追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

器が広い?(:朱)


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「成程、シキの地理はこのような感じか……わざわざ案内してもらって感謝する、グレイ」
「いえ、領主であるクロ様の代行を果たすのも息子としての務めですから。それに簡単な案内ですから」
「それでもありがたい事だ。……ところで先日の言霊魔法の影響は問題無いのか?」
「はい、お陰様で後遺症は残っておりません」
「そうか。良かった」

 日没までにはまだ少々ある時にて、俺はグレイの案内でシキを見て回っていた。地理は資料では知ってはいたが、やはり実際に見るのとでは感想も違うのもある。それに実際に住んでいる領民の声も聴かねばならない。
 ちなみに食事は手軽に摘まめるものにした。ようはシキにある店で買い、はしたないが食べ歩きしながら見て回ったのだ。

「それにしてもあの森妖精族エルフである女性が栽培し作ったというキノコソテーサンドは美味かったな。そう思わないかシャル」
「……そうだな、美味かった」

 俺は一通り見て回っている間、ずっと黙って居たシャルに声をかける。
 シャルも俺と一緒にシキの案内を聞いている。調査の時に勝手は知っているだろうが、せめて今日は護衛に周るという事と、シャル自身もクロ子爵に用があるが、どうやら取り込み中であるらしいので時間を潰すために一緒に居るのだ。……取り込みの長さも個々で差があるだろうからな。

「頭にアクセサリーでキノコを付けるとは変わってはいたが、それだけキノコが好きなのだろうな」
「……ああ、そうだな」

 キノコのサンドを買った女性の頭についていたのはまるで直接生えているようなリアルなキノコであった。だが身体にキノコが生えるなど早々無い事だからアクセサリーに違いない。抱く感想としては変に映るものも居るかもしれないが、アレは彼女の愛嬌的なモノなのだろう。
 グレイも懐いているようであったので、明るく奔放な女性なのだろう。メアリーにも似た部分があるからな。
 何故だかシャルが“お前がそう思うのなら否定はしない……”といった遠い目をしているのは気になるが。

「それにしても……」

 俺はまだあまり見てはいないが、シキという地を案内してもらって思う事がある。
 それはヴァイオレットを変えた理由は自然なのか、ヒトなのかという点だ。
 まだあまり見て回っては居ないが、今の所の所感だと……

「うむ、ヒトの影響を受けているようだな。クロ子爵の影響も大きいだろうが、シキの良き領民と接した事によってヴァイオレットは変わったのだな」

 ヴァイオレットは、俺の記憶の大半ではシャルよりも遥かに不愛想で氷のように冷たき女の時もあり、王族としての在り方という名目で自身の理想を強要しすぐに怒るような情緒不安定な女だ。俺が歩み寄ろうとしても、つまらない回答をするだけの人形のような女だ。
 それが最近接する時は、俺の知っているヴァイオレットとは全く違う存在になっていた。
 あれは首都の貴族世界という柵から解放され、自然と接する事で生まれた余裕なのか。あるいはクロ子爵やグレイ、シキの領民と言ったヒト達の影響かをシキに来る事で知りたかったが……これは両方かもしれないな。

「良い領民達ばかりであるな。変だというのは所詮噂という事か」
「正気かリオン!?」

 そう思っていると、黙って居たシャルが大声をあげて俺に詰め寄って来た。

「落ち着け、リオン。確かにシキの者達は悪意は少なく、己が感情に嘘を吐かず道を進んで行くのは褒められる事だ」
「そうだな」
「だが考えてもみろ、今日会った者達の事を」

 今日会った者達か。俺の記憶では良い者達ばかりであったのだが……シャルが言うからには思い返してみよう。

「まずは宿屋の夫人だ」

 レモンさんとやらか。
 両手両足義肢でありながら暴れる冒険者五名を一瞬で無効化する忍術使いだな。義肢がぶっ飛んだりはしていたが、あれはあれで彼女なりのやり方なのだろう。素晴らしく強く、細かな所に可愛い意匠がある可愛らしい女性じゃないか。

