追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

一一二四(:菫)


View.ヴァイオレット


 感想を言うならば、思ったよりは訓練された者達であった。
 王族を襲うように差し向けるなど、すぐに切れるような、はした金で雇われた者達とも思っていたのだが、バーガンティー殿下の護衛として潜り込める程度には実力があって連携も取れた連中であった。

「――シッ」

 しかしながら運動能力に関しては異様に高く、妙に戦闘慣れ……というよりは喧嘩慣れしているといった方が正しいクロ殿の前ではすぐに連携も崩されていった。
 私達に攻撃の目がいかないように先陣し、私達は連携が崩れた所を魔法で追撃し、後は無力化するだけであった。

「……そういえば、騎士団への推薦もあったって聞きましたね……」

 一通り無力化した後、暴れられないように縛っている様子を見てスカイが小さく呟いていた。騎士団推薦の件はあまり知られていないが……ああ、シャトルーズと幼馴染で交流も深かったようであるし、カルヴィン家経由で知ったのかもしれないな。

「……――いなぁ」

 あと、小さくなにかを呟くスカイはやはり敵だというように思えた。何故だろう。







「一応聞きますが、誰の命令ですか?」
「…………」

 無力化し、縛り、リーダー格らしき男が目覚めた後にクロ殿が男に聞いてみた。
 男は周囲の状況を把握するために見渡し、腕と足の状況、魔法の状況を確認すると舌打ちをして私達を睨み付けた。

「なにも話さない」

 睨んだ後目を逸らし、それ以上はなにも話さないと言うような態度を取る。
 それは雇われたから守秘義務的なモノをで話そうとしない……というのもあるだろうが、どちらかと言えば雇用主に対する忠誠心のような物が見られた。そういえば最初私と初めて会話をした時、王国のためだという言葉を言っていたような気がするので、この男なりに今回の行動は王国のため……なのだろうか。

「こういう輩が一番厄介ですね、イオちゃん」
「いい加減その呼び方やめろ。シアンのようなさり気無さではなく、抑揚無しに呼ばれても怖いだけだ」
「やっふー厄介ですねイオちゃん!」
「テンションをあげれば良いという話ではない」

 さらに相変わらずの抑揚のない言葉なので異様である。……これはこれでスカイなりの悪ふざけなのだろうか。見ていなかっただけで、実は愉快な性格なのかもしれない。
 しかしスカイの言葉も正しい。自身の行いが正しいと思って行う行動は、世間で今は正しくないとしても、自身が正しいと思っての行動なので、切羽詰まっての犯罪を行う輩より厄介だ。

「随分と分かったような感じですね?」
「……自分が正しいと信じて、第三王子に執心して暴走した公爵家令嬢を知っているものでな。いやはや、彼女の暴走は思い返すと恥ずかしくて頭が軽く痛くなる。何故だろうな」
「…………そうですか」

 私が乾いた笑いをしながらスカイに返答すると、スカイは何故か気まずそうに目を逸らした。はは、何故だろうな。

「…………」
「どうした、クロ殿?」

 私が過去の公爵家の令嬢を思って雑念を覚えていると、クロ殿が男を見て少し考えるような仕草をしていたので、雑念を振り払うためにクロ殿に話しかける。

「いえ、こういった尋問の時に“話さない”と言った相手に“そう言ってくれるのを待っていた”と言って迷わず痛めつけて、痛めつけられた相手が“俺には権利がある”と言うのに対して“今日は無い”と返して秘密を話すまで痛めつける、というような作品があったな、と思いまして」
「そのような作品があるのか?」
「ええ、昔見た……読んだ気がしまして」
「メアリーのような事を言うのだな、クロ殿」
「えっ」

 随分と物騒な本か演劇を嗜んでいるようだが、物言いがメアリーと似ている気がした。なんとなくだがクロ殿の言っている作品は私では見られないと思うのは何故だろうか。
 そしてクロ殿が小さく「ああ、こんな感じなのか……気をつけよう」と呟いていた。

「クロ卿、痛めつけるのですか?」
「いいえ、俺達やシキに影響が無いかどうかは気になりますが、生憎とそこまで興味は無いのですし、痛めつける趣味も無いので」
「クロ卿は被虐趣味マゾヒストという事ですか?」
「違います」

