追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

衣替えしても教義上の服装です(:紺)


View.シアン


「いいか、神父様は基本他者からの悪意にも善意にも鈍感だ。好意に至っては多分善意と見分けが付いていない」
「うん、知ってる」

 行動に対しての善悪の判断は上手い神父様だが、他者から他者などにはともかく、感情に関しては自身に向けられている者に関しては疎い。そのくらいは知っている。

「けれど神父様と言えど異性に興味ない訳では無い。シアンとの肌の接触や、危うい所が見えそうであったら神父様は割と照れている。けど神父として己を律している」
「うん、教えの“汝、姦淫に溺れる事勿れ”だね。だから私はその照れを利用して今までアピールし(ようとし)ていた。けど……」
「ん?」
「さっきも言ったけど、エメちゃんに根本が間違えているんじゃないかって言われて……」

 疎いからアピールをしようとしていたのだが、今まで上手くいかず、エメちゃんには根本が違うのではないかと言われた。アピールして襲われたいとかは間違っている、と。

「……シアン。良いか? だからといってアピールを止めたら駄目だ。神父様が嫌悪を示すのならば俺だって協力はしない。だが、大丈夫だと思えるから俺は協力しているんだ」
「……本当?」
「珍しく弱気だな、シアン。お前の神父様への想いはそんなものか?」
「ち、違う!」
「ならばお前の魅力に気づかせてやれ! 安心しろシアン。お前はヴァイオレットさんには及ばずとも充分魅力的な女性だ!」
「そこでイオちゃんの名前を出して比べた所はぶっ飛ばしたいけど、ありがとう!」
「だがもしも俺を魅力云々で励ますためだったら、シアンだって神父様よりは及ばないと言うだろう!」
「確かに言う!」

 そうだ。襲われたい云々は置いておいて、私は神父様に少しでも好かれたいからアピールをしようとしていたんだ。
 嫌われたくないから今の関係を維持したいのではなく、好かれたいから近付きたい。その想いを胸に今まで行動していたのであった。襲われたいを行動指針にするのは確かに間違ってはいるけど、アピールを止めては駄目なんだ!

「……それは良いのだがな、シアン」
「どしたのイオちゃん」

 私達が意気込んでいると、クロと一緒に協力してくれているイオちゃんが私達を見て冷静な表情で話しかけてくる。

「何故給仕メイド服を着ているんだ?」
「いつもと違う格好をすれば良いと思って!」
「そうか。……いつぞやの制服の時を思い出すな」

 私が来ている服を見ながら、イオちゃんは「大丈夫なのか……?」と視線で訴えかけている気がするが、気にしないでおこう。
 私の今着ている服はいつもの修道服ではなく、黒色を基調とした修道服と構造が似ているメイド服。違うのは胸元が前開きのボタン式で外れると言った所か。
 これは男性はいつもと違う服装を着る事にドキッと来るらしいからクロに頼んで持ってきてもらった服である。

「というより、クロ殿。あれはクロ殿が縫ったのか? あるいは買ったのだろうか」
「いいえ、カナリアが以前うちで使っていた奴です。状態が良かったのでシアン用に合わせただけですね。まぁほぼ同じ身長なので胸周り位ですが」
「ああ、成程。……良かった、クロ殿が着ようとしていたのではないのだな」
「俺をなんだと思っているんです」

 というかクロよくこの短時間で合わせてくれたな、と思う。
 まるで私のために初めから合わせたかのようにピッタリフィットする。修道服もそうだけど、クロにはわざわざ用意してくれた事や今協力してくれている事も含めて、今の内に感謝の言葉を言っておこうかな。

「いや、うちには女性従者も居ないのに、夫の持ち物からあの手の服がすぐ出て来るのは……一応はいずれ雇う時のために用意していた、というのもあるかもしれないが」
「……まぁそうですね」
「だがクロ殿なら似合うとは思うぞ、着てみないか?」
「着ませんよ!? 絶対似合いませんし、どちらかと言えば――」
「む?」
「い、いえ、ナンデモありません」
「どうしたのだ、クロ殿。何故ロボみたいな話し方で目を逸らす」
「なんでもありませんから。大丈夫です」
「ふむ……?」