「うむ、それは分かる。ではブライ」

 途中で会った鍛冶師か。グレイを見る目が少々怪しかったが、ようは子供が好きなのだろう。刃物を扱う者が子供好きとなれば、危険が無いよう気を使う心も持つだろうと思える。さらにはシャルの以前の刀も彼がうったそうでは無いか。俺の記憶ではあの刀は良いものであったと思うのだが。

「……黒魔術師のオーキッド」

 あの輪郭がぼやけて姿が良く見えなかったヤツか。見た目は怪しかったが心根は綺麗だと判断できる。口調も怪しかったが口調で判断しては器が知れる。突然影から出現して驚いたが、彼の愛嬌なのだろう。
 あと黒猫が好きであった。メアリーも猫が好きだ。ならば悪い男ではない。

「……薬剤師」

 エメラルドか。「毒を感じたい!」と顔を赤くし、他者での実験では毒を感じられないと言い、自身の身体を持って毒を克服する術を模索する素晴らしき少女では無いか。万能薬を作りたいと言った時は応援したくなった。俺が王になった暁には援助しても良いかもしれん。
 ただ自身の身体を実験にし続けるのは良くない。もう少し己が身体を大切にして欲しい。

「……正確にはシキの住民では無いが、あの露出狂の変態」

 シュバルツ……だったか。人気の居ない所で全裸でポージングをしていた時は驚いたが、美しき女性では無いか。メアリーには及ばんが。
 あのように自意識過剰などではなく自分に確固たる自信を持ち、自覚を持つ女性は好感が持てる。己の武器を知っているという事だからな。
 ただ大事な所は隠してはいたが、全裸は良くない。風邪をひく上に子供……グレイにも悪影響だ。見せないように目は塞いだが。

「他にも――!」

 他か。
 例えば見た目は大人な七歳児。
 グレイと仲が良いようであったし、見た目関係なく子供は元気に遊んで欲しいものだ。あと彼は戦闘力が強そうであったな。手合わせ願いたい。

 例えば採れた野菜にキスをする者。
 冬場に元気な野菜を見た時は素晴らしい技術だと思った。野菜の気持ちになる為に土に埋まると聞いた時は、素晴らしき農家魂を見たと言える。

 例えば鍛錬と筋肉を愛する巨漢な男性。
 俺達に「筋肉鍛えているか!」と言いポージングを決めると着ていた服を破り、筋肉が数倍に膨れ上がった男。あの鍛え方は尊敬に値する。服を着たら何故か元のサイズに戻ったが。

 例えば手製のウサ耳を付けた推定四十歳代の男性。
 己が好きなモノに年齢も性別も関係無いとメアリーから教わった。彼を見ると改めてそう思ったな。ウサ耳のこだわりも素晴らしかったからな。

 例えば刃物を息を荒げ眺める女性。
 刃物が好きすぎて危うい息をあげて居た上、数十本の刃物を身に纏っていた。しかし全てが手入れが万全で安全に考慮されていた。あの手入れはお前も見習ったらどうだ、シャル?

「ええい、お前は意外と器がデカいな!」
「意外は余計だが誉め言葉は感謝する」
「くそっ!」

 何故シャルは「お前は何故正気でいられるのだ!」的な表情をしていたが……何故なのだろうか。
 俺は今の所良き領民に会っているだけだというのに……まさか他に変な住民が居るのに、早くから良き領民に会って大丈夫かと問いたいのだろうか。その可能性はあるな、油断せずに行くとしよう。
 だがシキは面白い奴らが多い。シャルやクロ子爵の件もあり滞在も長くは無いが、もっと話し合いの場を作っていきたいな。
 話し合いの場……か。そういえば……

「……そういえばアイツと、話し合う場を作るのであったな」
「それはヴァイオレット様の事でしょうか」

 俺が小さく呟くと、先程まで案内をしていたグレイが尋ねて来た。先程までの過ごしてきた地を自慢するような得意げなモノではなく、少々敵意を隠しきれていない表情だ。
 グレイにとっては母親を捨てた男だ。今まで素直に案内していただけマシであったのだろう。だが……

