追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

月が綺麗(:紺)


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 神父様は今なんと仰ったのだろう。
 私が神父様を男として見られない? そんなはずが無い。私はずっと前から――

「どういう意味でしょうか、神父様」

 私が尋ねると、神父様は言い辛そうな、困ったような表情になる。

「さっきシアンも言っていただろう。兄として慕っていると」

 この方、私も昔から兄の様にしか思えないって本気で思っている……!?
 確かに私はずっと妹扱いで。先日の服の中に突っ込むとか、直接肌で触れるような時でもない限りは異性としては扱われる事は少ない。
 ようは今まで本気で家族いもうととして扱われてきた私だ。
 それはすなわち神父様にとっても「シアンが兄として慕ってくれている」という前提で考えていたからこその扱いで……

「そんな男に異性として見られるなんて気色悪いだろう。一つ屋根の下で住む男が……男として見ていない相手にそういった目で見られるなど、困る……いや、気色悪いんだろう」

 つまり神父様の中で私は「兄に告白された妹」であり、異性として好きでもない相手に告白された事になっている訳で……神父様は基本自身の優先順位を下げるお方だから……断られたら「それなら俺は後は引こう、忘れてくれ」というタイプで……

「ええと……神父様、では何故今その事を仰ったのでしょうか……? 秘めておけばよろしかったのでは……?」
「俺は好きなシアンに嘘を吐きたくなかったんだ」

 ぐふっ、不意にダメージうれしさを喰らった。神父様が好きと仰ってくれている。とても嬉しい事だ。
 けれど……

「だから感情が新鮮な内に想いを伝えたかった。今を逃せば感情を抑え、言わずにいただろう。そうすれば嘘を抱えたまま生きていき、シアンを騙したまま過ごすのだろうと思うとな。……好きな相手にそのまま過ごす事を、俺は耐えきれなかった」
「いえ、その神父様、私はですね。神父様の事が……」
「ごめん、シアン。俺の勝手な感情でシアンに負荷をかけてしまっている。こんな事を言うのは、優しいお前を傷つけるだけだとな」
「ですから、私も神父様の事が、その、異性として、好、好……き……で、して……」
「ありがとう、シアン。お前は優しいからな。俺なんかにも気を使ってくれるだろう。……本当に、ありがとう」
「…………」

 けれど、今だって好きの気持ちが溢れて胸が苦しいのに、そう思われるのは腹が立つ。
 今までは気付かれなかったのでどうにか抑えきれたが、今は……

「ああ、もう、どうしてそうなるんですか!」
「シアン!?」

 今は、私の感情をその神父様に疑われる事が耐えきれず。
 私はこの馬車内で立ち上がり、

「ああ、もう神父様、目を瞑ってください!」
「へ――」

 そして私は神父様の服の首元を掴み――

「んっ――」
「んむっ――!?」

 そのまま、神父様の唇を奪った。
 こういう時は目を瞑るものだという知識だけは有ったので、私はそれにのっとり、触れて居る間は目を瞑っていた。神父様も目を瞑っているっているだろうか?

「ええい、これで分かって貰えましたか!」

 そして数秒か、一瞬か。よく分からない時間を経て私は唇を離し、眼を開けて神父様を見て私の行動の意味を問うた。

「えっとシアン、今のは――」
「良いですか、一度しか言わないのでよく聞いてください!」
「は、はい!」

 しかしせっかく私のファーストキスをあげるという行動で示したのに、神父様はなにが起きたか分からず動揺しているだけであった。ので、私は肺に思い切り空気を入れ、声を出すために腹に力を入れる。
 これから私の言う言葉を聞き逃されないように、大きな声で。

「私は、スノーホワイト・ナイト神父様の事を性格も外見も声もあれもこれも全てまとめて! ずっと前から異性として、とっても! 心から! 堪らなく! 大好きなんですよ文句ありますか!!」

