追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

彼もある意味シキの住民


 家族との別れを惜しみつつ、俺と殿下達は馬車に乗った。
 殿下達は外に顔を出し、互いが見えなくなるまで手を振ったり無言で見つめ合って言葉を交わしていたりと、俺以上に別れを惜しんでいた。

「好きな子と別れる、というのは、寂しいなぁ」
「冒険者として慣れたつもりではあったのだがな」
「ルシさんとレットさんにとっては今まで追い求めて来た存在との別れですから、無理もないかと」

 出発してからしばらく経つと、殿下達は俺を交えて雑談を交わしていた。
 初めの方はただ黙って目的地まで行くかと思っていたのだが、思ったよりも会話を提供してくれて、こちらに居心地が悪くさせないようにしているようである。あるいは冒険者としての殿下達はこういったものなのだろう。シキに居た頃も割と気軽に会話はしてくれたし。
 ちなみに馬車の引手は殿下達ということを知らない者で、精々荷物を運ぶついでに男爵と冒険者兄妹を乗せている、という感覚しかないので、俺はあくまでも冒険者としての相手として話している。殿下達も目の色を魔法で変えて変装している。
 ……まぁ、ろくに護衛もつけず、辺境の男爵と一緒に第一王子と第二王女が同じ馬車内に居る。というだけでも相当危ない状況なので、信じるには難しいと言うのもあるが。

「そういえばさ、クロ君。さっき“クリームヒルト”って聞こえたんだけど、クロ君も知り合いなの?」
「さっき……ああ、言いましたね。知り合いですよ」
「私も同名の子は知っているんだけど、そういう子で、どのくらい仲良いの?」
「ええと――」

 俺達が会話をしていると、スカーレット殿下が思い出したかのように俺に聞いて来た。さっきのグレイとの会話が聞こえたのだろう。
 俺は出会った時の事と、ヴァイオレットさんの友である事。そして偶に遊びに来るくらいには仲が良いということを軽く言った。

「――ぐらいですかね。俺の印象としては明るくて、妻が孤独な時も味方でいてくれた良い子です」
「ふーん……ヴァイオレットにも聞いたけど、同じ印象を持っているのね……」

 ヴァイオレットさんにも聞いたのか。でも聞いたのに更に俺に聞いて来るのは何故だろうか。
 ……錬金魔法に興味があって、会った時に失礼が無いように性格を知ろうとしている、と言う所だろうか。

「じゃあさ、クロ君の直感で答えて欲しいんだけど。私に失礼とかそう言うことを考えなくて良いからさ、素直に答えて」
「はい、構いませんが……?」

 スカーレット殿下は何気なく、だが何処か真剣な興味が見え隠れする態度で俺に質問の前振りをする。
 そう言われては即答しなければならないので、少し緊張して質問を待っていると……

「私とそのクリームヒルトって、相性良いと思う?」
「いえ、良くないかと」

 と、ついそんな事を即答してしまった。

「あ、申し訳ありません、失礼な事を……」
「ううん、別に構わないよ。私が素直に答えてと言ったんだし。そっかー、やっぱり相性悪いんだ」

 俺はすぐさま謝罪をする。しかしスカーレット殿下は特に気にする事無く、その答えが帰って来る事を予想していたかのような振る舞いをしていた。
 ……だけど俺も何故相性が良くないと答えたのだろう。直感的に思ってしまったんだよな……?

「あ、じゃあもう一つ質問良い?」
「は、はい。どうぞ」

 俺が何故先程の回答をしてしまったのかを考えるよりも早く、スカーレット殿下は次の質問に移行した。次は失礼の無いようにしないといけないと思いつつ、再び身構えていると、

「ねぇクロ君。女の子の裸は好き?」

 突然訳の分からない事を言いだした。

「……ええと、好きか嫌いかで言えば好きでしょうが」
「ほう? じゃあ町先で極上の女性に誘惑されても耐えられる?」

 あ、この方さっきの現地妻云々の会話を聞いてやがったな。

「耐えますよ。というか極上の女性は既に妻という立場で傍に居ますので」
「極上ばっかりじゃ飽きるだろうから、首都の夜の街に繰り出したりしてしない? 私権限で空間歪曲石も使わせるからさ!」
「繰り出しません」
「えー、私と一緒に行こうよー」
「行きま――待ってください。なんで貴女となんですか」
「いや、エメラルドが好きならば別の女性を知るのもいいかも……と思って」

 男性と合コンの次は接待のプロ女性の街に繰り出すのか。本気ではないとは思うのだが、この方が言うと本気のように思えてしまう。

「おいスカーレット。そういった話題が苦手な相手に対して無理に話そうとするな。あと品位を持て品位を。そして絶対に行かせんぞ」
「はーい。まぁ私だって行っても身体を触らせる気は無いから安心して兄様!」
「そういう問題ではない」