 くっ、この夫婦私の前でイチャつきやがってる。当てつけ? 当てつけなの? イオちゃんにも着付けを手伝って貰ったから改めて感謝を言おうと思ったけど、今は言わないでやる。
 私が今すぐ蹴りでも入れたい状況に若干うんざりしていると、イオちゃんが私の方を見て一つ質問をして来た。

「あと、シアン的には先程の姦淫云々の教えを無視する事になっているが、良いのか?」
「溺れなければ良いの。これはまだ沼に浸かる寸前の水際的なモノだからだいじょーぶ!」
「沼の水位が上がらない事を祈るよ」

 私が答えを返すと、イオちゃんは少々苦笑い気味に私の健闘を祈っていた。
 教会の上層部は嫌いだけど、私だって敬虔なる信者である。さすがに教義に反する事はするつもりは………………うん、頑張ろう!

「じゃあ、後は頑張れよ。グレイが(無自覚に)時間稼ぎをしているから、そろそろ戻って来るだろう」
「う、うん。頑張る」

 ともかく、後は私次第だ。
 クロ夫婦が教会からの人払いをしたり、服を貸してくれたり、着方がよく分からなかったから着せてくれたり、レイちゃんが時間稼ぎをしてくれはしたが、最後は私の行動次第だ。
 よし、落ち着こう私。「いつもと違う服を着てみたんですが」的な感じに神父様に駆け寄って、「似合って……いますか?」と聞けば良いんだ。似合って、の後に間を作るのが良いらしい。
 そしてどのような返事であろうと、後は足元をよろけさせて、何処かの隙を拗らせた王女の様に抱きしめれば良いんだ。胸を押し付けたり、抱きしめた状態で上目遣いで見上げると良い――!

「ただいまー、シアン。ちょっと遅くなってごめんなー」

 き、来た!
 私は慌てないように大きく深呼吸をし、心を落ち着かせる。
 そしてクロ達の方を見ると、クロ達は黙って頷いて、神父様が入って来た方向とは違う、裏口の方へと移動して行こうとする。

「(シアンなら大丈夫だ)」
「(ありがとう)」

 去る間際、イオちゃんが口パクで私の事を応援してくれたので、私も口パクで感謝の言葉を言う。
 ……うん、よし。ああやってともが応援してくれているのだ。私も頑張らないと!

「し、神父様。お帰りなさい」
「うん、ただいま。今から夕食の準備をするから――って、ん?」

 私が奥から出てくると、荷物を持って手近な置ける場所に置いていた神父様が、私の方へと振り返る。
 そしていつもの素晴らしい笑顔が、私の姿を見て段々と疑問顔になっていく。

「シアン? その服装は……」
「は、はい。その、偶には気分を変えようと思いまして。いつもと違う服装を着てみたのですが……似合っていますか?」

 あ、しまった。
 照れなどではない疑問顔であったのと緊張から、つい言葉が先走ってしまった。
 クロのアドバイスでもう少し近づいてから、少し服装を揺らすなどして服の存在感をアピールしてから言うのが良いと言われていたのに、これでは早すぎる。

「えっと……そう、だな……」

 神父様との距離はまだ遠いので、これでは服装の感想を言って貰うのが難しいではないか。
 私は動揺している神父様に対し、今からでも近づいて見てもらおうとして小走りに近寄って――

「あっ――」

 私は忘れていたことがある。
 私は動き辛いという理由から、修道服の下部分には深めにスリットを入れている。
 以前、イオちゃんの制服を借りた時は、比較的動きやすいスカートであったから問題は無かった。
 だが今回のクロから受け取ったメイド服は、給仕用に動きやすくされているとはいえロングスカートタイプである。
 これが何度か慣れるために動いていたのならば問題は無かったのだろう。だけど――

「わっ――!?」

 いくらクロが合わせてくれたと言っても、今の私にとっては慣れない動き辛い服装であり。
 緊張も相まってか上手く小走りすることが出来ずに、足を引っかけてバランスを崩して、倒れそうになる。
 挙句には普段であれば手を付いてどうにか対処できたりしただろうが、これも服装のせいか、あるいは緊張と焦りのせいか上手く身体が動かない。