 今まで言えなかった告白ことばを、言った。
 周囲に誰が居ようとも、誰かに聞かれても構わない。
 ただどうしても目の前にいる私の好きな相手ひとには告白ことばを伝えたいという一心で、四年近く秘めていた想いを叫んだ。

「……俺の事を、ずっと?」
「ええ、そうです! 今まで上手くいう事は出来ませんでしたが、ずっと好きでした! 言っておきますけど、嘘じゃ無いですからね。それに私は嘘や慰めでファーストキスを捧げるような女じゃないんですから!」
「ファースト、キス……」

 そう、ファーストキス。
 わざわざいう事では無いし、言ったら重いと思われるかもしれない。
 けれどこれだけは分かっていて欲しかった。
 兄としてではなく異性として。私はずっと前から神父様の事を好きであった事を。

「私は……ずっと前から……神父様を……」

 私はそこまで言うと、みっともなく涙が出てきてしまった。
 ああ、もう、情けない。こんな時に泣いてどうする。
 そもそもなんで私は泣いているのだろう。今まで伝えられなかった想いを伝えられたのだ。喜びこそすれ泣く必要はないはずだ、格好悪い。

――……今更になって不安になって来た。

 神父様は私に告白をした。そして私は神父様に告白をした。
 ならば両想いだ、なにも問題はない。
 けれど先程の勘違いぶりを見るに、もしかしたら神父様は私の事を諦めているのではないかと不安になる。私が最初兄として慕っているなんて言ってしまったからこそ、その時点でもう結ばれる事は諦めてしまい、だから先程想いだけ伝えたかったのでは……
 挙句にはこうして唇を無理矢理奪い、涙を流すような女である。幻滅されたのではないだろうか?
 神父様は私を今どう見ているだろうか?
 涙で視界が滲み、感情がぐちゃぐちゃになって、見えているはずなのになにが見えているかが分からない。

「ごめん、シアン。そんな風に思って貰えたなんて――」
「謝らないで、ください。惨めになり、ます」
「ご――そうだな、謝るのは違うか、その、俺も動揺しているみたいだ」
「動揺……何故、です?」

 私は涙で途切れ途切れで言葉を紡ぎ、神父様に尋ねる。
 動揺したと言うのは私が泣き始めてしまった事が原因だろうか。ならば早く涙を止めないと……

「その……俺もファーストキス、だったから……」
「えっと……それは、ご馳走様です?」
「お粗末様……?」

 神父様もファーストキスだったのか。
 神父様は魅力的であるし、騙されやすいし、年齢も私よりも数年多く生きているので色々と豊富であったり関係くらい持っていても不思議ではないと思っていたのだけど……そっか、私が神父様のキスを……ふふ、ふ。

「でも、もう一度だけ謝らせてくれ。ごめん」
「……なにに、対してですか?」
「俺がすっとシアンの想いに気付けなかった事に対してだ。今日気付いた俺は、既に耐えきれなかったのに、ずっとこの想いを抱えていたんだと思うと、申し訳なく思う」
「いいえ、私は想いを持っている間も楽しいものでしたから……アピールしてもまったく気付いて貰えなかったのは悲しかったですけど……」
「うぐっ、本当に申し訳ない……。ともかく次は……ありがとう、シアン」

 神父様は感謝の言葉を述べつつ、私の左手をとった。
 それは先程のように想いを伝えるために強く握るのではなく、優しく触れてくれていて……

「俺はこの想いが一方的なモノではない事に気付けた。……身勝手で、シアンを泣かせてしまうような男ではあるけれど……」

 神父様は私の手をとった方とは逆の手で、私の涙を優しく拭う。
 そして拭った事によって私の視界はぼやけが無くなり、鮮明になった視界でこちらを見ている神父様のお顔が見えた。そして、

「シアンが笑顔になるように――俺の隣で笑顔でいてくれるように歩んでいきたい。――俺もシアン・シアーズ好きだ」

 私が大好きな微笑みの表情で、私の想いに応えてくれた。

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