追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ジレンマ(:菫)


View.ヴァイオレット


「唇か……奪った所で我はなにも起こらなさそうだな……」

 シアンが無理に神父様の唇を奪おうとしていたので止めていると、アプリコットが山茶水仙花サザンスイセンカを触れながら小さく呟いた。

「どういう意味、コットちゃん?」

 呟きを聞いてシアンは疑問を浮かべ、神父様の所に歩みを進めようとするのを止めて問うていた。……こう言っては良くないが、私ではどうしてもシアンの力には勝てないので、アプリコットの呟きで止まってくれて良かった。
 それはともかく、アプリコットの呟きはどういう意味だろうか。

「弟子は純粋というか騙されやすいと言うべきか……多分我が“くっ、今すぐキスをしないと魔力が暴走してしまう……!”的な事を言えばあちらからしそうというか……深く意味を分かっていない感があるではないか」

 流石にそこまではしないだろう……と思うが、否定もしきれない。
 というより実際にグレイは「なんですって、私めでよければ今すぐやります!」と言いそうなのが想像出来る。出来はするが……誰にでも、という事は無いだろう。

「だが、それはアプリコットに対してならするだけで、誰にでもという訳では無いと思うが」
「うんうん、親しくないとしなさそうと言うか、そう簡単に信じないと思うよ、レイちゃんは」

 反対にある程度親しくなればするという事でもあるが……そこは言わないでおこう。

「どちらにせよ、今の弟子ではキスの深い意味を分かろうとしなさそうだな、と思ったのだ。……いや、むしろ純粋が故にキスをすれば責任を取るのだろうか。キスイコール恋人……と言うような感じに……」
「……別に構わないが、アプリコットは出来るのか? 私の息子の名前を堂々と言えないのに、キスなど」
「ぐっ……」

 アプリコットは私の言葉に否定出来無さそうに、痛い所を突かれたというような表情をした。……よく考えればシアンもアプリコットも好きな相手の名前を素直に呼べないのか。シアンも神父様呼びであるからな……これが初心というやつなのだろうか。

「ヴァイオレットさん、聞きたいのだが。クロさんとキスはした事あるのだな?」
「突然どうした。……まぁ、あるぞ」
「初キスは……どのような感じであった?」
「どのような、とは……」
「その、どう思ったかや、どんな味であったかなど……興味はあるのだが、我達の中ではヴァイオレットさんしか知らぬからな……」

 ……成程。これが初心か。興味は持っているが、堂々と聞くのは恥ずかしいといった様子だ。普段の堂々たる様子を見ていると今の状態がとても可愛らしく見える。

「そうだよねー。イオちゃんだけ知ってるからね。……うん、私も興味あるよ」
「シアンまで……」
「私は毒草によくキスしているぞ?」
「エメラルドは黙っているのだ」

 アプリコットに突っ込まれるエメラルドはともかく、シアンも興味があるようだ。
 聞かれたからには答えたい。だけどクロ殿との間だけの秘密にしたいと思う感情もある。だけど誰かに話をしてみたいという感情も……これがジレンマというやつか。

「……初めてのキスは、どう思ったかと言われれば嬉しかった」
『おおー』
「感触は緊張で少々分からない所があったが、軽く触れただけではあって、柔らかくて弾力があって……」
『おおー!』
「味は……仄かに甘かった。事前にシャンパンを飲んでいたせいだろうな」
『おおー!!』

 なんだろうか、これは。
 つい話してしまったが思ったよりも恥ずかしい。そもそもあの時は初めて好きと言われて涙を流して、上手く整理が付かなかったのもあったという状況があったからな……それにその後はもう一度……ふふ。

「……あれ? でも学園祭に行くまではキスもしてなくて、シャンパンという事は……もしかして学園祭のパーティーの時にこっそりとキスした?」
「…………秘密だ」
「あ、そこまで言っておいて黙るの!?」

 シアンの追及に対し、私はそっぽを向いて秘密と言う。ここまで話しておいてなんであるが、そこだけは内緒にしておきたかった。バレてはいるだろうが、明言を避けたいというべきか……我ながら面倒くさいとは思うが、不思議とそう思ったのである。

「ほらほら、そこまで話したなら全部話しちゃいなよー」
「そうであるぞ。是非参考にしておきたいからな」
「語ってしまえ。全て吐けば楽になる」
「断固、黙秘する。そういえばクロ殿は今頃なにをしているだろうな。無事着いていればよいのだが」
「おお、露骨な話題逸らし!」

