追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

愛の逃避行?


「――どういう、意味でしょうかエクル卿」

 身が危ういかもしれない。エクルの言う言葉はこの場に居た全員が警戒の念を抱かせ、エクルの方へ注視した。
 俺が問いかけるとエクルは、

「……いや、言い方が悪かったね。危ういかもしれないと言うべきか、なにかがあったかもしれないと言うべきなのか……」

 なんとも歯切れの悪い物言いで、困ったような表情をした。
 その反応に皆は複雑な感情を抱き、警戒心を少し解く。

「どういう意味だ、エクル先輩。ハッキリ言って貰わねば困る」
「うん。まずは順を追って話そうか」

 シャトルーズの問いに、エクルは説明をしだす。
 まずヴァーミリオン殿下、アッシュ、メアリーさん、エクルの四名は冒険者としての依頼をするために、時計塔の下でクリームヒルトさんとシルバを待っていた。
 だが待ち合わせの時間になっても現れず、一度ヴァーミリオン殿下とアッシュとメアリーさん心当たりを探しに行き、エクルは時計塔で待っていたそうだ。
 そして誰も見つけられず一度集合したが、いつの間にか時計塔の壁に手紙がナイフで刺さっていた。怪しく思い、それを読むと――

「なんと言うべきか……クリームヒルトくん名義の奇怪な文章が書かれていてね。それを読んでなにかあったのではないかと探しているんだよ」

 つまり危険な可能性が有るかもしれないが、内容が内容だけにどうすべきか悩んでいる……と言った感じだろうか?
 どういった文章なのかと俺らが疑問に思っていると、エクルは懐あたりをまさぐり始めた。もしかして件の手紙を持っているようである。

「まずは現物を見た方が良いね。皆で読んで見るといい。はい、スカイくん」
「あ、はい」

 エクルはスカイさんに手紙を渡し、スカイさんは受け取った紙を見て一瞬疑問顔をすると手紙を食事の机の開いた場所に置き、皆に見せるように置いた。

「ええと、読みにくいかもしれないので私が読み……読み、ますね」

 俺達はその手紙を覗き込むように見て、スカイさんが見え難い所に居る人の為に読み始めた。なんだか躊躇っているように見えるのは気のせいだろうか?

「“皆さん、私は真実の愛に気付きました”」

 なんかいきなり凄い言葉が来たぞ。

「 “それはシルバ・セイフライドくんとの愛です。
  同じ平民同士、特に憚れる事ない愛ですが、シルバくんには大切な女性が私以外に居る事は分かっています。
  しかし私はこの感情を抑えきれない。
  そう、真実の愛は抑えられないのです。
  私はシルバくんにこの想いを告白しました。
  シルバくんはメアリーちゃんへの気持ちにも愛はあると言い、葛藤しながらも、私の想いに応えてくれました。
  しかしシルバくんはこのままメアリーちゃんと会えば決心した言葉に不純が混ざると言うのです。
  そのため、私達はこの手紙を残して愛の逃避行をしたいと思います。
  今までありがとう、皆。
  私は遠くに居ても幸せになります。
  クリームヒルトより“」
『…………』

 読み終わって、妙な無言の間が訪れる。
 しばらく経つと、エクルが手紙を回収して俺に聞いて来る。

「どう思われますか?」
『怪し過ぎます

 満場一致で怪しさ満点であった。
 クリームヒルトさんが実は乙女的な趣味なら可能性はあるが、明らかに色々と混じっている。いやまぁあの乙女ゲームカサス主人公ヒロインだから可能性は――ないな。

「むしろ“シルバ君に惚れた! だから奪う! 止めて欲しくばかかってこい!”くらいの方がらしさがあるような……」
「クロ様、それは言い過ぎではないでしょうか?」

 俺はついクリームヒルトさんを知らなければ、女性に対して失礼な事を呟くとバーントさんが疑問と共に失礼の無い程度の諫めるような物言いをする。恐らくバレンタイン家などでヴァイオレットさんに言っていたような物言いなのだろう。

「バーントさん。皆さんを見て下さい」
「はい? ……皆さんが有り得そうと言うような表情ですね」
「でしょう?」

 しかしバーントさんは、俺の言うクリームヒルトの言葉の方が真実味があるかの様な表情をしていた皆の反応を見て、複雑そうに納得していた。

「ともかく、こんな手紙を残して去られたんだ。なにがあるかと思うのはおかしくは無いだろう?」
「そうですね……」

 内容はともかく、こんな怪しい手紙がある上に集合の時間になっても未だ来ていないとなれば不安にもなる。
 悪戯な可能性もあるが、身の危険という可能性もある。微妙なラインであるが……

「エクル卿、私も探すのを手伝います」
「良いのかい?」
「俺と妻の友達がなにかあったかもしれませんからね。このままじゃ気になって眠れないですし、手伝わせてください」
「私も手伝おう。なにかあってからでは遅いからな。スカイも……どうした?」
「いえ、ちょっとした心にダメージを受けまして……はい、私も手伝います」
「エクル様。私達兄妹もお手伝いいたします」
「ん……そうだね、手伝って貰おうかな」