「シアン!?」

 そして倒れそうになる視界の端で、神父様が私の名を呼んで急いで駆け寄って来ているのが見えて、巻きこんではいけないと、どうにか近くにあるものなどに手を付こうとしたが――神父様を巻きこんで、私達は派手に転んでしまった。

「いたた……」

 私はまずは転んだのは分かったが、どういう状況か分からず、痛いという率直な感想を口にする。

「――はっ、神父様!?」

 そして頭を打っておらず、意識はハッキリしていたので私はすぐ様に神父様の状況を知ろうと周囲を見る。
 私はあのままいけば顔や胸を打ち付けそうであったのにも関わらず、痛みはあまり無いので、神父様が下敷きになっているかもしれない。あるいはなにかに手を付こうと体勢が変わりそうであったから、変な体勢になっているかもしれない。

「……無事かな、シアン」
「はい、神父様、ごめんなさ――いえ、ありがとうござい――ます?」

 私はすぐ近くで声がしたので、その声の方を見て謝ろうとしたが、それよりも助けてくれた事に感謝をしようとして――途中で、固まってしまう。

「うん、無事なら良かった。でも一応打った所が無いか確認はしておこう」
「は、はい……神父様も確認いたします……」

 そして私はどうにか声を出し、神父様のお顔は見えないが、会話ができる密着したその状態で会話を続ける。

「……えっと、出ても良いかな、と言いたいけど、俺の方からじゃ上手く出れないんだ」
「……はい、息苦しいでしょう。今、出しますので」
「……うん。ありがとう」

 私は羞恥で今すぐこの場を去りたい情動に駆られながらも、私はメイド服の胸元のボタンを上から外していって――何故か外れた第四ボタン当たりの隙間から頭を突っ込んだ状態で動けずにいる神父様を、出した。

「…………」
「…………」

 直に胸下あたりにあたっていた、髪や肌の感触が、ゆっくりと離れていく。神父様が出た後に、再び私ボタンを締め直している間、私達は無言であった。
 そして神父様が一人分ほどの距離をとって、私の正面に向き直る。

「……それと、ごめん。神に誓って言うけれど。ワザとじゃないんだ」
「……はい、分かっております」
「……ごめん……いや、申し訳ない」
「……お願いですから、謝らないでください」
「……うん」

 羞恥とか神父様は大丈夫かとか色々と感情が入り乱れて、私はなにを言って良いか分からない状態であった。
 ただ分かる事は、悪いのは私であり、謝られるのとは違うという事。
 神父様と触れ合えたとか、意識してもらえるだろうかとか、なんでボタンが外れた上にエプロン部分の横から神父様の頭が入って服の中に入ったのかとか、そんなことは今の私にはよく分からない。
 少なくとも今の私は思考が上手くまとまっていないので、出来ればしばらく黙って居て欲しかった。

「……これは、なんと言うべきか……」
「……この件は今後触れない方が良いかもしれないな……」
「ですね……」
「クロ様、私めは知っています。あれはラッキースケベイというのですよね? この状態が起きれば急接近間違い無し! ……と聞いたのですが」
「……微妙に違うが、否定はしない。そしてその言葉はメアリーさんから聞いたのか?」
「はい、よく分かりましたね。あと、これからは色恋の色の部分の季節であるから……というのも聞きましたが、これがそうなのでしょうか?」
「メアリーさん、俺の息子になにを教えてやがる」
「いえ、それはカーキー様が――」
「ヴァイオレットさん、ちょっとあの馬鹿を締め上げに行きますか」
「そうだな、行くか」
「えっ」

 なんだか少し遠くの窓の外で何処かの親子の会話が微かに聞こえた気がするが、私はそれ所じゃ無かったので上手く聞き取れなかった。

――神様、私がなにをしたって言うんです。

 私は見守るだけの神様に、そんな事を思うほどには、今の事実から目を逸らしたかった。
 色恋とかには少し憧れたけど、この方向性は勘弁して欲しいです。

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