追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

快があるからそちらに行く(:菫)


View.ヴァイオレット


 そこに現れたのは、誰にでも明るく接し、私に無いモノを多く持っている、赤みのかかった金の長い髪に特徴的な透明に近い瞳を持つ平民の元同級生。
 何度か馴れ馴れしくするなと距離を取ろうとしたにも関わらず、アゼリア学園で殿下の件があったにも関わらず、離れていく同級生の中でも親しく接しようとしてくれ、話をしてくれたクリームヒルト。

 錬金魔法を使い、学園で着実に成長し、話だとアゼリア学園で試験の総合三位を取り戦闘面では首席トップであったと聞く。私の見た限りでは授業中は唸ってあまり身に入っていないようであったが、陰で努力をしていたのだろう。

「あはは」

 そんないつもの様に可愛らしく笑う少女、クリームヒルトが私達の前に現れた。
 普段であれば頼もしい味方であるが、聞けば彼女はシルバと一緒に捕まっていたと聞く。ならば彼女自身も言霊魔法によってなにかしらの暗示がかかっている可能性が有る。
 もしモンスターのような暗示がかかっていたら最悪だ。今私達に向かって来ているモンスターとクリームヒルトで、共に戦い合う羽目になる。
 だとしても他の暗示が分からない以上は誘導も難しい。

――いや、そのような事を考えている暇はない。

 私はクリームヒルトに向かって駆け出した。
 どのような暗示がかかっていようとも良い。
 クリームヒルトは学園に居た頃の私に対しても明るく接してくれていた大切な友である。そんな大切な存在がモンスターに襲われる可能性が有り、危機的状況だ。
 さらには手足が怪我をし、モンスターの血なのか分からないが返り血も浴びている。
 そう思うと居ても立っても居られず、理屈よりも先にクリームヒルトをモンスターから遠ざけようと身体が動い――

「あはははははははははははははは!」

 動いたのだが、その笑い声で私の足は止まってしまった。
 今までの可愛らしい笑いではなく、とても乾いた楽しそうな笑い声。彼女の何処からそのような声が出ているのかと。あるいは別の誰かがあげたのではないかと思うような声に、私だけではなく先程まで同じように救おうとしていたシアンやアプリコット、シャトルーズや暗示をかけられているはずのスカイすらも動けずにいた。

「モンスター! モンスターです! たぁくさんのモンスター! こんなにも居るなんて私はとてもツイています!」

 いつものような可愛らしい明るい声で、モンスターを見ながらクリームヒルトは楽しそうに……本当に楽しそうに笑っていた。
 普段の笑顔はぎこちないと思う時もあった。だが今の彼女の笑顔は――

「ああ、イケないですね。笑みを崩してはイケません。笑顔は女の子らしく、可愛くしないと変に思われてしまいますからね――あはは!」

 口は笑っている。上弦の月の様に笑ってはいる。
 だけど目はまるで、視界にある者を逃がさないかと言うように見開いている。綺麗な透明に近い眼は変わらず綺麗な透明なのに、まるで違う生き物の目を入れたかのような異質さが出ていた。

「戦えと言われた、倒せと言われた! けど人間は殺しては怒られるし駄目ですから、上手く戦えずにいましたし、つまらなかったです! ――ですが、あはは!」

 クリームヒルトは自身がかけられただろう暗示を声高らかかに言う。
 だが、それはまるで戦い倒す事を、殺す事と同意義のような認識を持っているかのような物言いで。

「丁度良い所に言われた事を出来る相手がいました! では、いきますね、あはは!」

 まるで久々に戦う殺す事を楽しんでいるかのように感情を出していた。

「クリーム……ヒルト?」

 私は訳も分からず、目の前に居る彼女の名を呼ぶ。
 だが彼女は振り返らない。反応しない。ただただ笑みを作って迫りくるモンスターを見据え、構えているだけだ。
 そして次の瞬間に――一歩踏み出して、モンスターの群れに飛び込んだ。

「クリームヒルト!」

 突然の光景に反応が遅れたが、シャトルーズの言う通りならばあのモンスターは死の恐怖や死に対する自己防衛が無くなり通常以上の力を出すだろう、危険な状態だ。
 状況が分からなくても、クリームヒルトだけでは危険である。さらにはクリームヒルトは武器を持っていない。魔法封じの首輪はしていないので魔法は使えるだろうが、危険には変わりあるまい。

「援護するぞ!」
「分かったよ!」
「言われずとも!」
「あ、ああ!」

 私の叫びにシアン達が呼応し、武器を手に取りモンスターを倒そうと援護を――

「――邪魔をしないでください!」

 援護をしようとして、クリームヒルトの一喝と足を地面に叩きつけた振動で、私達の動きは止まった。
 今のは震脚――!? クロ殿が一度シュバルツと戦った時に見せた、大地を揺るがす一撃をクリームヒルトが……!?

「私だけの方が、楽なんですから」

 クリームヒルトがそう言うのと、モンスターの群れが襲い掛かるのは同時であった。

『――――』

 私はこの後に、自身の足が止まってしまった事に後悔をした。
 だが、後悔したのはもう少し後の事だ。少なくとも今は……その光景に私だけでなく誰も動く事が出来ずにいたのだから。

「あはは!」

 口を大きく開いて飛びつき噛みつこうとした獣のモンスターには、手を刺すように尖らせ下に潜り込んで喉元の柔らかい部分に刺して貫通させ、一撃で仕留めた。
 貫通した獣のモンスターは腕を思い切り振る事で腕から外し、勢いよく飛んだ獣のモンスターは飛んでいる鳥型のモンスターに当たり、そのまま潰した。
 蛇型のモンスターは獣のモンスターの折った牙を首に刺し、その後胴体を両手で掴んで引き千切る。
 別の獣のモンスターが飛び掛かって来たが、避けて手の部分を掴んで飛び掛かりの勢いを利用して投げつけて壁に叩きつけ、叩きつけた次の瞬間に頭を潰す拳をぶつける。
 鳥型のモンスターが魔法を使おうとしたので、先程潰したモンスターの胴体を投げて盾にした後、ぶつかって魔法が途切れて手の届く範囲まで堕ちた所を見逃さず、首を掴んで握力で潰した。

「……あれ? もう終わっちゃった。でも終わったって事は危険なモンスターが居なくなったって事! なら良い事ですよね、あはは!」

 恐らく身体強化以外の魔法を使わず、流れるような仕草と戦いの巧さでクリームヒルトは十数体のモンスターを文字通り屠った。
 血には濡れているが、クリームヒルトの血は一切無いだろう。それほどまでに圧倒的な戦力差であった。

――誰だ?

 彼女は本当にクリームヒルトなのだろうか。
 私の知っているクリームヒルトは、明るく元気で、私に無いモノを多く持っていて。
 学園祭でも私のためにヴァーミリオン殿下に立ち向かってくれるような、誰かのために怒れるような強さと優しさがあって。
 錬金魔法を使って。理論よりも感覚で魔法を使い。身分関係なく多くの友を持ち。彼氏が欲しいと笑い。アルコールに弱くて。枯れないから生花よりドライフラワーが好きだと言っていて。

「ああ、でも次は……ええと……殺しちゃ駄目だけど、戦わないと駄目だから――」

 そんな心優しい彼女が――

「次は、君達の番ですねっ!」

 そんな彼女が綺麗な透明な瞳で私達を見た。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品