追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ちょっとした暴走(ポンコツ)です(:灰)


View.グレイ


「いいか、迎えに来たと言った後に少しは話すんだぞ?」
「う、うむ」
「私は大丈夫。大丈夫……神父様に普通に接すれば今までの様になる……まずは昨日の事をリセットしなくちゃ……」
「大丈夫なんだろうな? また緊張で上手くいかないなんて事が無いようにな」
「くっ、ヴァイオレットさん、クロさんが居ないからといって余裕ぶりおって……!」
「ああ、安全圏だからな。……では入るぞ」

 教会の外でなにやら女性の声が聞こえて来た。詳細は聞こえないが、普段聞きなれている声な気がする。
 複数の声なので複数名なはずだ。複数名なので複数名なのだが、誰が誰なのだろうか。
 いや、教会に来たのだからシアン様の可能性が高い。シアン様の場合来たのではなく帰って来たになるのだろうか。帰って来たのならば他にも一緒に帰って来た御方が居るという事だ。神父様は複数の女性と住んでいたのか。いや、そんなはずは無い事も無い。
 ……なにがなんだか分からないが、今の私は思考が纏まっていない状況だという事は分かる。

「ただいま帰りました神父ザッ!? ――きゃだ……」
「弟子よ、ここに居るのだろうか師匠がっニッ!? ――舌、痛い……」
「……グレイー。帰りが遅いようだがまだここに居るのか?」

 扉が開かれ、声がハッキリする。
 どうやらヴァイオレット様達のようだ。相変わらず仲が良いようであり、私を心配して迎えに来た様な言葉を掛ける。
 ならば私はそれに応じるために応じなければならない。

「お母様、申し訳ありません。話し込んでいて遅くなりました」
「ああ、やはり居たのか――お母様?」

 む、私は今なにを言ったのだろう。
 お母様は不思議がっているが、私は変な事を言ったのだろうか。

「お師匠様もご心配をおかけしたようで。女性同士のお話は終わったのでしょうか?」
「う、うむ。その件に関しては――お師匠様?」

 むむ、私は今なにを言ったのだろう。
 お師匠様は不思議がっているが、私は変な事を言ったのだろうか。
 確かお母様とお師匠様はシアン様の慰めとやらで、エメラルド様を含む女性同士の会話を為されていたはずだが。

「シアン、お帰り。………………」
「どうされましたか、神父様?」
「…………」
「あ、あの、神父様?」

 そして当のシアン様は狼狽えていた。
 理由は神父様がシアン様に帰宅を歓迎する挨拶を言うと、何故かシアン様をジッと見ているからである。顔を見た後、上から下まで見て、再び顔を見る。
 シアン様はその様子に自信の服装になにか不備があるのではないかと、着ている修道服を見たり髪を整えたりしている。

「シアン」
「は、はい?」

 そして神父様はジッとシアン様を見つめると、

「シアン。その太腿のスリットは良くない。女の子があまり肌を晒すもんじゃない」
「えっ」

 今までなんだかんだでスルーされていた事を注意した。
 ……思い返せば学園祭に居られていたシスターはあのようなスリットは無かったはずだ。私は他のシスターの方をあまり見た事ないので分からないけれど、シアン様の服装は珍しかったはずである。それを今更ながらに注意している。

「昔はシアンも俺を信用していなかったから攻撃的であって、頑なに服装は変えずにいて、今は個性として思ってはいるが……」
「あの、神父様。私の昔を思い出さないでください……」

 シアン様の服装に関しては、神父様はシアン様がシキに来た頃に注意はしていたが、シキに来た頃のシアン様はやさぐれており言う事を聞かずにそのままの服を貫き通した。
 私はあまり奴隷時代の精神が回復していなかったので、語気の強い方に触れ合うのを覚えてはいないが、 「んだとテメェ、神父様だからって私の個性を消すつもりかアアン!?」と仰っていたはずだ。
 その当時のシアン様はクロ様曰く「若気の至りのようなもの」らしく、シアン様にその事を言うと何故か顔を赤くするのだが。

