追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

どうだ、良いだろう?


「元々私が興味を抱き聞いた事です。なにを心配しているか仔細は分かりませんが……良いですよ。この場でいかなる評価をくだそうとも、問題にはしないと誓わせて頂きます」
「ありがとうございます。そのような事を言って頂いて……」

 俺が頼み込むと、バーガンティー殿下はとりあえず俺の願いを聞き入れてくれた。訳も分からず頼み込んだので、スカイさんがあまり好ましくないというような複雑な表情をしていたが、今は気にしないでおこう。

「では、現状の兄君達についてお話させて頂きます」

 俺はあまり保険をかけすぎて勿体ぶると良くないとも思い、改めてバーガンティー殿下はの方を向いて話を始める。
 出来る限り穏やかに、かつ言葉を選んで話さなくてはな……







「ルーシュ兄様が旅の目的である女性を見つけられたのは素直に喜ばしいと思います」
「はい」
「スカーレット姉様が好きかもしれない相手を見つけられたのは好ましいと思います」
「はい」
「ですがその相手が、空を飛び、万全ならB級モンスター程度は軽く屠る女性と、毒物を愛して自ら摂取しては吐く……女性……ですか。しかも未成年……それに王を目指す理由が法律を変えるためって……」

 俺が一通り話すと、バーガンティー殿下は理解しようとして受け止めきれずにいた。だけど「嘘じゃないか」とは言わずに信じて受け止めようとしている辺り、信じやすいというか素直と言うべきなのか。
 スカイさんは視線で「適当な事を言って惑わそうとしているのではあるまいな」的な事を訴えかけていた。こちらは明らかに信用していない。
 ローブの女性は……よく分からないな。表情が魔法のせいで見えにくいのもそうだが、動きが少ないので読み取りにくい。……それにしても、姿勢が綺麗で佇まいがヴァイオレットさんのように凛としているな。

「それでは、お会いになりますか? よろしければご案内いたしますが」

 一通り話し、俺はこのままでいるのも良くないと判断し、案内を提案する。
 ヴァイオレットさんと一緒に過ごす時間が減るのは嫌ではあるが、なんだかグレイのような信じやすいタイプのバーガンティー殿下をシキに放り出すのは心配である。兄君と姉君を連れ戻す前にというか、出会う前に力尽きそうな感がある。
 だけど多分断るだろう。この件は兄妹の問題でもあるだろうし、なにせ俺はアレを殴ったような相手だから――

「……そうですね。ご案内お願いしましょうか」

 と、思ったのだが。意外にもバーガンティー殿下は俺の申出を受け入れた。
 ……突然来たのもそうだし、なにかを企んでいるのだろうか。あるいは断るのも悪いと思って受け入れただけかもしれないが。

「では行きましょうか」
「はい。……ああ、確か今屋敷には貴方だけなのでしたね。戸締りまで外で待っていますので」
「いえ、玄関さえ閉めれば大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 バーガンティー殿下はグイッと出された紅茶を飲み干し、立ち上がる。出されたモノなのだから飲み干そうとしているあたり根は良い子なのだろうか……? アレの弟だし、あの乙女ゲームカサスだとシュバルツさんを暗殺者として雇う一派を管理しきれなかったりしていたから複雑であったが……流石に訝しげに見過ぎか。失礼にも程があるな。

「……ティー殿下。参りましょうか。お足元にお気を付けください」
「それはこちらの台詞ですね。次はこけないで下さい」
「うっ……」

 バーガンティー殿下はこちらの視線に気付いていないようであるが、対してスカイさんは俺の事を警戒している。俺の経歴を考えれば当然と言えば当然である。
 それにあの乙女ゲームカサスだと……融通が利かなく身分関係なく相手を救いたいと願う彼女は、ヴァイオレットさんと致命的に相性が悪くひどく嫌っていたはずだ。それがきっかけでシャトルーズルートではトラブルを巻き起こしたり、主人公ヒロインとぶつかる事でキツイ性格が大分緩和されるストーリーであったりする。……メアリーさんならそれを知っているから、話し合いをしていて性格が変わっているかもしれないが……今まで会ったことは無いし、まずは観察しないと駄目か。
 とりあえずは俺は嫌われても別に良いが、ヴァイオレットさんを嫌っていたら俺も嫌いになろう、そうしよう。

