追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

どう言えば良いモノか


「申し訳ありません、只今唯一の従者は所用にて外しておりまして……私の淹れたものになりますが、どうぞ」
「いや、構いませんよ。こちらこそ突然の来訪でしたから」

 俺は食後の珈琲用にと沸かしていたお湯で紅茶を淹れ、出来うる限り平静を装って来客の三名に対応していた。
 俺が名乗った時や、従者というか使用人が現在いない事に初めは驚かれたが、彼らは特に嫌味などを言う事無く、素直に客間に案内され出された紅茶を受け取った。なんとなく言外に「従者が居ないのはなにか問題があるのでは?」みたいな反応をされた気もするけど……そこは仕方がない事だろう。

「此度はどのような御用でしょうか、バーガンティー殿下」

 俺は紅茶を一通り人数分を置き、改めて机を挟んで対面の椅子に座った。
 結局屋敷の中に入って来たのは、バーガンティー殿下と護衛らしき女性が二名。他にもこちらを見ているような視線はあったが、彼らは屋敷内にも入らず、姿を見せもしなかった。
 視線の感じから暗殺とかの類ではなく、遠くで警戒をしている類のモノであったので放ってはおいたが。

「クロ男爵……で良いのかな。私の事はティーと呼んでくれて構わない。フルネームは長いからね」
「いえ、私のような者が殿下を略称で呼ぶなど恐れ多い事です。私自身に親しくされていると思われれば、貴方自身の進退にも関わります」
「む……困ったな……」

 そんな護衛の者がいるのも、目の前に居る彼の事を考えれば当然とも言えよう。
 バーガンティー・ランドルフ。
 我が王国の第四王子にして、あのヴァーミリオン殿下の弟の赤い髪をポニーのようにまとめた爽やかイケメン。
 あの乙女ゲームカサスでいうと、設定やキャラの台詞だけで言及されるキャラ。俺の知っている情報だと、真っ直ぐで努力家の高潔なのだが、騙されやすい性格。周囲の者が利用しようとしているのにも気付かない、グレイ達と同級生になるはずの十五歳。
 あの乙女ゲームカサスのルートで主人公ヒロイン達へ差し向けられた刺客であるシュバルツさんも、彼の与り知らぬ所で彼の派閥が勝手に雇ったという設定であったはずだ。あと双子であったかどうかは忘れたが、同じ年齢の妹が居たはずだ。

「ティー殿下。あまり強制すべきではないかと。それと、早めに本題に入った方がよろしいかと」
「……スカイの言う通りか。こういった事は強制すべきではないものだ。うん、まずは紅茶を飲んで……」
「………………」
「あー……分かったよ。そう睨まないでくれ」

 女騎士っぽい格好をしている女性が、まだ誰も飲んでいないのに最初に紅茶を飲もうとしたバーガンティー殿下に対し視線で諫める。
 スカイと呼ばれたセミロングな黒髪を揺らす女性は、視線で諫めるのを止めるとピシッ! と効果音がつきそうなほど真っ直ぐな姿勢で、再び直立不動な体勢に戻る。
 スカイ・シニストラ。
 シニストラ子爵家の子であり、攻略対象ヒーローであるシャトルーズの幼馴染でありあの乙女ゲームカサスの登場キャラ。澄んだ空色の目が綺麗な、真っ直ぐな女性。
 ヴァイオレットさんはいわゆる悪役令嬢だが、彼女はどちらかと言うとライバル役と言った方がしっくりくる相手だ。
 シャトルーズルートなどで出て来るのだが、悪などではなく共に競い合うような間柄とでも言うべきか。
 ……どちらにしろあの乙女ゲームカサスにおける設定なのだが。

「失礼、あまり良い茶葉とは言えないかもしれませんが、爽やかな味であって、美味しいものですよ」
「うん、ありがとう」
「シニストラ卿も楽になさってください。どうぞお飲みください」
「……? はい、お気遣いありがとうございます」

 俺が先に紅茶を啜り、紅茶を勧めるとバーガンティー殿下は微笑みながら紅茶のカップを手にし、スカイさんは何故か不思議そうな表情で礼をする。
 そして俺はこの部屋に居るもう一方の方に視線を向ける。

「そちらの方もどうぞ楽になさってください」
「……ありがとう」

 俺がなんとなく知っているお二方に対して、スカイさんと同じように立っている女性は全く知らない女性である。
 服装にかけられた魔法かなにかの影響なのか、黒い髪に桃色の瞳である事と、女性である事は認識出来るのだが、それ以上を探ろうにも別の所に意識が向いて上手く見る事が出来ないでいる。
 確か……ローラン様と呼ばれていたはずだ。子爵家のスカイさんがそう呼ぶという事は、アッシュのようにそれなりの身分で仕えている女性なのかもしれないが……あまり詮索はしないでおこう。

