追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

男の恥


 スカイ・シニストラさんは魅力的かどうかと問われれば、間違いなく魅力的な女性だ。

 黒いミディアム髪と空色の目は美しく。
 鍛えているだろう身体にだらしなさは一切なく、スタイルが良く仕上がっている。いわゆる女性受けがいい、といった感じの綺麗さだ。
 顔に関して評するとしたら、ヴァイオレットさんとはやや似た系統の凛々しさがある美少女で、全体像を言えば彼女が騎士になった暁には白百合の騎士様、みたいな渾名でも付きそうな美しさがある。

「……ありがとうございます、スカイさん。私にそう言って頂いて。貴女のような魅力的な女性に言われるとは男冥利に尽きます」
「……!」

 そのような女性に好意を持たれているとすれば男としては嬉しいし、凛々しさを崩してあまり見せない恥じらいや笑顔を見せるのは中々に心に来る破壊力があるだろう。
 相手方から望み。俺に惚れていたと言い。一度だけでも良いから抱いて欲しい……愛して欲しいと言う。

「男は女に恥をかかせるものではない……据え膳食わぬは男の恥、という言葉もありますからね」
「でしたら……!」

 自ら抱いて欲しいという、勇気のいる言葉。
 ここで断れば、スカイさんの女性としての矜持や自信が崩れるかもしれない。つまりは……彼女を抱く事が、スカイさんにっとっての救いになる――と思われる状況だ。

「ですが、申し訳ありません。私は男でもありますが、父親なので。貴女の申出は受け入れることは出来ません」

 けれど今の俺はクロ・ハートフィールドという父親だ。
 血は繋がっていないが、大切な息子グレイがいて。
 実の親に売られた、別の所に住んではいるが大事なアプリコットがいて。
 今世で一番長く一緒な時を過ごしている、姉のような存在カナリアもいて。
 一緒に居るだけでも幸せになる、大好きな妻ヴァイオレットさんもいる。
 父親である事より男を優先する時はあったとしても、今はその時ではない。
 今この誘いに乗れば、俺はこのシキで父親は名乗れなくなる。だからスカイさんの誘いに乗る事は出来ない。

「どうしても……駄目、ですか」
「申し訳ありません」
「勇気が欲しいのです。騎士団という、男社会においても戦うことが出来るような、思い返すと心の支えになる思い出が」
「……申し訳ありません」
「ならばせめて――」

 スカイさんはゆっくりと、だが不思議と避けるという感情が湧かないような足取りで俺に近付く。

「せめてキスだけでも。私の初恋に決別させてください」
「……スカイさん」

 涙目で俺の手を取り。
 懇願する表情は弱々しく、手を差し伸べてあげたくなる様な庇護欲を掻き立てられる。
 身長差から見上げて自然と上目遣いになり、ジッと俺の目を見る。
 そして数秒見つめた後、こちらからキスをするのを待つかのように目を瞑る。
 端正な顔が無防備に目の前にあり、甘い香りがし、綺麗な唇がこちらの唇を誘っている。
 俺に対しての好意が本物であると、今の彼女が全てを持って示していた。

「……今確信を持ちました。スカイさん、貴女は本当に好きではありませんね」

 そしてその全てが偽物であると、近くで見て気付いた。

「……なんでそんなひどい事を言うのですか。私は貴方を――」
「本当に好いてはいないです。……元々思ってはいましたが、貴女の今の行動と感情には違和感があります」

 シアンの予想が“俺に好意を持っている”という話であるならば、スカイさんの言葉も行動も真実であり、俺を好いている、という事になる。
 けれど……それはあくまでもシアンの予想が“好意”を前提にした場合である。
 シアンは一度も、気があるという言葉や夜這いという言葉に、好意を元とした感情とは言わなかった。

「かと言って、俺に対して美人局のような悪意も感じられません」

 しかし、悪意とも敵意とも言わなかった。
 全くない訳では無いだろうが、それら負の感情を主とした行動のようにも思えない。
 俺は今この場において近くでスカイさんを見たから分かったが……シアンのやつ、本当に感情に関しては鋭い奴だな、と改めて実感する。

「スカイさん。――なにが目的なのでしょうか?」

 初めは第二王子アレの差し金で、俺の家庭を壊そうとするための演技かと思った。
 あるいは弱みを握って俺になにかをさせるための行動かと思ったが……だけど、どれとも違うように思えた

