追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
幕間的なモノ:とある少女の数年間。(:淡黄)
とある少女の数年間。
View.クリームヒルト
私の兄、一色・黒が亡くなった。
黒兄が所属している会社で手掛けた服がなんとかというフランスの有名デザイナーの目に留まり、そのデザイナーとの会話のためにフランスに行った先で事故で亡くなったそうだ。
私が事故を知ったのは事故が起きた数時間後の高校から帰った夕方であり、死亡が確認されたのはそのさらに日を跨いだ数時間後。
次に黒兄と対面したのは、原形の無い状態でさらに数日後であった。
――なんで?
訳が分からない。
何故黒兄が死ななければならなかったのか。
認められたのはデザインだけど、自分も関わった服だからと喜んでいた黒兄。
私が大学に行けるようにと仕事を頑張っていた黒兄。
ワンルームの部屋で一緒に暮らし、ゲームを一緒にしたりアニメも一緒に見た黒兄。
……私がおかしな事をしても、見捨てずに家族として大切にしてくれた黒兄。
私は黒兄のお陰で道を外さずに済んだ。笑うたびに、私がなにかをするたびに怖がられていたが、今では怖がられなくなった。全部黒兄のお陰だ。
そんな優しい兄が、私が高校を卒業する前に亡くなった。
――……なんで?
兄の勤めていた会社の社長兼デザイナーであり、友人でもある男性は泣くのを我慢していた。
会社の仲の良い同僚デザイナーは声をあげて泣いていた。
悪友でもあるデザイナーは遺影の前にしばらくいた後、外に出て空を見上げていた。
後輩のパタンナーは悔しそうに唇を噛み締めていた。
兄の同級生達は泣くのを堪え、下を俯いていた。
「ビャクちゃん、大丈夫かい?」
そんな全員が私の心配をしてくれた。
会社でも仲介役や仲を取り持って色々苦労を掛けたと。兄は立派であったと思い出話を語ってくれた人も居た。
多分私がずっと黙った状態で、表情を動かさなかったから心配だったのだろう。
放っておいた方が良いと思った人も居たようであり、私の代わりに色々と取り仕切ってくれた人も居た。
「あはは」
しばらく経つと、私はふとそんな声を出した。
場には不釣り合いで、見咎められる行為。
周囲の人達はさらに心配したし、私の同級生で黒兄とも知り合いであった友達は「大丈夫?」と私の顔を覗き込み声をかけてくれた。
「あはは!」
私は笑った。
悲しまないといけないのに、私は笑ってしまっていた。
友達は私の笑顔に怖がった。
兄の友人達は心配そうに駆け寄った。
落ち着くようにの声をかけられた。
――黒兄はもう戻らない。
それは変えようのない事だ。覆せない事実だ。
なら私は、黒兄に教わった事を忘れないようにしないと。
そう、笑顔。笑顔で居る事は良い事なんだ。
辛くても悲しくても痛くても不安でも絶望してもまずは笑顔を作るんだ。
例えば――
「え、なにこれ。アイツ死んだの?」
――憎悪や殺意があっても、笑顔でいよう。
久方ぶりに見る母を見て、私は心に誓った。
それ以降の私は、よく笑うようになったと思う。
◆
高校の最後の方は色々と話しかけてくれた同級生の皆が話してくれなくなったけど、兄の友人兼社長さんのお陰でなんとか卒業出来た。
――これからどうしよう。
社長さんは大学に行っても良いし、卒業後に会社で面倒も見てくれるとも言ってくれた。
私は兄が大学に行く事を望んでいたので、身近な国公立大学に行く事にはしたのだが、目的があって進学した訳でも無いので暇であった。
色々やったら研究室の教授に誘われ院の研究を見に行ったり、新歓のサークルとか見たけどどれも性に合わなかった。
首席とか返さなくても良い奨学金の案内とかあったけど面倒であった。
――そうだ、黒兄は私のウェディングドレス姿を見たい、って言ってたな。
