追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
一応ラインは守っている、はず
「……疲れた。眠りたい」
昨日から、なんと言うか疲れることが多い気がする。
ルーシュ殿下とスカーレット殿下と馬車で数時間。着いたらカサスでのメインキャラ+メアリーさんに遭遇し、その後全員で食事をして、俺の音と香りが好きという物好き兄妹に会い、その後も酔ったスカーレット殿下の面倒を見たり、メアリーさん達と同じ宿に泊まるので一悶着あったり……昨日だけでも濃い一日だったというのに。
今日は朝から逃げ出そうとしたので捕獲したスカーレット殿下と、ロボによろしくと伝えて欲しいと言っていたルーシュ殿下を見送っただけでも少し疲れて。
そして元々の用事である、領主兼ハートフィールド男爵としての呼び出しの場所に行くと、シッコク兄とバーントさんとアンバーさん、そして複数名の身なりの良い方々が居たのだが……
『おめでとうございます。シッコク・ハートフィールド様、およびクロ・ハートフィールド様はこの度、子爵家としての昇進を認められましたよ』
『マジかよ』
などと、思わず素の言葉が出てしまう出来事が起きた。
なんでもシッコク兄と俺(?)の功績により俺もシッコク兄も独立した貴族になったらしい。俺の方は元々曖昧だったのを正式になった、という感じではあるのだが。
――ああ、本当に子爵家になるとはな……
十六で男爵になり、二十歳で子爵になった。なんというスピード出世。
大型竜種みたいなA級モンスターを倒して功績を残して英雄となった訳でも無いのに、王子を殴った男がこんな昇進をしたら、後世に殴ろうとして来る奴らが出るかもしれんぞ王国よ。
「お疲れ様ですクロ様。よろしければ温かいタオルをどうぞ。顔に当てればスッキリするかもしれませんよ?」
「お疲れ様ですクロ様。よろしければ軽い会話をしますか? 黙って居るよりは声を吐き出した方が楽かもしれませんよ?」
「お気遣いありがとうございます。ですがなんだか邪まな思惑がある気がするのは気のせいでしょうか」
『…………』
「黙らないでください」
そして子爵家諸々の事が終わり、今は宿屋一階の食事処ででバーントさんとアンバーさんと一緒に珈琲を飲みながら休憩をしている。正直この二人が居ると違う意味で休まらないのだが……まぁ独りで居るよりは良いか。
「……お恥ずかしい話が、私達も疲れておりまして」
「少しでもクロ様の近くに居たいのですが……良いでしょうか」
「……俺の声と香りで体力を回復をしようとしているんですか?」
『はい』
「声を揃えないでください」
いや、独りのほうが良い気がして来た。
この兄妹は何処に向かっているのだろう。ついに性癖で体力回復を果たそうとしているぞ。RPGでいたらゾンビ並みに生き残りそうだ。
「……はぁ、ヴァイオレットさんやグレイに癒されたい……」
俺はついそんな事を呟いてしまう。
早く愛しの家族の元へと帰りたい。癒されたい。そんなに空いていないとは言え、あの声とヴァイオレットさんの甘い香りとグレイの石鹸の香りが懐かしく感じる。
……あれ、これってこの兄妹と同じ思考じゃないか?
