追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

噂と露骨な話題逸らし(:菫)


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「……お前ら、そんなに男が欲しいのか?」

 私が息子の女性趣味を変えようとしているアプリコットを止めていると、エメラルドが冷めてしまった紅茶を啜りながら聞いて来た。
 何気なくは聞いているが、心から思って聞いているように思える。

「男なら誰でも良いという訳じゃないけど、欲しいと言えば欲しいよ。好きな相手と一緒に幸せになりたい」
「……我の場合もそうなるのだろうか? いや、男として弟子を意識した訳ではなく、一緒に居たいと思う相手が弟子で男なだけで……言い訳であるな、これは」
「クロ殿が欲しい」
『知ってる』

 エメラルドの質問に私なりに素直に答えたらハモられた。そうか、知っているのは知っている。だが言いたかったのである。

「そう言うエメラルドはどうなのだ? 良いなと思った異性などは居ないのか? 例えば……アイボリーさんやオーキッドさんやカーキーさんなど」
「何故そいつらを選んだ」
「妻帯者以外で良い男の部類ではあるだろう?」
「まぁ、そうだが……ともかく、私は良く分からんよ。異性を好きになると言うのがな。だからお前達の恋愛を見ていると、置いて行かれているような感覚がある」

 紅茶を飲み干し、一息吐くとエメラルドは少し遠い目をして呟く。
 ……確かにエメラルドはこの手の話題では大抵傍観者だからな。十三歳という若さなので、まだまだ出会いはあるだろうがあまり興味はなさそうだ。その暇があれば毒草を手にして万能薬を作ろうとする方が楽しいと思うタイプだ。

「シキは若い者は居ても、私事に執心しているものばかりであるからな……エメラルドも学園に行けばいいのではないか? 出会いはあるかもしれんぞ」
「学園に行っても毒草の勉強できるか分からんし、毒を摂取する時間も減ってしまうからな」
「本来毒は摂取するものじゃないんだがな」
『…………』
「何故全員目を逸らす」

 私が思った事を言うと、全員が目を逸らした。
 なんだか全員が「そういえばそうだ」のような表情で目を逸らしたのは気のせいか。

「細かい事はともかくだな」
「細かくは無い」
「ともかく、だな。学園に男を求めて行くと言うのもな。学園生にしか行けないという秘蔵の書がある図書館には興味はあるが」
「秘蔵の書?」
「ん?」

 エメラルドが言った言葉に、私はつい疑問で聞き返してしまう。
 シアンは「そんなのあるんだ」と言うような表情で、アプリコットはそそられる言葉を聞いたかのように興味深そうであったが……秘蔵の図書館とはなんだろうか。

「学園にはあると聞いたのだが? 学園生にしか入れない図書館の中に、成績優秀者だけが読めるという書があると」
「いや、聞いた事が無いな……誰に聞いたんだ?」

 学園生にしか入れない図書館はあるが、そのような書は聞いた事が無い。私が噂に疎く、成績優秀者でないと言われればそれまでであるが。

「ええと……ギ……ス……メリー・スッタモンダ? だったか、金髪赤眼の女だ」
「メアリー・スーさんだな」

 相変わらず名前を覚えるのが苦手なようだが、ギやッタモンダは何処から出て来たのだろう。
 ともかくメアリーが言ったとはなんだろうか。
 私がどういう事か聞いて見ると、エメラルドは思い出すように答える。

「図書館の奥に開かぬ扉があって、中に生徒会役員など認められた者だけが読める書があると聞いたのだが」
「……聞いた事が無いな。だが私は四ヶ月程度しか学園に居なかったから、その後に流れた噂ならば可能性はあるな」
「え、あるの? メアリーちゃん割とコットちゃんっぽい所あるし、それ系じゃないの?」
「シアンさん、それはどういう意味だ」
「確かにメアリーは見ているとアプリコットっぽい所はあるから、それ系の可能性もあるが」
「ヴァイオレットさんまで!?」

 メアリーは冷静になって見ていると、魔法のセンスや盛り上がり方がアプリコットじみた所はある。偶にクロ殿とその方面で意気投合しているので、少し羨ましくあるのだが――と、今はそれじゃない。

