追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

さすメア


 夕食は元々何処かで摂ろうと思っていたし、用があるのは明日以降であるので今日は自由にしても良かった。
 とはいえ、ルーシュ殿下とスカーレット殿下の見送り……空間歪曲石を使うのは明日なので、多分今日は色々と付き合わされるだろうと覚悟はしていたが。

「スカーレット姉さん、良いですか。俺はメアリーと出会って――」
「ルーシュ殿下。彼女は私にも物怖じせずに、時には目を覚まさせるために頬を叩いてでも――」
「彼女を守りたいと思う事で、誉れが生まれて騎士として有り方を見つけて――」
「強さの中に儚さと守りたい愛らしさがあり、傍に居たいという気持ちが――」
「あのー皆さーん。嬉しいのですが、もう少し抑えてくださいませんか。その、恥ずかしいので……それに皆さんもこのまま話し合っては疲れてしまいますから、抑えてくださいませんか?」
「恥ずかしがっている所も良いな……!」
「うむ、だからこそもっとこの良さを」
「そして私達の想いを」
「殿下達に伝えたいのです!」
『それを再認識させるとは、さすがはメアリー!』
「なんでそうなるんです!?」

 けれど、この方面で付き合わされるのは思ってもみなかった。
 まるで酔っぱらって熱にうなされているのではないかと思うほどに白熱したこの一角。メアリーさんも普段であれば止められたかもしれないが、

「そうかー。皆好きなんだねー」
「一気に話されても困るが……まぁ好きに話させるか」

 ルーシュ殿下とスカーレット殿下……特にスカーレット殿下が面白がって話を遮らせないようにしている。スカーレット殿下は困り顔のメアリーさんの表情すらも楽しんでいる気がする。
 そんなルーシュ殿下とスカーレット殿下話半分な所もあるが、一応は真面目に聞いている。一応こんな殿下達でも将来国を担う者達なので、思いを知っておくべきと思っているのかもしれない。

「あははー。みんな元気だねーシルバ君」
「……そうだね」

 そして白熱している中、俺とクリームヒルトさん、シルバは同じテーブルに卓をつきながら少し離れた位置でその様子を見ていた。
 食事を皆で摂るという事になった後、テンション高めに食事処に行く殿下達に対し、俺が元々メアリーさん達が集合する場所に残り、後から来たクリームヒルトさん達に状況を説明して後から後から来たのだが……俺達が到着する頃には既にこの状況であり、俺達は巻き込まれない範囲で食事を摂り、話していようという事になった。
 初めは状況を聞いて「僕も参加しなくちゃ!」と急いでいたシルバであったが、今は参加せずにこうしている。

「シルバは参加しないのか?」
「いや、うん……多分初めから居たら僕も参加していたと思うんだけど、後から来たせいかな……テンションの高いアイツらを見ていると“え、アレに参加するの……?”って感じになっているというか……」
「……そうか」

 何故参加しないのか聞いて見ると、シルバからそんな答えが返って来た。
 つまり一歩引いたり、自分よりテンションの高い相手を見ると冷静になる奴か。かといって止めたりメアリーさんだけを救うには少し無理だと判断しているのだろう。

「なんとなく、エクル先輩が僕達が居る時冷静な理由が分かった気がする……」
「あはは、今は混ざっているけどね! あ、このデザート食べようかな……」
「ん、僕も食べようかな。でもお金が……」
「ああ、この場はルーシュ殿下とスカーレット殿下の驕りらしいから気にしなくて良いと思うよ。すいません、これ3つ下さい」

 メニューを見ながら、俺達は甘い物を注文する。
 店員さんは同じ卓に居る殿下達を見ながら少し怖がってはいたが……まぁ気にしないでおこう。俺にはどうにもできない。
 ていうかこの店大変だな。殿下三名に侯爵家とか身分が高い奴らが今居るのだ。粗相したらどうしようとか、つい先日までの俺が味わっていた精神的負担が大きいだろう。一応殿下達は姿を偽っているのではっきりと身分は明かしていないが……気付く者は気付くだろうし。

「というか、クロさんは止めないの? ……いや、まぁ殿下達だから止めにくいって言うのもあるだろうけど」
「いざとなったら止めますが、俺が混ざるとヴァイオレットさんが魅力的だと言って収拾がつかなくなる気がしますんで……」
「自覚あるんだ……」
「あはは、ラブラブだね!」
「ええ、ラブラブです」
「認めたよこの人。……まぁアイツも楽しそうだから良いけど、少し羨ましいな」

 シルバはそう言って、まだ残っている料理を口に運びながらメアリーさんの方を見た。
 多分シルバはメアリーさんと仲良くなりたいと思っているけれど、今一歩進められない、と言う所か。

「今からでも参加したらどう? メアリーちゃんを奪うためなら、あの中でアピールしなくちゃ!」
「いや、あの中に混じったら僕のメアリーさんの評価は下がる気がするんだ。さっきも“お願いですから今はシルバ君も参加しないでください”的な事言われたし」

 まぁそうだよな。メアリーさんは今はあの当事者であれば羞恥と意味不明さがくるアピール合戦に参加して欲しくないだろう。だからと言って他の者が止めようとすれば巻き込まれる事も分かっている、という感じだし。
 ……ローズ殿下とか居れば直ぐ止められたんだろうな。

「でも、愛されてるねぇ、メアリーちゃん。私もあのくらいモテてみたいよ」
「え、あの状況になりたいんですか?」
「……ごめん、あれはちょっと勘弁してもらいたいかな」

