追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

【9章:変わっていく日常と変わらない日常】 始まりは退身報告(:偽)


View.メアリー


「シャル君が学園をやめた!?」
「はい」

 誘拐騒動が起き、事情聴取明けの次の日の学園の生徒会室にて。私はアッシュ君にシャル君が学園をやめた事を告げられました。
 シャル君は今朝から居ない事には気付いては居ましたが、なにかしら誘拐や家の件で遅れているものだと思っていました。それに今朝は誘拐騒ぎに関してクラスの皆さんに色々と聞かれ少々疲れていたのもあります。
 ですがお昼になってもシャル君は現れず、不思議に思い担任の先生に聞こうとするとアッシュ君に呼び止められ生徒会室に行ってからシャル君が学園を自主的に退学した事を告げられました。

「どうして、急に……? そのような――」

 イベントは無いはずなのに。
 そう言葉が続きそうになり、私はすぐに心の中で否定します。
 違います。似たような事は起こるにしても、全てがイベントに関連している訳では無いのです。日本語の件や、一昨日の誘拐の件などは無かったのですから。

「私も知ったのは先程です。その後迷惑を掛けたと学園長と生徒会長に謝罪をするシャルに出会い問い詰めたのですが……」
「ですが……?」
「……説得はしましたが、アイツの意志は固く聞き入れられはしませんでした」

 アッシュ君は言い辛そうにした後、少し悩んで振り返る様に私に告げました。
 今の間はなんでしょうか。まるでなにかを語る事を避けたような……?

「シャル君は今何処に居るんですか!?」

 いえ、そんな事よりも今はシャル君です。
 なにも言わずに急に学園をやめるなど聞いて落ち着いてはいられません。悩んでいたのか、家庭や身体的な事情なのか。
 どれにしましても、一言も相談の無しに重要な事を決めるなんて……シャル君は口下手だとしても親しく話す程度には仲が良いと思っていましたのに……!

「……申し訳ありません。何処に行ったかは分かりません。既に学園から出てしまったようで……」

 私が詰め寄りますが、アッシュ君は申し訳なさそうに分からないと告げます。
 こうしてはいられません、今すぐに探して問い詰めなければ――

「メアリー。シャルを見つけてどうするのですか?」

 私が急いで心当たりを探そうとすると、アッシュ君に腕を掴まれ止められます。
 見つけてどうするか? そんなもの……

「話を聞きます。どうしてやめるのかを聞き――」
「聞いて、止めるのですか? 私だって説得をしましたが止められませんでした。シャルの意志は固いですよ」
「例えそうだとしても、理由を聞かないと納得できません。止められるのならば止めますし、説得もします。なにも行動せずにそのままいるなんて出来ません」

 何事も行動をしなければ始まりません。
 気が付いたら納得出来る行為を成していた、いつの間にか善き事を為していた。そんなものは私は無いと思っていますが、例えそれがあったとしても、私はそれは我慢できません。願っていれば夢が叶うのならば、私は他になにもせずに永延と願っています。
 ……少なくとも、行動をしたくても行動するために動くという前提すら成り立たなかった時は違って、今は動く事が出来るのですから。なにもせずに待っているのは昔のようでイヤですから。

「……それでこそメアリーだ。ですがお待ちください。探すにしても手分けをしましょう。皆で探した方が早いですから」
「……そうですね」

 アッシュ君の言う通りです。
 行動するにしても今出来る事を為してから。今出来る事はシャル君の部屋や家、冒険者ギルドや移動手段の予約記録や目撃証言などを探さなくてはなりません。

「息子も随分と心配されているものだ」

 私がどうにか落ち着き、出来る事を相談しようとすると唐突に声をかけられました。
 気配がしなかったので私達は驚きながらもその声の方へと身体を向けると、そこには――

「や、こんにちは。入学試験の夜以来だが元気しているかな?」

 シャル君のお母様である、ヴェールさんがいました。
 相変わらずお綺麗で、アプリコットのような魔女服を着こなしています。

「は、はいお陰様で――ではなく、何故ここに?」
「なに、うちの息子の件について直接学園長先生に挨拶をと思ってきただけだよ。息子が急に迷惑を掛けた、とね」

 ヴェールさんはそう言うと、少々呆れたかのようになにやら紙のような物をヒラヒラとさせていました。その紙を見ると……退学届け、と書かれているものでした。

「唐突に学園をやめたい、と言った時は何事かと思ったがね。メアリー君達はなにか知ってるかとも思ったけど、どうやら知らないようだ」
「はい、心当たりがなくて……」
「そうかい」