「……フゥ。こういった事は初めてなりに、上手く演技出来ていたと思うのですがね」

 俺が問うと、誤魔化しは聞かないと観念したのか、スカイさんは元の凛々しさがある表情へと戻り、身だしなみを整える。

「何故気付かれたのでしょうか。迫る時は結構本気で迫ったのですがね。触れられたりキスされても良いと思うくらいには」
「……まぁ昔の身近に、貴女のような演技をする女が居たんですよ。俺がとても嫌っている、ね」

 何故気付いたかと問われれば、単純に三十年以上経っても忘れないような、似た行動をする女を知っているからだ。
 前世にいた、男を己が快楽と緊張スリルを味わうために利用する事にしか考えていなかった、同じ血が流れている事を嫌悪していた存在が使っていた演技と同じ空気を感じたから気付いたに過ぎない。
 まぁ気付こうと気付かまいと、本気であろうと断るつもりではあったが。

「それは残念です。上手くいけば騎士団でも自信を持てる、というのは本当に思ってはいたんですが……」
「私が言うのもなんですが、身は大切にしましょうよ」
「大切にはしていますよ。私だってまだオト――ああ、申し訳ありません、私がこうした理由でしたね」

 なんかスカイさんが変な事を言いそうであったが、気を取り直して俺から一旦離れ、理由を説明しようとしだす。

「まずは説明の前に改めて謝罪を。家庭を持つ貴方にこうして迫った事を謝罪させて頂きます」
「シニストラ家のご令嬢が頭を下げられる必要は有りません。貴女が単独で私を貶めようとした、という訳ではなさそうですから」

 若干ヴァイオレットさんと仲が悪いから、家庭を壊すために好きでもない俺に迫ろうとした……みたいな予想もあったが、それは無い……と思いたい。前世の妹の話だと、わりと「嫌いな相手を陥れるために好きでもない男を奪おうとする」みたいな事もよくあったから不安になるが。

「いえ、私としても貴方を試そうとしたのは事実なのです。私の外見と演技が何処まで行けるのか……というような」
「えー」
「それで貴方に既成事実を作って寝取ろうとした理由ですが」
「寝取る言うなや」

 確かにさっき寝取るとかそんな会話は有ったけれども。
 そして色々とぶっちゃけるなこの方。騎士として言う事は言う……ような感じだろうか。なにか違う気がするが。

「本日私とローラン様以外にも、ティー殿下に護衛がおられたのはお気づきでしょうか」
「周囲に居る大勢の彼ら、の事ですよね」
「はい。実は彼らの中にティー殿下を傀儡とするために行動しようとしている一派が居りまして」
「……はい?」

 え、今スカイさんはなんと?
 傀儡とするための一派……ああ、確かあの乙女ゲームカサスでも存在が示唆されている、シュバルツさんとかを雇って他の候補者を潰し、比較的操りやすい第四王子バーガンティー殿下を国王と据えようとする奴らの事か。
 あの乙女ゲームカサスでも主人公ヒロインの邪魔をする役割の面倒な奴ら。……え、彼らが居るの?

「そして私のシニストラ家はちょっと色々あって没落寸前なんですが」
「軽く言わないでください」
「このままでは私は子爵家でも貴族でもなくなり、憧れの騎士団にも入れなくなります」
「…………」
「そこで、援助して子爵家を保たせていやる代わりに私の言う事を聞けという悪魔のささやきがありました」
「……その命令の内容は?」
「“クロ・ハートフィールドを篭絡せよ。協力関係に持たせることが望ましい”」

 さいですか。
 ……でも、何故ここまで話すのだろうか。内容からして話すべきでは無いように思えるのだが……

「そして“無理ならば、行動を起こす時間に足止めをするのが良い”……です」
「行動を起こす時間?」
「はい。……クロ・ハートフィールド卿。協力して頂きたい事があります」

 スカイさんは外していた騎士としての装備を再び装着する。そして先程までのこちらを蠱惑しようとする表情ではなく、今日一日多く見ていた真面目な表情ではあるが、真剣さも帯びた表情で俺を見据える。

「協力、ですか」
「はい。……貴方を信用できる方と思って、お頼みしたいのです」

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