「神父様。お言葉ですが私は皆を守りたいと願っています。そのためには力も必要となります。私の得意分野である肉体戦は通常の修道服では十全に発揮される事無く、足枷となりますので、この服装スリットは必要なのです」
「あ、ああ……そうだったな、すまない……俺も慌てていたようだ……」

 シアン様は一度顔を赤くしたが、すぐにいつもの表情になる。
 普段であれば神父様に対しては上手く話せていないシアン様であるが、今回は毅然と立ち向かっている。
 己の服装に誇りを持つ……私も見習いたいものである。

「……何故シアンは服装の事だと一歩も引かないんだ……」

 けれどお母様は複雑そうな反応をしていた。何故だろう。

「慌てていた……とは、なにかあったのですか?」
「ええとだな……どう言ったら良いものか」

 シアン様の質問に、神父様は困り顔になっている。
 そうだ、大人な男性は困っている時に助け舟を出すものだ。クロ様だっていつも誰かを助けている。神父様が困っている今こそフォローを入れるべきである。

「シアン様! 神父様は不安なのです。大人な女性であるシアン様の大事にすべきお身体が危険に晒されないようにです!」
「私の身体を?」
「はい、特にシアン様の豊かなお胸を心配なさっているのです! 神父様は豊かなお胸が好きですから!」
『!?』

 私の発言に、女性の皆様が驚愕した。
 神父様は……私の発言が届いていないのか、まだなにかを考えているご様子である。

「し、神父様が私の身体に興味を!? ――やった!」
「喜ぶのかシアン!?」
「イオちゃんだってクロに興味を持たれたら嬉しくないの!?」
「――確かに!」
「両者共落ち着くのだ!?」

 良かった。とにかくシアン様は喜び、お母様も納得なされている。
 しかしお師匠様だけは納得していない様子である。なにを納得していないかは分からないので、私はこれ以上説得は出来ないが……

「で、弟子よ。恐らくなにか勘違いがあるのだろう。なにがあったのか言ってみるが良いぞ?」

 お師匠様が私に詰め寄って来て、私が勘違いしているのではないかと聞いて来る。
 そう、詰め寄って来て肩に手を置かれ、お綺麗な黒い髪と杏色の瞳が私を見て――

「――――」
「弟子?」
「――――」
「で、弟子よ!? 虚ろな瞳になっているが大丈夫か!?」
「――はっ!? 大丈夫ですお師匠様。神父様は豊かなお胸が好きですから!」
「それは先程聞いたぞ!」

 いけない。何故か綺麗なお顔を近付けられて、寒いはずなのに妙に暑くなって不整脈が悪化してしまった。
 心配かけさせないためにも健康であるとアピールしなくては!

「私はお師匠様の豊かなお胸も好きですよ!」
「!? い、いや。我は豊かではないのだが……というか邪魔であるから豊かな胸とか要らぬし……」
「豊かなのは良い事なのですよね? 素晴らしきお身体を誇っているお師匠様なら豊かになるのでは?」
「……うむ、意味を分かっていない事は分かった。あと何故我をお師匠様と呼ぶ? その呼ばれ方も構わんが……いつもの様に名前で呼んではくれぬのか?」

 ? お師匠様はお師匠様であるからお師匠様と呼んでいるだけであるのに、なにが駄目なのだろうか。……いや、確か別の呼び方で呼んでいたような……確かアプリ――

「くっ、不整脈が……!」
「弟子!?」

 なにかを思い出そうとすると、再び不整脈に襲われた。
 このままではいけない。心配を掛けさせぬ為にも、お医者様……アイボリー様の所に行かなくては!

「失礼いたしますお師匠様!」
「弟子、待て! 何処に行く気だ!」
「――――」

 お師匠様が肩に置いている手をはらって一目散にアイボリー様の所に行こうとすると、お師匠様が私の手を握られて行かせまいと止める。
 私より年上ではあるが、お師匠様の小さく柔らかな白い手を――

「急に走ると危ないぞ弟子よ。まずは落ち着いて行動すべきであってだな」
「…………」
「聞いているのか、弟子? ……弟子?」
「幸せに、致しますからね……!」
「な、なんの話だ……!?」

 いけない。お師匠様の綺麗な手を握って色々と話が前後した。
 落ち着け、私。今までもお師匠様の肌は触って来たではないか。髪も手入れをした事があるし、温泉が男女別になる前も――いけない。何故かは分からないがそれを思い出してはいけない。私の数少ない危険信号が危険だと警報している……!