 被虐趣味マゾヒスト……確か痛めつけられて喜ぶ性癖、だったか。
 私にクロ殿を痛めつける趣味は無い。クロ殿にそちらの趣味が無いようで良かった。
 ……待て、偶に見る弱った姿のクロ殿も良いのも確かだ。クロ殿が被虐趣味マゾヒストならば、弱ったクロ殿を――落ち着け、いくらクロ殿が好きだからといっても、そちらの方に行ってはいけない。

「……楽しそうですね」

 私達が各々で悩んだりしていると、ローブを羽織りフードを被って、相変わらず顔の見えないローランという女性が現れた。
 相変わらず怪しく、正直今回の騒動の一味かと疑いたくはなるのだが……

「そしてご協力ありがとうございます、皆さん。貴方達のご協力のお陰で、王子及び王女に危害が加わるのを未然に防げました」
「……テメェが今回の邪魔をした女か」
「ええ、その通りですが、なにも話さないのではなかったのでしょうか?」
「……チッ」

 そう、今回の一件はスカイの情報もあるが、彼女の情報が一番大きく、大抵の動きは彼女から教えられたのである。
 本来ならばその情報も怪しく思えるのだが……彼女の正体を除けば理路整然と質問には答えられ、疑いの無いほどに隙が無かったので信じられた。彼女のような女性を私は良く知っている気がするのだが……作戦やスカイとの連携によってあまり考えられずにいたな。

「リーダーさん。此度の件について話す気はないでしょうか。話せば少しは恩赦は与えられますよ?」
「話さない」

 ローランは私達の間を通り、男の前に立つとこの場で尋問を始めたので、私達は黙ってそれを見ていた。

「自分は捨て駒とは思わないのですか? 見捨てられるのですから、話した方が貴方のためになりますよ?」
「俺は俺のために話さないだけだ」
「随分と忠誠心が高いようですね。あるいは捕まらないという自信でもあるのでしょうかね。実行する前だから証拠不十分、という感じでしょうか」
「…………」
「ああ、ちなみに拘束する権利はありますよ。逮捕する罪状も取れましたから、貴方達は直ぐには出て来れないでしょうね」
「……なに?」

 ハッタリなどではない淡々とした言葉に真実味を感じたのか、男は疑問符を浮かべ、逸らしていた視線をローランに向ける。
 今の物言いでは男になにかしらの後ろ盾があっても、どうにでも出来るような口ぶりである。

「そういえばローランさん。私は罪状を取れたので逮捕が出来る、という事しか知らないのですが……なんの罪状なのですか?」
「ああ、そういえば具体的には言っていませんでしたね」

 その事にクロ殿も疑問に思ったのか、問うとローランはクロ殿の方を向きながら、男にも聞かせるような形で疑問に答える。

「罪状は王族を意図的に傷を付けた事による、傷害罪などですよ。王族に対する傷害ですから、通常より重いです」
「王族に対する……って、今回の一件は未然に防いだわけですから、王族に対する罪状でも凶器準備集合罪……的なモノになるのでは? それに、その程度だとすぐに釈放出来るような後ろ盾パトロンがいるんですよね?」

 そこは私も疑問に思ってはいた。
 王族に対しての策略を未然に防ぐ事に対しては私も文句は無く、協力はしたいので協力はした。だが、今回の者達はコストがかかりすぎて通常は使えないような証拠隠滅魔法や、バーガンティー殿下の護衛として潜り込めるようなコネがある。
 そして他の王子・王女たちも陥れようと計画するような者達であった。例え今回は失敗しても、次や他の者達が後を引き継ぐか、どうにか出来る権力を持つ……ような、後ろ盾や規模があった。
 ローラン曰く「傀儡とするためのバーガンティー殿下派の大臣の一派」との事ではあるが……

「そうですね。それに正直第一王子と第二王女は王族ですが、現役の冒険者です。他の王族の様に冒険者としての資格を持っている、というだけではないので、危険が及んだと言われても“そのリスクを承知の上で冒険者をやっているのだろう”と言われる可能性が高いです」

 そう、ルーシュ殿下とスカーレット殿下は、冒険者としての人気も含めては王族としての王国民からの評判は高い。そして能力は高いので、王族としての責務もある程度は果たしてはいるのだが、王族の責務を果たす者としては評価は高くない。特にスカーレット殿下。