「さて、改めになるが此度の要件なのだが……」

 俺が護衛の方々から視線を逸らし、改めてバーガンティー殿下の方へと向くと彼は要件を話そうとする。
 ……改めて見ると、爽やかなイケメンではあるが、やはりアレと両親が同じせいか若干似た目を持っているな。ルーシュ殿下は父親似の目なのであまり思いはしなかったが、この目が彼らの母親と同じ目とでも言うべきなのか。ヴァーミリオン殿下だとアレと母親が違うのであまり似た印象は持たなかったのだが……と、今は関係無いか。

「このシキに、ルーシュ兄様とスカーレット姉様が滞在していると聞きます」
「はい。ここ数週間は居ますね」

 本当嫌になるほど居るよ。
 ルーシュ殿下は旅の目的とも言える存在が居たので、仕様が無いと言えばしようがないかもしれないが。

「私は彼らを連れ戻しに来たのですが、まずは領主への挨拶をしようかと。そして先日のモンスター被害に関連した報告と……兄様達の状況を聞きに来ました」
「と、仰るとつまり……」
「はい。兄様達は冒険者としてあまり同じ街に長期滞在する事は無かったと聞きます。ですが、今回は冒険に出る事無く、このシキに居続けると聞きます」
「……はい」
「それは興味深い話です。私はなにがあったのかを聞きたく思い、此度の連れ戻しを志願しました。それに兄様達を連れ戻すのには、私のような同じ王族の命令で動かせないといけない所もありますからね」

 バーガンティー殿下の言い方からして、他にも理由は有りそうだが大まかな理由としては今言った内容という事か。
 ……つまり、あれか。バーガンティー殿下の兄君と姉キミの今の状況を話せと言うのか。
 ここ最近のルーシュ殿下とスカーレット殿下というと……

『ロボさん、凄いな! オレも色々な経験をして来たが、こうして空を自由に飛ぶなど夢にも思わなかった!』
『フ、ソウデショウ。デスガ完全回復ニハマダ一ヵ月カカリマスカラ、コレデモマダスピードハ上ガ――』
『さらに素晴らしいのは、世界最高の美しき女性と共に飛ぶことが出来るという事だ! オレの幸運が尽きてしまうのでないかと不安になるが、貴女と共に居られるのならば』
『ウ、ゥゥ……』
『どうしたロボさん!? ハッ、まさか無理をさせてしまったのか!? ならばすぐに休まなくては!』
『大丈夫デスカラ、オ姫様抱ッコハヤメテクダサイ……!』

 王族の責務とか冒険者稼業とか関係無しに、最近外装がちょっと外れ戦う力は落ちたが、顔を偶にだが少し出すようになったロボという未成年女子に夢中であるルーシュ殿下。ロボに対しては大分ポンコツ気味になっていて、平民であるロボと婚姻を結ぶためにあらゆる手段を講じようと画策中である兄君。

『エーメ、ラールドー!』
『うおっ!? いきなり飛びついて来るなと言っているだろうが!』
『えー、いいじゃん。女同士ならこの位の距離感は普通だから!』
『んな訳あるか。そうだとしても、私にはやめろ。毒の草を落とすし、調合も狂うだろうが。……これ以上邪魔をすると言うならば、お前に毒を喰らわせるぞ』
『うっ……やはり謎の動悸が……やはりこれが……!』
『なにを言っている? …………なにをしている?』
『毒を食べれば良いんでしょ。ほら、食べさせて。あーん』
『お前、気でも狂ったか』

 王族の責務とか冒険者稼業とか関係無しに、エメラルドという未成年女子に同性愛に目覚め欠けているスカーレット殿下。昨日の合コン(?)も色々ありはし、男性に対して積極的に接しようとしては居るのだが、どちらかといえばエメラルドの方が良いらしい。
 ようは悪い言い方をすれば、男性あさりをして、女児を合法的に性的に誘惑しようとするために王を目指そうとしている姉君。

――あれを、話せと……!?

 どちらを話しても、碌な未来になるビジョンが見えない。
 バーガンティー殿下はともかくとしても、スカイさんに「貴様、嘘を吐くなど良い度胸だな!」くらいは言われそうな内容である。
 だけど言うしかあるまい。それにどうせ当事者を見れば納得はせずとも、理解はするだろうし。……だけど、一応保険はかけておこう。

「……お話する前に一つよろしいでしょうか、バーガンティー殿下」
「ん、答えられる事ならば答えるが」
「ありがとうございます」

 俺は座りながら頭を下げて礼をする。
 そして顔をあげると、一瞬だがバーガンティー殿下とスカイさんがこちらを訝しげに見ていた気がする。いわゆる「噂と違うような……」的な視線だ。まぁ、それは置いといて。
 まずは俺は質問確認という名の保険をかけなければ。

「私の言う事を虚偽妄想だと判断して、不敬罪を適用させる事だけは無いと誓って頂きたいのです」
「む?」
「具体的に言うと、血の繋がったご家族の見てはいけないものを見てしまう覚悟があると言いますか……常識を一度壊す必要があると言いますか……ともかくお願いします」
「待つのです、どういう意味かさっぱり分かりません」
「お願いします……!」

 俺は必死な表情で頼み込んだ。
 こんな所で不敬罪になって、嫁や息子と離れてしまうなんて嫌だ。絶対にこの条件だけは飲ませねば……!

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品