「あの、神父様。大丈夫ですか? お加減が悪いならば、今夜は安静になさってください。私が看病しますから……」
「そ、そうだな。少し体調が悪いかもしれない。お言葉に甘えて休ませてもらおうかな」
「はい。お大事になさってください。上手く歩けないようでしたら、私が補助しますが……」

 落ち着こう。確かこういう時は……なにか別の事を考えて落ち着くと聞いた。
 メアリー様曰く「素数を数えるんですよ」であったか。…………素数とはなんだったか。教わったはずなのに、急に思い出せない。

「大丈夫――おっと」
「ああ、もう。急に立つから……大丈夫ですか?」
「ありがとう。立ち眩みをしたよう――」
「ほら、私の身体を支えにして下さいね? 神父様は背がお高いので、肩辺りが丁度良いですよ」
「あ、ああ。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」

 別の事を思い出そう。例えば過去。奴隷時代……はあまり思い出したくないので、クロ様と出会った後の頃やお師匠様とお会いになった頃など……
 初めてお会いしたお師匠様は、実の両親に売られて奴隷であったが、私と違って自分を見失わずに強さを持っていた。あの頃のお師匠様は今より幼い印象があったが、格好良くて……駄目だ。また落ち着かなくなって来た。別の事を考えよう。

「…………」
「神父様、どうかなさいましたか?」
「なんでもない。その、近くて、か、かお……」
「かお……? あ、もしかして変な香り……においがしますか? まだお風呂に入って無いものですから……」
「そんな事はない……大丈夫だ……!」
「そ、そうですか?」
「妹……そう、妹なんだ……五歳年下の妹……妹をそんな……だがクロは四歳下の――よし」
「し、神父様?」
「シアン、俺は神父として未熟なようだ。一度初心を思い出すために禊をして来る。すまないが晩御飯は何処かで食べてくれ」
「え、神父様。こんな冬場に禊をしたら大変ですよ!?」
「なに、俺も昔はやったものだ。今更軟弱な事は言ってられん!」
「軟弱とかじゃ無いです!」

 禊……確か水を被って心身ともに清める事であったはずだ。
 うん……良いのではないだろうか?

「神父様、私もその禊に参加いたします!」
「弟子?」
「おお、そうかグレイ! 丁度良い機会だから一緒にやるぞ!」
「神父様?」

 そうと決まれば話は早い。
 名残惜しいがお師匠様から手を放し、神父様とパチン! と音を立てる程勢いよく手を合わせ握り合う。
 そう、今の私達に必要なのは頭を冷やす事である!

「それでは、行ってまいります!」
「行って来るぞ、シアン!」
「弟子!?」
「神父様!?」

 私達はそのまま禊の場所(知らないので神父様に付いて行くだけ)に向かおうと、教会の扉を開けようとして――

『行かせない!』

 シアン様に先回りされ、扉を封じられた。後ろにはお師匠様が居て後ろにも行けない。
 くっ、流石はお師匠様達である、行動がお早い。
 けれども私達には禊が必要だ。どうにかして突破しなくては……!

――無理でした。

 私達は急な行動に対して、お師匠様達……主にシアン様から説教を受けた。
 まずは落ち着いて行動するようにという、もっともな事を言われた。
 ……確かに私もよく分からぬまま行動していた。シアン様の仰る通り、反省しなければならないと、私は心に刻んだ夜であった。



「……ブラウン。グレイと神父様になにがあったか知らないか?」
「んー……僕が質問したら、あんな風になっちゃった」
「質問?」
「うん。しばらく考え込んで、多分だけどお兄ちゃん達は……」
「グレイ達が?」
「……ぐぅ」
「おい、寝るな」
「むにゃ……ヴァイオレットお姉ちゃんも昔あんなだったよね……今もだけど……むにゃ……」
「本当は起きていないか?」
「ぐぅ……」
「……完全に寝ている……本当に寝言か……」

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