「つまりはその程度ならばどうにでも出来ますし、当の相手は冒険者を止めないような放浪癖があるので、今回の問題を時間をかけて構えようとしない。正面から来ようものなら、王国内部では得が出来る立場であるから、今回の第一王子と第二王女を狙ったのでしょうね」

 ようは危険性を理解しながら冒険者をやっている……ので、問題にならない、という事は無いだろうが、有耶無耶にされやすいだろう。むしろ無理に問題にしようとすれば、逆に利用される可能性もある。ローランはそう言いたいのだろう。

「であれば、正面から戦える者……例えば、もう少しで材料が揃うので、今回の件に当事者となろうとする者が居れば良いのですよ」

 当事者になろうとする者……?
 さらには王族を傀儡としようとしている地位を持つ者に対して、正面から戦える者。
 宰相や他の大臣。他にも第一王女や第二王子といった王族なども戦えはするだろうが……

「ローランさん。一体なにを――」
「ほら、覚えていますかクロ男爵。私達が他の計画犯を捕えようとする前に、慌てた一部の方が私に怪我をさせた事を」
「え? ええ、魔法を放っていましたね。怪我……も小さなものですが、していましたね」

 クロ殿とローランは別行動で他の者達を押さえてはいたが、そのような事があったのか。
 それと後でクロ殿にも怪我が無かったか確認しないと。大事なクロ殿の身体になにかあっては気が気ではない。

「では、質問ですクロ男爵」
「え、はい」
「現在の王族の家名はなんでしょうか?」
「? 王国を守る盾を意味する、ランドルフ……ですね」
「はい、正解です。では次にヴァイオレット、質問です」
「え?」

 クロ殿に質問をしていたローランは、今度は私の方を向いて私の名前を呼び捨てで呼ぶ。
 ……なんだろうか。この感じ、何処かで覚えが……

「現在の国王、レッド国王の娘である王女の名前はなんでしょう」
「? ローズ第一王女、スカーレット第二王女、フューシャ第三王女……だろうか」
「はい、その通りです。では私の名前は?」
「ローランだな。…………ロー、ラン」

 ……何故だろうか、嫌な予感……というよりは、まさかそんな事がありうるのだろうか、と言うような予想がある。
 だが、第一王子と第二王女の現在の名前が“ルシ”と“レット”ということもあり、今ローランさん……が、話された質問を考えると、私の今考えている事が真実なのではないかという予想しかしない。

「……あの、もしかして貴女様は……」
「はい。……久しいですね、ヴァイオレット。随分と幸せそうで安心しましたよ」

 そしてその予想を立てると、今まで魔法のせいで上手く考えられずにいた彼女の所作が、どうしても私の知っているあの御方にしか見えなくなってくる。
 私が所作を覚える上で、身なりや振る舞いの参考とした御方。ほぼ勘当されたから敬称を付けたのではなく、元々公爵家に対しても敬称を使わなくても良いような立場の女性。

「そしてクロ・ハートフィールド男爵。改めて言います。彼らは“王族に対する傷害の罪”で服役してもらいます。……丁度良い足掛かりですから」
「あの、貴女の名前はローランさん……で良いんですよね」
「ええ、そうです」
「ローランさん。その王族というのは、一体誰なのでしょうか……」
「はい」

 クロ殿も薄々勘づいてはいるが、明確な証拠が無いのでたどたどしく問う。
 それに対しローランさんはフードを取り、魔法で変えていただろう髪と瞳の色を元に戻し、ローブにかかっていた認識を阻害している魔法を解くためにローブを脱いで、私達に顔を見せた。

「ローラン改め、第一王女、ローズRoseランドルフRandlophである私に対する傷害罪などですよ。他にも色々ありますが、現行犯ですからね」

 殿下達と同じ赤い髪。王族特有の紫の瞳。
 無駄のない所作で、行動が丁寧で隙が無く、私も尊敬する御方。
 ご兄弟の中でも王族としての務めを最も果たす現宰相を夫に持つ第一王女。
 本来なら居ないはずの御方が……そこには居られた。

「権力が集中し過ぎている……!」

 そしてクロ殿が誰にも聞こえないような小さな声で、ローラン改めローズ殿下に見られないように頭を痛めていた。
 ……大丈夫だろうか、クロ殿。

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く