「では、行きますか」

 俺は立ち上がって部屋の扉を開けて抑えながら部屋外に出て、全員が出るまで待ち、バーガンティー殿下とスカイさんが部屋に出るのを確認する……が、最後のローブの女性が出ていこうとしない。不思議に思いつつ、部屋の中を見てみると――

「クロ男爵」
「っ!?」

 唐突に俺の前にローブの女性が現れた。
 いや、違うか。俺が中を見たタイミングとローブの女性が出ようとしたタイミングが被っただけか。

「どうかされましたか?」

 顔は見えないが、身長差的に見上げる形になるローブの女性。……こうして見るとヴァイオレットさんより低いくらいだろうか。
 ともかく、俺を呼んだという事は理由があっての事だろう。仮面の男のせいでこういった顔が見え辛い不詳の相手はいつもより警戒しないと駄目ではあるので、内心で心を引き締める。

「私に言われる筋合いは無いと思いますが、ご注意なさってください」
「? どういう意味でしょうか」

 ローブの女性はよく分からない事を言いだし、俺は問い返す。

「後でお話します。今はただ、注意して欲しいとだけ伝えさせて頂きます」
「……?」

 答えになっていない答えを返された気もするが、ローブの女性はそう言い残しバーガンティー殿下達の方へと向かっていった。
 ……なんなのだろう、彼女は。
 ただ分かる事は、彼女はやはりヴァイオレットさんのように所作が綺麗で、隙が少ない方だ。
 戦闘慣れしているのか、身分が高い教育を受けているのか……彼女には少し注意をしないといけないな。けれどあまり戦闘慣れは違う気もする。

「――と、待たせては駄目だな」

 注意はするが、今はバーガンティー殿下だ。
 殿下を待たせるのも良くないので、早く玄関に向かうとしよう。
 俺は早足で玄関へと向かい、玄関の近くに掛けてある防寒具を手にしてバーガンティー殿下達への方へと駆け寄る。

「では行きましょうか」
「ええ、頼みますよ」

 そして屋敷を出ようとした所で。

「あ、クロ殿、見てくれ。先程レモンさんにお裾分けを貰ったんだ。昨日の野菜といい、これもクロ殿の日頃の行いのお陰、だ、な……」

 嬉しそうな笑み(可愛い)で、お裾分けされたのであろう食べ物を持って帰って来たヴァイオレットさんと対面した。互いに信じられないと言うような表情で固まっている。
 それとは関係無いが、宿屋の夫人にお裾分けされたという食べ物が、牡蠣だとかアサリだとか何故かあるチョコだとか、なんだか特定の効果をもたらそうとしている気がしないでも無いが気のせいだと思っておこう。

「……バーガンティー殿下。それにス――シニストラ」
「……ヴァイオレット・バレンタインさん?」
「バレンタイン……?」
「…………」
「……コホン」

 ともかく、途中で俺の傍に居る彼らを認識し、段々と語調を弱めていき、そして気を取り直していつもの凛々しき表情に戻る。

「バーガンティー殿下。相変わらずご壮健なようでなによりです。此度はシキにご足労頂いたようですね。申し訳ありません、このような格好で」
「あ、ああ。そちらも……元気? なようで良かった」
「はい、お陰様で元気にやっております。私はこの食料を保存いたしますので一旦席を外させて頂きますね」
「手伝いますか?」
「いえ、お気遣いありがとうございます」

 ヴァイオレットさんは食材を持ったまま礼をすると、そのまま食堂の方へと去っていった。このような時でさえ慌てず優雅であり、つい見惚れてしまう。……昨日後ろから抱き着いたし、背中が妙に色っぽく見えるのは気のせいだろうか、いや、気のせいではあるまい。

「…………おかしいな、私の知っているヴァイオレットさんとは違います。……スカイ、学園ではあのようでしたか?」
「……いえ、私の記憶の限りではあのような笑顔は初めて見ました。なんと言いますか……その」
「ええ、どう表現すべきなのでしょうか……」

 その表現すべき言葉や、言いたい言葉は俺には分かる。
 ヴァイオレットさんは魅力的だ。それ以外の評価など無いはずである!



「……幸せそうで、良かった」

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