「グレイ君と言えば、アプリコットちゃんとの間は進展したんですか?」
俺の呟きに対し、アンバーさんがススス……と近づきながら聞いて来た。もう離れる方が面倒なので、動かないでおこう。
「アプリコットがグレイを意識し始めましたよ」
「え、本当ですか。なにかキッカケが?」
「俺もよく分からないですが、急に意識するようになったんですよね。シアンが意識させたっぽいですが……グレイが意識していないので、進展は微妙ですね」
「グレイ君は元々好いていますし、時間の問題かもしれませんね」
「はは、そうであると良いんですが。アプリコットは良い子ですからね」
グレイもアプリコットは好きなのは確かだが、まだ異性としての好きは分かっていない状態だ。
学園入学というキッカケでなにか進展があれば良いのだが……
「まだまだ子供ですからね。自身の気持ち気付くのはまだ先かもしれません」
「そうですね。今のグレイ君が意識したらどうなるのでしょう」
「案外ストレートに思いを伝えるかもしれませんよ?」
「ありそうですね。“私めはアプリコット様をお慕いしています!”と言った感じに堂々と言いそうです」
「それだとアプリコットが顔を真っ赤にしそうです」
「ふふ、そうですね」
確かにグレイが意識したらアンバーさんの言うように堂々と伝えそうだな。その時は親心と野次馬根性で見てみたい気持ちもあるにある。
……まぁグレイが意識するのはもう少し先だろうな。
俺達がしゃしゃり出るのも違う気がするし(場合によっては必要だろうけど)、例え直接言っても気付く事はなさそうだ。明後日の方向に勘違いしそうである。
「しかしシアン様が意識させた……ですか。シアン様と言えば、スノーホワイト神父様を好いていますよね?」
「……まぁ、バレバレですよね。そうです」
バーントさんは俺の声をよく聞くためなのか分からないが、俺に近付いて聞いて来た。
……バーントさんの方を少し見て話す事にするか。その方が声も聞こえやすいだろう。
「お二人は今どうなのでしょうか?」
「驚くほどに進展が無いです。……いや、一応ここに来る前に一騒動はあったんですが……」
「あったのですが?」
「神父様が超鈍感ですからね。まったく気付いていないんです」
「超鈍感……ですか」
「ええ、シアンが過去に好きだと言った事があるんですが、“ああ、俺も家族として大好きだ!”と返すくらいには。それに一度偶然、お風呂に入る前の着替えが遅れてシアンがほぼ裸でバッタリ、とかしても“ああ、ごめん。着替え置いておくよ”と言ってスルーするくらいには完全に妹としてしか見ていないんです」
「それは手強いですね……」
うん、とても手強い。シアンが上手く話せていないとは言え、シアンが可哀想になるくらいにはすれ違いが起きている。
まぁすれ違いが起きても嬉しそうにするシアンも悪いのだが。さっきの好き云々も「神父様が家族って言ってくれた……!」とにやける位には進まないし、風呂も恥ずかしがった後「ごめんと言うという事は、異性としては見ているんだ!」と訳の分からない事を言ったり。
ともかく鈍感は有ってもシアンも悪い。
「ですから、あちらはまだまだかかりそうですね」
「神父様が意識すれば早そうですがね」
「はは、そうなるのはグレイよりは先になりそうです」
神父様がシアンを意識している所は見てみたいが、どれだけ先になるのやら。
まずはシアンがきちんと伝えないと駄目だろう。第三者が言っても噂だと思って本気では信じなさそうだ。もし第三者が気付かせたら表彰ものである。まぁ居ないだろうけど!
「……随分と色恋に花を咲かせているのだな、クロ。お前はそういった方面への興味は少ないと思っていたが」
俺が内心シキの鈍感二巨頭を思っていると、ふと声をかけられた。
声の持ち主は男性で、低めの声。
近付いて来る足音は規則じみており、一歩一歩が警戒を怠らないまるで場慣れした冒険者かのような足取り。
俺が声をした方を向くと、そこに居たのは先ほどの子爵家一件の後、まだ用事がある俺に対して、俺よりも先に帰っていたはずの男。
「……先程ぶりですね。相変わらずご壮健そうで。先程は挨拶もせぬまま爵位の件が始まったので改めてになりますが――お久しぶりです、シッコクお兄様」
「……ああ、久しぶりだな」
俺としては攻略対象や変態達よりも苦手な相手、シッコク兄がそこには居た。
「……お声はクロ様の方が……」
「……香りはクロ様の方が……」
……いや、この兄妹よりはマシかもしれない。
シッコク兄に聞こえないように言っているのは良いけど、俺には聞こえてますよこの兄妹め。
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