 エクルは少し悩んだ後、俺達の申出を受け入れた。
 エクル自身も複雑な所ではあるが、なにかあったかもしれないし探す人数が多い方が良いからだろう。
 あとなんでスカイさんはダメージを受けているんだろう。手紙を読んだから……というのもあるだろうけど、違う所でダメージを受けている気がする。

「じゃ、俺は会計してくるんで先に出ていてください」
「あ、今お金を――」
「今回誘ったのは俺ですし、驕りますよ。学生や妻の元従者に払わせるわけにもいきませんから、気にしないでください。子爵になった記念という事で」
「その場合奢るのはお祝いをする私達では……?」
「気にしないでください。じゃあ先に準備をして待っていて頂ければ。早めに動いた方が良いですし、すぐに行きますので」

 俺はそう言うと、色々と感謝の言葉を言われたりしながら、伝票を手にして会計の場所である会計らしき方が居るカウンターへと向かっていく。
 会計の方は伝票を渡すと営業の笑顔になり、食べた全員分の値段を言ったので俺はそのお金を出した。
 前世でもこの世界でも同じような送り出す感謝の言葉を受け、俺は宿屋兼食事処を出て皆を探すと……エクルだけ宿屋の前で待っていた。他の皆はどうしたのだろうか。

「他の皆さんは?」
「ここの部屋に荷物を置いたり持ってきたりしてから来るそうだ。キミは必要ないのかな?」
「大丈夫です」

 となればすぐに集まって来るか。
 俺は別に必要なモノがこれといってある訳でも無いので、ここで待つとしよう。

「クロ男爵……いや、クロ子爵なのかな? 少し聞きたいんだが良いだろうか?」
「構いませんが」

 そう思っていると、エクルが俺に話しかけて来た。

「今回キミはすぐに私達の手伝いを申し出てくれたね。それはキミが優しいのだからだろうけど、何故そこまで慌てているんだ?」

 慌てているように思われたのか。
 そういえば“早く”とか“すぐに”という言葉を使っていたな。無意識の内に慌て、そう思われたのかもしれない。だけど事実慌てているのは確かだ。

「そう仰られても、大切な友が危険とあらば慌てるのは当然でしょう」
「うん、そうなんだけど……」
「どうかされたんでしょうか?」

 俺の答えに、エクルはなにか引っかかるような物言いで言葉をつまらせる。
 時間が無いかもしれないので早めに行動したいのだが、重要な件であり、引っ掛かりを覚えられたまま行動に不備や不信を持たれても困るので問い返す。
 するとエクルはどう言って良いか分からない様に、言葉を続けた。

「……以前、とある予言書を読んだ事があってね。東の国にあるような字体ではあるけど、違うような文章で書かれたモノだ」

 予言書? 予言書というと……アプリコットが言っていた――

「うちの……娘から聞いたのですが転生者云々、というやつでしょうか」
「娘? ……ああ、アプリコットくんか。知っているのなら話は早いかな」
「……もしや俺が王国に与える試練に関わっていているとでも? それで今回の騒動も……」

 だから今回の騒動も原因で無いにしても、関わっていて「お前が居なければ事件を起こらなかった!」的な思考になっているのだろうか。
 だとすればお門違いなので否定しないといけないが……

「ああ、私は別にキミが原因とは思っていないよ。キミが転生者でも今回の事に対する原因だとも思っていない。そこは安心して良い」
「そうなのですか?」
「そもそも転生者、というのが居るかどうかも怪しいからね」

 と、危ない。
 エクルは別に俺を転生者と疑っているという訳でも無いのか。アプリコットの件があったから俺が疑われているという前提で反応してしまった。

「だけど、キミの近くで色々と騒動が起きているのも事実だからね。なにか心当たりがあるのかな、って」
「俺もそれを知りたくて色々しているもので……」
「そうかい? っと、イケない。そろそろ戻って来るだろうし、この件は後にしようか」
「そうですね――ん?」

 とりあえず疑問早急に解決できるモノでも無いので一旦保留し、探しに行こうとすると――近くに先程までなかった紙があった。
 宿屋の壁に画鋲のようなもので刺さっているように見える。

――……なんだろうこれは。さっきまで無かったような?

 疑問に思いつつも、変に見る訳にもいかないのだが、中身を見なければならない気がし、その紙を手にする。エクルは俺の行動に疑問顔だったが、手紙の存在に気付くと少々真剣身を帯びた表情へと変わった。そして俺は手紙を手にし。中を見ると……

“『指定の場所に、貴方の大切な存在を隠しました』”

 と、日本語で書かれていた。
 そして続いて、

“『早くしないと、食べられちゃいますよ』”

 嘲笑うかのように、そんな言葉が書かれていた。

 ――ああ、もう。またか。巫山戯るな。

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