「アゼリア学園は歴史と謎があるからな。闘技場の地下に大型竜種ドラゴンが眠っている。生徒会しか入れない資料室に王国の禁断の書が眠っている。認められた者が想い合う相手と一緒に引く事で抜ける聖剣がある……などの噂があるな」
「最後はメルヘンチックだね」
「だからその一つかもしれん。メアリーは新年に会った時に生徒会役員になると聞いたから、入る時に聞いた話題……あるいは事実その書を学園長先生に聞いたかもしれない」
「へぇ、そうなんだ」

 あくまでも噂ではあるので、あまり興味は無かったのだが。とはいえ中には噂が事実な時もあるので、内容だけ知ってはいた。どれも眉唾としか思ってないのだが。

――そういえばクロ殿はこの手の話題に敏感だったような……

 クロ殿はこういった空想上の話だと思われる内容に、偶に妙な反応を示す時がある。そして当たらずとも遠からずな曖昧な答えを返す時がある。
 思い返せばメアリーもそういった所があるような……?

「……もしや、な」

 私が少し疑問を抱いていると、アプリコットがなにか思い当たる節があるように呟いていた。恐らくは意味ありげな言葉を呟いてみたかったのだとは思う。

「ま、それはともかくだ。学園には興味深いが入ったとしても再来年だな。というかアプリコットとグレイの後輩というのが気に入らん」
「気に入らんと言われてもな。まぁ気が向いたら入るのも考えると良い。その頃に我は生きる伝説となっているだろうから、同郷とあれば注目を集めるであろう!」
「成程、恥の伝説か」
「貴様、喧嘩売っているのか」

 アプリコットが杖を向け、エメラルドは手をあげ降参しているかのような態度を取る。
 エメラルドは相変わらず口が良くないが……これもアプリコットと仲が良いからなのだろうな。

「ともかく、異性を好きになるって言うのは悪くないよー。苦しい時もあるけど、それ以上に喜びがあるって感じだね」
「ふむ……私が新しい毒の痺れを感じるようなものか」

 それと一緒にされるのは……確かにエメラルドが毒の痺れを楽しんでいる時は恍惚の表情を――やめよう、複雑な気分になる。

「それにエメちゃんを好きになる男の子が急に現れるかもしれないよ。ルシくんとローちゃんみたいに“一目惚れだ!”って感じにね」
「さてな。私はこのようにボロボロな体であるし、お前らの様にたわわな肉も付いていない。興味を持つ男はいるまいよ。加虐趣味か人形趣味なら分からんがな」

 たわわとはなんだろうか。
 その単語が出た時に何故か全員が私を見たが、私がたわわなのだろうか? クロ殿が帰ってきたら聞いてみよう。
 それは覚えておくとして、今はエメラルドだ。

「あまり卑下するな。エメラルドはそういう態度をしなければ相手も見つかるだろう」
「この態度が私であるからな……有りのままを受け入れて欲しいとは言わんが、媚びたら私ではないような気もするのだがな」
「成程、つまりエメちゃんは有りのままを受け入れてくれる女なら良い、と」
「何故そうなる。ははっ、だが良いかもしれないな。女同士では子供は出来んが、家庭は築ける。私を受け入れてくれる女が居れば付き合うかもしれんぞ?」
『…………』
「おい、何故そこで全員が目を逸らす。……お前ら、私をそういう目で見ているのか? ははっ、そんな訳ないよな」
『……頑張って』
「待て、なんだその励ましの言葉は」
「あ、そうだ。心を掴むのならば胃袋から、って言うし、コットちゃん料理教えて貰える?」
「む、それは良いな。私ももっと上達したいから教えて貰えるか?」
「構わぬぞ。我が料理デメテルを伝授しよう。……だが、神父様を超えるのは厳しいのでは?」
「うっ……言わないで……」
「何故露骨に話題を逸らすんだ!?」
「グレイはなにをやっているだろうなー」
「弟子はブラウンと神父様の所に行っていたなー」
「そういえばレイちゃんも結構神父様を頼りにしているよねー」
「おい、私の方を見ろ! おい!」

 スカーレット殿下が想っている相手の事は、この中ではエメラルド以外が共通の認識である。下手に言えないので話す事は出来ないが。……ここまで露骨だと感づくかもしれないがな。
 そしてエメラルドが慌てる中、私達は件の恋愛対象の男性達を思うのであった。

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