 クリームヒルトさんが羨ましそうに言い、俺が突っ込むといつも明るいクリームヒルトさんがワントーン下げた声色で拒否を示した。うん、あれは勘弁したいだろう。あの乙女ゲームカサスであればあのメアリーさんは彼女であった可能性は高いけど。

「ていうか、お前は彼氏が欲しいって言っているが、具体的にはどういうやつが良いんだよ。お前彼氏はともかく男友達は普通に多いだろう」
「え」
「僕でよければ協力はするけど、目的を決めないと協力出来ないからなぁ。好みのタイプとか無いのか?」
「うーん、そう言われると悩むなぁ」

 クリームヒルトさんはシルバの質問に、食事の手を止めて悩む仕草を取る。そういえばクリームヒルトさん彼氏あいては欲しい、とはよく言っていた気がするが、好みのタイプってどういう異性なんだろうか。

「……まぁ、強い男の子かな」
「強い?」
「うん、強い男の子。戦闘面で強いのも良いけど、どんな私でも受け入れてくれる強い心を持っている人、かな」
「…………」

 ん? シルバが今なにかを思い出して身構えた気がするのは気のせいだろうか?
 ともかく、クリームヒルトさんの言いたい事も分かる気はする。受け入れて貰える、というのは難しくてありがたいものだからな……

「あはは、まぁ私よりもシルバ君の方が頑張らないと。ただでさえライバルはあそこにいる身分も顔も良い男の子達なんだからね」
「うぐっ……メアリーさんはそういう所だけを見ないのは分かっているけど、良い所なのは確かだし、僕には無いものだからな……」
「シルバも美形ではあると思うぞ。むしろ同じ平民という立場だからこそ身近に感じて貰える、というのもあるだろうし」
「ありがと、クロさん。でもどんなにアピールしても弟としてしか見られていないような気がするし……」
『あぁ……』
「そこはフォローしてよ!」
「あ、デザートきたぞ」
「わーい、美味しそう!」
「聞いてよ! あ、美味しそう」

 メアリーさんは相手をきちんと生きた相手だと認識してからは、シルバを弟のようにみているから否定は出来ない。当然まったく異性として見ていない、という事は無いんだろうけど……多分身分差を気にしなくて良いシルバに対しての好意に対する回避策として、そう言う扱いになっているんだと思う。
 メアリーさん自身は無自覚だろうけど……あ、デザート美味しい。お土産に出来るのなら買って帰ろうかな。

――それにしても、色恋の季節だなぁ

 俺はふと、グレイが言っていた言葉を思い出し、デザートを食べながらふと考える。
 あの乙女ゲームカサスであれば終盤に近く、季節がら節目として動き始める事も有る時期でもある。
 出る前のシアンといい、今この場で愛の告白合戦をしている殿下達といい、クリームヒルトさんは……微妙だけど、色々な恋愛関連が動き始めている。
 元々俺はヴァイオレットさんという良縁に恵まれる前から、恋愛というものは誰もが上手くいって欲しいと願っている。多分それは前世の母が良くない男女の関係を築いていたのもあるのだろう。
 当然今のメアリーさんのように、誰かと結ばれれば誰かが苦しむようなものもあるので、全部が上手くいかないとも理解している。けれど、少しでも納得いく、悲劇的な結末にならない事は祈ろう。そのくらいは許されるはずだ。

「……ん、あれ、そういえば?」
「どうしたの、クロさん」
「いや、なにか違和感が……?」

 俺がメアリーさんの素晴らしさについて説いている攻略対象ヒーロー達を見つつ、少しでも良い恋愛になるように祈っていると、ふとなにか違和感を覚えた。
 なんだろう。違和感というか、なにかが足りない――いや、誰かが居ない気がするのは気のせいか。俺達が会ったのは先程だし、この中の誰かと約束をしていた訳でも無いのだが、何故かそんな感じがした。
 先程の会話と、今を比べるとここには誰かが居ないと駄目なような――

「……あ」
『?』

 と、俺が説いている攻略対象ヒーロー達を見て、ある人物――シャトルーズを見て、誰が居ないかを気付いた。そして俺の反応を見て
 シャトルーズは先程の台詞……俺達が殿下達を見かけた時に確か――

「……シャル、随分と楽しそうやねぇ」

 そう、今は笑顔ではあるが、間違いなく怒ってシャトルーズの背後に立っているスカイさんと共に来ていたと言っていたような……

「スカイか。……スカイ!?」
「ええ、スカイです。自分アンタわれて冒険者の依頼手伝いのためこの街に来たのに、一旦別れた後、待合の場所に来ない誰かを待っていた、忘れられた幼馴染の女であるスカイ・シニストラです」
「い、いや。忘れていた訳では無いんだ。これには深い事情があるんだ」
「ほう、そうですか。生憎と私はのく――愚鈍ぐどんな女であるもので。忘れた訳でも無いのに待合の場所に来なかった理由が分からんのです」

 あ、凄く怖い。ローズ殿下のような、怒鳴らないのに不思議と怖さが先行する表情をしている。そして所々丁寧語が取れて、方言らしき言葉が出ている。

「ねぇ、シャトルーズ……そして殿下達。私にも、説明してくれるのでしょうんやろうか?」

 方言が出るスカイさんは少し新鮮だなー。と、そんな事を思いつつ、俺達は行く末を見守ったのであった。

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