「そうだな。……お前は、ヴァイオレットを慕っているのだな」
「はい。ヴァイオレット様……母上は私めにも良くしてくださっている優しきお方ですから」
「……血は繋がっていなくともか?」
「はい?」

 ……俺はなにを聞いているのだろうか。首都から離れ開放的になっているだろうか、多くの良き領民と出会って気が緩んだのか。
 コイツの生い立ちは俺とは似ている部分は有れど、全く違うモノであるというのに。

「……不躾な質問だと分かってはいるが、“血”は家族において重要なモノだ。それが有ると無いとでは大きな差があるだろう。アイツも……バレンタイン家は血を重要としている。書類上は母だとしても――」
「ヴァーミリオン、それ以上は止めておけ。グレイにも失礼な上、お前のためにもならん」
「……そうだな」

 俺が更に問い詰めようとして、シャルに本名で諫められた。……イカンな。周囲に諫める者が少ないせいか、血と身分を重視してきたヴァイオレットの十年を見てきたせいか。あるいは両方かもしれないが、ともかく良くない事を口走ってしまった。

「ええと……仔細は分かりかねますが、血の繋がりは大切で、血が持つ絆は深く厄介なモノだと思います」

 俺が謝罪をしようとするとグレイは先程までの敵意は薄れ、疑問顔で俺の問いに答えようとしていた。

「ですが別にそれだけが重要では無いと思われます。例えばですが、お二方はメアリー様を好いているのですよね?」
「愛しているが」
「ですよね」

 問いの意味はよく分からないが、問いの答えは明白であったので俺は素直に答える。

「私は……俺は好く権利など……」

 ただシャルは問いに対して歯切れの悪い回答を返していた。……こいつは相変わらずのようである。
 それはともかく、グレイの今の質問は一体どういう意味を――

「リオン様達がメアリー様を。クロ様がヴァイオレット様とお互いを。それは血の繋がり無しに愛する事が出来ていると思われます」
「……そうだな」
「それと同じで、家族となるのに血は重要でも、絶対ではないと私めは思います。ですので、血は繋がらなくとも私めはヴァイオレット様を“母”と慕っております。それにヴァイオレット様も私を息子として見て下さっています。思い合い、家族と思えばそれは家族なのだと教わりましたから」

 ――成程な。
 グレイのこの考えは普段の日常から学び、自ら考えた結果か、あるいは……

「お前は良き家族を……良き父を持ったのだな」
「? はい。クロ様も素晴らしき家族だと思います」

 あるいは、クロという男に影響を受けたのかもしれないな。……ヴァイオレットもやはりあの男の影響が大きいという事かもしれないな。
 俺が変えられなかった事に後悔している訳では無い。ヴァイオレットがメアリーにした事は目に余るものであり、処罰も軽過ぎであると今でも思っている。

「……家族という体裁は有っても、血が繋がらないからと息子や娘扱いしない者は多い。大事にするのだぞ」
「……? はい、勿論です」

 だがヴァイオレットが俺の知らない一面を今の家族に見せ、良き家族を持っているという事は確かな事である。
 ……その事が少々羨ましく、元婚約者が今は良き日常が送れると願いつつ俺は気付けばグレイの頭を撫でていた。

「それにシキの皆々は良き者達が多い。良い所は吸収すると良いぞ」
「はい、私めも良き方々だと思います!」
「ああ、俺も良い土地だと思うぞ」
「ではもっとご案内いたしましょう。皆様の中でも特に素晴らしきお方である、アプリコット様というお方をご紹介――あ、リオン様はご存じでしたね」
「深くは知らんからな。改めてお前の口から紹介してもらえるだろうか。途中でグレイの思う良き他の者達も紹介はして欲しいが……」
「はい、お任せください! もっと素晴らしきお方もご紹介いたします!」
「ああ、今日出会ったような素晴らしき領民に会わせてくれ!」
「くそ、ヴァーミリオンがおかしな方面に影響を……いや、俺がおかしいのか……!?」

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