれは事実に基づいた噂であったという事か……!?
 いや、まさかクロ子爵が言っていた前世ではそれが普通だと言うのか! ……落ち着け、俺。変な決めつけは……

「元々クリームヒルトも含めてやるつもりでしたからね。今日は二日酔いで体調を崩していたので、別に機会という事になっていましたが」
「くそ、やはりか!」
「え、な、なにがです!?」

 くそ、やはりクロ子爵のいう前世の日本NIHONという世界ではそれが普通なのか。夫婦だけではなく家族の一員も含めて行うと言うのか……!
 ……落ちつこう。国も違えば文化も違う。文化を否定してはそれは歩みを否定する事になる。明確な間違いでなければ、それは受け入れられるべきなんだ。

「……すまない、取り乱したな」
「は、はぁ、構いませんが……どうされたのです?」
「なんでもない。ただ……そうだな、クロ子爵。あまりヴァイオレットを無理させるなよ……? 折角俺がよく知っているヴァイオレットとは違う表情をしだしたのだからな……」
「何故今仰られるんです……?」

 俺が肩に手を置き心配をすると、クロ子爵は心底不思議そうな表情をしていた。
 成程、これが前世を持つ者と持たない者の差というやつなのだな……。

「……話は終わったか、リオン」

 俺の行動に周囲が不思議そうな表情をしている中、シャルが話に一区切りついたのを確認してから立ち上がり俺達に近寄って来た。
 俺は「ああ」と頷き、怪訝な表情をするクロ子爵から離れシャルと場所を入れ替えた。

「クロ。貴殿に一つ頼みがある」
「はい、なんでしょうかシャトルーズ」

 いつもとは違う呼び方をしあう二人を見つつ、周囲が何事かと見ていると――シャルはその場で膝をつき忠誠を誓うような態勢で、

「俺に稽古をつけて欲しい」

 と、言ったのであった。

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