 ヴェールさんは私の反応を伺った後、アッシュ君の方を見て、なにかを思ったのか少し興味深そうに眺めます。
 不思議に思っているとヴェールさんは生徒会室の中に入って来て、私に近付いてきます。
 妖艶な雰囲気に少し戸惑いつつ、どうしたのかと思っていると私の右耳辺りに顔を近付けて囁いてきます。

「我が息子は、今は首都の空間歪曲石にいるようだ」
「――、本当ですか!?」
「ああ。急な予約で時間を食って待合中のようだ。今なら間に合うかもね」

 その情報を聞いて私は居てもたってもいられずすぐに駆けようとし、生徒会室を出ようとした所で止まり、振り返ります。

「ヴェールさん、ありがとうございます! アッシュ君、貴方も――」
「私は貴女が午後からお休みすると教員に伝えておきますよ。私が居ると、話せない事も有るでしょうから」

 アッシュ君が居ると話せない事? それはなんでしょうか。
 ……そういえば先程、説得が出来なかったと言った時になにか躊躇いがありました。もしかしてアッシュ君はシャル君がやめる理由を聞いて、私に知られたくないと思ったのでは……?

「メアリー君、早めに行ったほうが良いよ。間に合わないかもしれないしね。大丈夫、君が戻って来るまでこの紙は出さないようにするから」
「あ、は、はい。そうですね。アッシュ君、申し訳ありませんが、お願いします!」
「ええ、任されました」

 いえ、今はヴェールさんの言う通りでシャル君の所に行かなくてはなりません。
 私はそう判断すると、感謝の言葉を述べつつ生徒会室を出て駆けて行き――

「ショート、カーット!」
「メアリー、ここ三階ですよ!?」

 出てすぐの窓を開け、周囲に誰も居ないことを確認するとそのまま飛び降りました。風魔法や体術で着地ダメージをゼロにし、私はそのまま駆けて行きます。
 待っていないとは思いますが、待っていてくださいねシャル君!







「いやはや、青春だね。だが良かったのかい?」
「なにがでしょう」
「このまま行けば我が息子はメアリー君争奪戦から外れた事になる。なのにこうして息子にチャンスを与えちゃって。それとも今息子と彼女を会わせる事で亀裂でも生まれるのを望んでいるのかな?」
「私はシャルに戻って来て欲しいと思っていますよ。それに……」
「それに?」
「メアリーは内面も美しき女性です。そのような女性に対して、このような形でライバルが減って幸運だと思うような男が相応しいとは思わなかっただけですよ」
「はは、成程ね」
「そういう貴女はどうなのです? 息子がこのような事をして、止めずにいるなど」
「親として失格と言いたいのかな」
「いえ、そのような事は……」
「当然止めたいが……なに、血だな、と思っているだけだよ。何処かの私の最愛のヒトの学園生時代と行動が似ていてね。あの状態では親の言葉は聞こえないさ。悲しい事にね」
「……これは失礼しました」
「気にする事では無いよ。私達も君達を利用している訳だからね。……しかし、これはまた随分と成長したようだ」
「はい?」
「昔は息子と殿下と君で逃げていたら泥濘にはまって泥だらけで帰って来て、泣きじゃぐっていた君達が成長したものだ、とね。いやはや、懐かしいねぇ。偶々私が帰っている時にそんな事が起こるんだから」
「……昔の話です」
「そのまま息子が甘えたから、君達も私と一緒にお風呂にも入ったね。そういえば何処かの誰かは“お母様よりお胸が大きい!”とか言って、楽器のように私の胸をパチンと叩いた事も有ったが……」
「……誰の事でしょう?」
「誰の事だろうね? そういえば薄い青色だったよ」
「なんの事ですか?」
「なんの事だろうね?」





備考:生徒会室に居るもう一人の誰か
「……皆、私の事気付いているのかな……というか認識されてるのかな……もう誰かに引き継ごうかな……でもシャトルーズ君やめちゃったから仕事が……どうしよう……」

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