 この場に居る全員に色々と追及はされるが、私は言わずに適当にはぐらかす。
 ……こうしていると、私も大分変わったのだと実感する。
 去年の今頃の私が今の私を知ったら軽蔑するだろうが、今は同性の友と言える存在とこうして話せているのがとても楽しい。好きな相手についてこのように話す事など、今までない経験であったからな……シキに来なければ知る事は無かったのだろうな。

「んー……」
「あれ、どうしたの、エメちゃん?」
「ああ、いや。先程の会話で少し気になったのだが……」
「さっきの?」

 私達が色々と言い合う中、エメラルドは少し経つと、なにかが気になったかのように顎に手を当てて考えていた。それにシアンが気付くと、私への追及をやめてエメラルドへ問う。
 ……助かった。あれ以上追及されるとつい口に出そうであった。

「ああ、グレイアイツは騙されやすいというやつだ。それは分かってはいるのだが……騙されやすいという事は、グレイのヤツは学園でも騙されやすいんじゃないか」
「えっ」

 エメラルドが疑問を抱き、口にするとアプリコットがフリーズした。
 ……これはアレだな。シキに来てから感じるようになった嫌な予感の前兆というやつだ。クロ殿がよく感じるらしい。お揃いだ。
 そして私の嫌な予感を予感でなく事実としてなるような事を、エメラルドは平然と続ける。

「アイツ顔は良いし、性格も素直だ。積極的に行く女どもには格好の餌食だろう。それこそアプリコットが言ったように、“今すぐ男性と付き合わないと呪われる状態になって”とか言ったら付き合いそうだ。……当のグレイが気付かぬまま、父親になっていた、という事すら有り得そうだ」
「ふ、ふふふふ。弟子には我が付いているからな。変な女にはつけ込ません!」
「気付かぬ内につけ込まれ……駄目だと分からないから師匠にも相談せず……そして“アプリコット様、私めに恋人が出来ました! 一人前の男となるためしばらく師匠離れをしたいと思います!”と言いだす」
「い、いや。我にかかれば――」
「学園生時代は多感な時期だからなー。反抗期で親が嫌になる様に、反抗期で師匠が嫌に……」
「……――! ――!」
「アプリコット、身体が凄い震えだぞ!? エメラルドも変に煽るな!」
「だが事実そうだろう」
「そうかもしれないが……!」
「つまりイオちゃんは今の私より若い年齢で祖母に!」
「シアンも煽るな!?」

 確かにグレイは騙されやすいので、クロ殿と共に美人局のような存在は心配している。ある程度自活を促す必要があるとは言え、変に染まっても困るからな……
 それに十一歳からの三年間は反抗期と称される時期でもある。グレイにも反抗期……「母上、近寄らないでもらえますか」「母上面しないでください」と言うグレイ。………………

「うぐっ……」
「あれ、何故かイオちゃんまでもダメージが!? ご、ごめん、十代でお婆ちゃんは嫌だよね!」

 私がダメージを受けていると、シアンが勘違いしてフォローをいれて来た。
 そちらも複雑ではあるが、元より覚悟の上だ。というよりは学園卒業後にグレイが婚姻を結んだとしても、私は十代なので充分に有り得るのだ。というよりも以前にもシアンに言われた気がするが……そこは置いておこう。

「あ、ああああ、クロさんが言っていた、『無知シチュ』というやつか……! 知識が無い事につけ込んで、そそられるという……!」
「なんだか分からないけど、クロはなにを言っているのだという事は分かるよ」

 本当に何故かは分からないが、私もそう思う。
 もしそそられるのならば私も実戦はしてみたいが。『無知シチュ』……私にもできるだろうか。

「あー……悪かった。変に煽りすぎたな。途中から調子に乗ったよ、悪かった」
「いや、構わない……事実弟子がそのような危うさを秘めているのは確かであるからな……む、そうだ」

 アプリコットはどうすれば良いかと頭を抱え、必死に考える仕草を取っていると……ふとある事を思いついたかのように顔をあげた。……何故だろうか、ついさっき同じような光景を見た気がする。

「弟子の性癖を黒髪ロングの魔法使いになるよう仕込んでくる」
「お前は私の息子になにをする気だ」

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