そしてドレスを作りたいとも言っていた。
作るのも見せるのも既に無理だけど、ようは黒兄は私が結婚するのを夢見ていたという事だ。こんな私が愛する人が出来て、家庭を築くのが楽しみだと言っていた。……自分は家庭を築くのなんて後回しにしてたくせに。
ともかく私が好きな相手と結ばれれば、天国かどっかに居る黒兄も喜んで貰えるだろう。
――私の好みの人は……強い男の子だ。
私より弱い人には興味ない。喧嘩の面でも、精神面でも。
少なからず黒兄はどちらも強かった。結局は喧嘩で本気の黒兄には勝てなかった。
黒兄を超えるを男の子探そう。そうすれば私も誰かを好きになるかもしれない。
「あはは!」
そのためには色んな人と会わないと。
私よりも、強い人を探すために。
◆
色んな所に行った。
色んな街に行った。
色んな人に会った。
色んな人と戦った。
戦った / 勝った
探した / 見つからない
出会った / 違う
笑った / 逃げられた
潰した / 感謝はされた
微笑んだ / 怯えられた
望まれた / 弱かった
忘れるな / 笑顔は良い事だ
――あれ、私ってなんのために笑っていたんだっけ?
◆
そして私は目を覚ました。
どうやら昔の夢を見ていたようである。
「……昔の夢を見るとは、ね」
これも言霊魔法の影響なのだろうか。
この世界に生を受けて、今世こそまともになろうとしていたから意図的に忘れようとしていたし、黒兄を思い出すと悲しくなるので思い出そうとしなかった記憶。
あるいは封じてしまったが故に自分がおかしいという事を忘れ、今世の両親を怯えさせた記憶。それを今、改めて思い出した。
「クロ殿、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。少し精神的に参ったのか、変な夢を見ただけですから……」
「枕が変わったから変な夢を見たのでしょうか?」
ふと、部屋の外からとある家族の会話が聞こえて来た。
皆幸せそうで、その内の一人は私の前世の兄。前世とは姿も声も違うけど、作る服は変わらず私は好きであり、誰かのために頑張ることが出来る黒兄。
二度と会う事が無いと思っていた、私の大切な兄。
前世の記憶を持ってこの世界に産まれた時は、大切な人達に会えないのに辛さだけが残ったのでなにかの罰だと思ったけど、今はこうして兄と会う事が出来たので重畳だ。さらに兄にはお互いに想い合っている妻も居る。
兄がああして良い家族を築けているなど、私にとっては嬉しい事だ。
「よいしょ、と」
私は普段寝ている寝具より遥かに豪華な、この街の領主邸のベッドから出る。
そして無駄に可愛らしい、与えられた寝間着の服を整え部屋の扉の前に立ち、一息吸う。
「おはよ、黒兄!」
そして私は扉を開け、大切な兄に元気よく挨拶をした。
その時の私は自然と笑顔になれたと思う。
備考:前世クロの友人・仕事仲間達
・友人兼社長兼デザイナー
男。放浪癖があり締め切り前でもよくどっか行く。デザイナーとしての腕は一流。会社は自由が社風である。
・仲の良い同僚デザイナー
女。主に女性用下着をデザイン。若い男の香りを嗅ぐと創作意欲が湧く変態。偶に夕食を作る代わりにクロの香りを嗅ぎたいと言って部屋に来ていた。それ以上の進展は無し。
・悪友でもあるデザイナー
女。主に男性用衣装をデザイン。夫を全裸にしてポージングをさせる事で創作意欲が湧く変態。他の男でも少しは沸くらしいので、クロも標的になりかけた。
・後輩のパタンナー
男。女装をする事で進捗が進む変態。下着から拘る上に、偶に女性用競泳水着やレオタード、童貞を〇す服なども着るので視界に入れにくい。
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