 うん、そういう問題じゃない。
 第二王女が視察とかのためじゃなく、純粋に楽しむためだけに行くのが問題なのである。

「というより、何故お前は急にそんな事を言いだした」
「そんな事って?」
「女性の裸云々だ。なにか理由があるのだろう?」
「まぁあるよ。クロ君がさ。服を作るのが趣味って聞いてはいたんだけど、家族だけじゃなくってシキの皆にも作るって聞いたんだけど」
「ええ、作りますね。とはいえ、空いた時間などにですが」
「うん、それで服を作るのに相手の身体のあらゆる数値を測って作るって言うのを聞いたのを思い出して。もしかして測るにかこつけて女性の裸を見て、ぐへへ……って感じで思っているのかと」
「思っていません」

 思う訳が無い。というか測るのには基本下着の上だし。
 それにリアルでぐへへ、なんて三下的な笑い声をするの初めて聞いたぞ。

「……クロ。服を作ると言うが、それはシキの多くの女性にも作るのか?」
「はい? ええ、まぁそうですね」
「作る際には相手の身体を測る、と?」
「そうですね。数値を知った方が相手の服を作るのに良いですから」
「……その相手というのは、家族だけでなく、先程の仲の良い修道女や、魔法使い。医者。キノコの女性。黒魔術師もなどだろうか」
「そうですね。……あの、どうされたのです?」

 俺がスカーレット殿下の言葉に若干疲れていると、何故かルーシュ殿下が神妙な面持ちで俺に聞いて来た。
 ……なんだか嫌な予感がするのは気のせいか。

「もしかしてだが……ロボさんも作るのか?」
「……そうですね。ロボは服はほとんど必要ないのですが、肌着などはたまに……」
「やはりそうか!」

 あ、これ嫌な予感じゃなくって面倒なヤツだ。

「お前はロボさんの身体を余すことなく知っているという事だろう! なんと羨ま――もとい、不品行な!」
「言い方は悪いですし、間違ってはいませんが数値上の話ですよ」
「あの麗しきロボさんの肢体を知るなど……オレはようやく顔を見せてくれ始めたというのに、クロはオレよりも顔を見せる上に、身体を知っているだと……!」
「わー、お兄ちゃん、きもーい」
「言葉が悪いぞスカーレット! それにクロはエメラルドの身体も知っているという事だぞ!」
「……本当に? 知ってるの?」
「あの、スカーレット殿下近いです。まぁ知っていますよ。アイツのさっき来ていた服とか、俺が調整した訳ですし、下着も――」
「なんでそれを教えてくれなかったの! 知っているだけでも妬ましいのもあるけど、それなら採寸と言って触れたかもしれないのに!」
「同性でも興奮を得たら犯罪ですよ」

 というかこの方々は好きな相手になると本当に周囲が見えなくなるな。シアンとかが言っていた色恋の色に興味を持ちすぎじゃないだろうか。
 確かにロボのは裸は事故とは言え見た事は有る。
 エメラルドの場合はアイツは羞恥心が薄く、下着関連で調整する時に普通に俺の前に下着姿で立つような奴なのでほぼ体は見た事がある。
 けど、あくまでも――

「どうなのだクロ!」
「どうなのクロ君!」

 そう、あくまでも――

「ルシさん、レットさん――俺の仕事の誇りを馬鹿にするのは、止めて頂けないでしょうか」
『――っ!?』

 だが知っているのはあくまでも良い服。良い肌着。良い下着を作るためのモノだ。
 当然ながら男連中の身体のサイズだって知っているし、異性の場合は俺が直接採寸する事はカナリアのような親しき間柄でも出来る限り同性に計って貰うのでまずない。
 間違ってもいやらしい思いには……ヴァイオレットさんのドレスを縫う時は一回だけ浮かび上がったが、それ以降は良い服を作るために数値と格闘していたのだ。
 それを冗談などで言うのではなく、そういった面で見られるのは――例え殿下であろうとも譲れない一線である。

「俺は服を作る際には誇りを持っています。いいですか、服が消費物なのは理解していますし使い潰そうと構いませんが一瞬や日常を司り表現する上で服は重要なのです貴方達だって相手に対してや自分に対しての服が一セットで見違えるという経験があるでしょうそしてそれを少しでも」
「お、落ち着いてクロ君。わ、私達が悪かったから!」
「そ、そうだぞクロ。貴殿の服に関する熱意は伝わった。オレ達に非があった事を認めよう」
「そうですか。少しでも良くするために服を着る相手の情報を得るのは重要なのです良いデザインがあってもそれを立体的にすると微妙な事はザラですし着る相手に合わなければそれは只単にデザイナーにとってもパタンナーにとっても己が才能を誇示したいだけの自己満足と変わらず」
「く、クロ君、なんで止めないの!?」

 俺は会話を続ける。何故こんなにも舌が周るかは分からない。普段の俺であれば流すか軽く否定する程度のはずなのだが……先程のスカーレット殿下の質問が……いや、それはどうでも良い。俺は語りたいときは語りたいんだ。それだけであろう。

「……ルーシュ兄様。クロ君にこの手の話題は振らない方が良さそう」
「……そのようだ。それにオレ達も失礼だったからな。罰として終わるまで待とう」
「うん。……割と知らない世界だし、聞いた方が良いかもしれないけど」
「確かに」

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