追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

幕間的なモノ:すれ違い(:偽)


View.メアリー


 私は今、悩んでいる事があります。
 一つはスノーホワイト神父様の役割についてクロさんに伝えるタイミング。
 一つは四人目の転生者の心当たりがあり、それを話すべきかという事。
 もう一つは……私も転生者という事を話すべきかという事。
 カサスに関しては話されてはいませんが、クロさんとクリームヒルトは皆さんに前世の記憶があるという事をお話しして、そして受け入れられています。
 それは今までの事があったからこそ、頭ごなしには否定されずに、周囲が受け入れようとしているのでしょう。
 私も……私が前世の記憶があると言っても受け入れてくださる方は居ると思います。ですが不安は有ります。この事をクロさんに言ったとしたら、気にし過ぎだと言われるでしょう。けれど一抹の不安が拭えません。

「どうかしたのかな、メアリーくん。気分が優れないようだけど?」
「む? ……確かに顔色が悪いな。気分が悪いのならば休む所を探そうか」

 私が泊めて頂いた領主さんの御屋敷の部屋で心の中でどうしようかと悩んでいると、ヴァーミリオン君とエクル先輩がこちらを覗き込んで心配そうに声をかけてきました。

「それともさっきのクリームヒルトくん……ビャクくん? 達の話が信じられない感じかな」
「それならば無理もない。いくら自由なメアリーとはいえ、納得するには時間がかかるかもしれない」

 どうやら先程までこの部屋で話していたクロさんとクリームヒルトの前世の話が信じられず混乱していると思っているようです。あながち間違いでも無いかもしれませんが……あれ?

「他の皆さんは?」

 先程までスカイやスノーホワイト神父様、スカーレット殿下が居られたと思ったのですが……

「これは相当参っているようだね。皆残りの事情聴取だったり、治療だったりで解散したじゃないか。僕達はトイレとかで一旦席を外していたんだけど……」
「領主に挨拶と誰も居ないかと戻ってきたらメアリーが座っていたからな。不思議に思って話しかけた訳だ」

 ……そんなに悩んでいたのでしょうか、私。
 後でクロさんの所に行って神父様についての情報を教えないと……

「心配してくださってありがとうございます、ヴァーミリオン君、エクル先輩。ですが私は大丈夫ですよ」

 いえ、その前に目の前のヴァーミリオン君達に感謝の言葉を述べないといけません。先に囚われて目の前を疎かにしては駄目ですから。
 私はそう思い、立ち上がって深々と礼をします。後はこういった時の感謝の際には笑顔が大切なので笑顔を浮かべます。

「っ――! メアリーお前が笑顔を浮かべると、不安に思う時があるんだ」
「え、何故でしょうか?」
「それはつまり……」
「メアリーくん、彼は誰にでも気軽に笑顔を浮かべるけど本当は自分にだけ向けて欲しいという独占欲があるんだよ。ちなみに私もそうさ」
「エクル!」
「だけどここで封じてはキミの良さを損ねるから葛藤しているのさ!」
「お前は黙っていろ!」
「いっそそれを口実に“俺だけを見て居ろ”とかいってキスを迫ろうとしていない?」
「……そんな訳あるか!」
「間があったね。……違うなら私がしようかな?」
「させるか!」

 ……笑顔を浮かべたのは失敗だったでしょうか。

「私の笑顔に対して独占欲を覚えて貰うほど求められる、というのは嬉しい事は嬉しいです。ありがとうございますね、お二人共」
「…………」
「どうかされましたか?」

 私がなにやら男性同士の仲睦まじい口論をし始めたお二人を苦笑いしながら宥めると、エクル先輩が不思議そうな表情で私を見てきました。どうされたのでしょうか、私は変な事でも言ったのでしょうか……?

「いや、基本的に好意を持たない相手に独占欲を示されても困ると思うからさ。ほら、彼だってローシェンナという存在に独占欲を持たれて困っていただろ?」
「……アイツか……対処を考えなくてはな……」
「だけど私達に独占欲を持たれて嫌そうな顔はしないな、と思ってね。嘘を吐いているようにも見えないしね」

 珍しいくらい心底嫌そうな表情をするヴァーミリオン君の表情を見て、なんとなく言いたい事は分かりました。
 確かにストーカーの類にそう思われるのは不安になり、嫌悪を示す方もいるとは思います。ですが私にとっては、知らない誰かにならともかく彼らに思われるのは……

「……私は家族とは不仲で、誰かに求められる経験は少なかったですから。身近にいる貴方達に想われるのは、素直に嬉しいんですよ。承認欲求、という浅ましくも否定はしてはならない感情ですから」

 私は前世は誰かと接する事は極端に少なく、今世でも親や弟とは不仲で、私より弟の方が両親は可愛がり、私は殆ど居ない扱いです。
 だからこそ、こうして思える事自体は嫌ではないのです。悪意を持たれて周囲に攻撃をしている訳でも無いですから。……承認欲求の他に、優越感にも似た醜い感情ですが。

「……そっか。ごめんね変な事を聞いて」
「いえ、構いませんよ。……ですが周囲に迷惑を掛けるのは止めて下さいね」
「はは、分かったよ。ところでさっきの――」

 私の答えに納得したのか、あるいは触れて良い問題ではないと思ったのか、エクル先輩はいつもの軽快な笑みを浮かべて話題を変えます。
 私もあまり聞かせてもいい話でないと思い、その話題転換に乗ります。……この程度の過去を話すのも上手く話せず躊躇うのならば、やはり難しいかもしれませんね。

「ヴァーミリオンとエクル? なにをやっているんだ」

 私達が談笑をしていると、ふと部屋に入る場所の辺りから声をかけられます。

「……と、お前もいたか。なにをやっているんだ?」

 そこに視線を向けるとシャル君が居ました。
 私の姿を確認すると声のトーンが僅かに下がった気がします。それにいつも雰囲気が違い、覇気がないような気がしますが……そういえばシャル君は昨日から様子がおかしかったですね。

「ちょっとした談笑だよ。キミこそどうしたのかな?」
「私への聴取は昨日で終わったし、私はもうこの街を去るからな。最後に世話になった領主に挨拶をと思ったら、声が聞こえたんだ」
「あれ、もう帰るのかい?」
「ああ、元々依頼でこの街にスカイと共に来ていたわけだからな。予約していた空間歪曲石の使用時間が来ているんだ。だから私は先に帰るんだよ。……そちらも談笑するならば、別の場所でしたほうが良いぞ?」
「シャルの言う通りか。聴取もあるだろうから、場所を移動しよう」

 シャル君の言葉に確かにこのままいるのは迷惑がかかると思い、移動するために準備をします。私達の荷物は確か……ああ、そうでした、お手伝いさんに伝えれば出る際に渡してくれるんでした。
 そう分かると、私達は準備を……あ、その前に領主さんに感謝を言わないと駄目ですね。

「私は先に行かせてもらう。時間があるのでな」

 私達が準備をしようとしていると、シャル君は私達を待つことなく去ろうとします。
 その様子はいつもと違うようで、去るシャル君の背中を見て何故か……声をかけて止めないと駄目だと思いました。

「……ではな、メアリー。いずれまた」
「はい。また学園で……?」

 だけど私はそのままシャル君を見送ってしまいました。
 彼の背中が、不思議なほどに引き留める言葉を拒んでいるように思えましたから。

――大丈夫ですよね。また学園で……会えますよね?

 何故か私はそのように思いつつ、シャル君の背中を見送ったのでした。


「…………」

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