追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

誰とも会わずには済んだ


「それでは行ってまいりますク――父上、母上! 必ずやアプリコット様と共にルナ組への入学を果たして見せますから!」

 グレイは人馬族ケンタロウスが引く馬車の窓から顔を出し、手を振りながらそう言ってシキを去っていった。
 元気手をよく振るその様は、見ているこっちも元気になるような姿である。

「アプリコットがルナ組になる事を疑っていない辺りが、グレイらしいですねー……」
「そうだな。だが、アプリコットならばなれるだろう。……そういえばクロ殿は何組だったのだ?」
マーズ組です。運動能力試験はトップクラスだったらしいですが、魔法や学力でその組になったと聞きました」

 アゼリア学園のクラスは合計五つある。
 ルナ 組。
 マーズ組。
 マーキュリー組。
 ジュピター組。
 ヴィナス組。
 この中でルナ 組は特に優秀な生徒が集まるクラス。クリームヒルトさんや攻略対象ヒーロー達もこのクラスだ。ヴァイオレットさんもこのクラスである。
 次に優秀なクラスがマーズ組であり、残りの生徒はクラスは他の三つに振り分けられる。
 貴族平民関係なくこのクラス分けは行われるのだが……貴族用と平民用で制服を変えているような学園での仕組みだ。割と試験の教員を懐柔して良いクラスに、とか、平民が貴族と同じ部屋で学ぶなど耐えられないから溝があって抗争がある、といった悪しき文化もある。あの乙女ゲームカサスだとその辺りの問題とも向き合うのだが。

「そうか。私とは違うクラスであったんだな」
「はい。もしグレイ達がルナ 組になったら仲間外れですね」
「まぁ私達は退学……途中卒業仲間だ。そういう意味ではクロ殿も仲間外れではない」
「そうですね」

 ともかく、アイツらなら身体能力は微妙な所だが、魔法の試験で上位になるだろう。基本魔法を大人顔負けに操るグレイと、時間をかけるとは言え飛翔小竜種ワイバーンを一撃で複数体屠る魔法を放てるアプリコット。それだけでもルナ 組に入る素質は持っている。

「…………」
「…………」

 さて、それはともかくとして。今はこの空気をどうにかせねば。
 先程のアプリコットの言葉「夫婦水入らず」という言葉のせいで、グレイ達を見送る前の時よりも複雑な空気が俺達の間を流れている。
 多分だけど、ヴァイオレットさんもどうすれば良いかと悩んでいるだと思う。

「今日――私はなにを――? 確――日の白――――ってから、甘え――汗――着――のだろうか……?」

 その証拠と言うべきなのか、俺に聞こえるか聞こえないかの声量でぶつぶつとなにかを呟いていた。恐らくは心の中で留めておくべき事がつい声に出てしまっているのだと思う。
 普段の俺であれば可愛いとでも思っていたかもしれないが、今の俺は声を出す事によって僅かに動く唇が、やけに色っぽく思えて――

「ああ、そうだ」
『……!?』

 どう声をかけるべきか悩んでいると、俺達ではなく第三者であるブライさんが思い出したかのように声をかけて来た。
 この空気を壊してくれて丁度良い。逃げにはなるが、とりあえず会話をして意識を逸らさねば。そうしないと良からぬ事を考えてしまいそうであった。

「ブラウンの坊主を知らねえか。アイツの長ぇ大太刀を仕上げたから家に行ったんだが、誰も出ねぇんだよ」
「そういえば見送りにも居ませんでしたね」

 普段であれば特に仲の良いエメラルドかブラウンが見送りに来ても良さそうなものだが、両者共居なかった。単純に時間が合わなかった可能性もあるが、ブラウンの場合はこの時期に雪の下で寝ている可能性が有るので気を付けねば。

「武器預かりましょうか? 代わりに届けますよ」

 ブライさんは性癖はアレだが、基本は鍛冶に生涯をかける職人然とした性格だ。少年を除けば槌を打つことを止める事は無い方である。
 普段はロボに届け物をお願いしたりしているし、俺も以前に届け物を預かった事は有るから、助けになるというのならば助けになろう。

「あー……いや、構わねぇよ。お前も領主の仕事が忙しいのは知っているからな。この位は自分では運ぶさ」

 しかし以外にもブライさんは断った。普段であれば打ち終わった商品を投げつけて「誰々に届けておけ」とかいう位なのに。

「意外ですね、シキの他の少年を愛でに行くというならば今すぐ取り押さえますが」
「流石にそこまで節操は………………ともかく、俺も空気くらい読める」
「否定してくださいよ。本当に取り押さえますよ」

 イエス少年、ノータッチのブライさんではあるが、いつ理性が外れるかは分からない。
 シキのまだ純粋な少年達の為にも、今の内に取り押さえた方が良いだろうか……? だけど、空気くらい読めるとはどういう事だろう。

「クロ坊」
「なんです? 俺に少年みを感じたとか言わないでくださいよ」
「言わねぇ。ともかく無駄に年齢を重ねた年寄りの戯言と思うかもしれねぇが、言わせてくれ」

 ブライさんは俺の肩に手を置き、なんだか達観したような視線をこちらに向ける。彼にしては珍しい表情だ。

「お前は体力はあるんだ。独りよがりにやるのではなく、相手も労わってやれ」
「は? どういう意味です?」
「……いずれ分かるさ」
「あの、どういう意味なんです? 何故分かっているさみたいに頷くんです?」

 俺の疑問を余所に、ブライさんはそのまま去っていった。……なんだったんだ。領主の仕事を心配したのだろうか。確かに無理矢理暴走する相手を抑えつける事はあるが、それの事だろうか……?
 ああ、領主の仕事と言えば、仕事にかからねば。見送りとかスカーレット殿下関連とかで今日の分が全然終わって無いからな。

「そろそろ仕事にかかりましょうか。申し訳ありませんが、お願いします」
「…………」
「ヴァイオレットさん?」
「……あ、ああ。そうだな。戻ろうか」

 俺がブライさんとの会話で少し落ち着いた状態でヴァイオレットさんに話しかけると、少し反応が遅れて返事をした。なんだろう、別の事を考えていたような……?

「クロ殿。今日の仕事は屋敷……での、仕事であったな」
「え、あ、はい。そうですね。特に問題が無ければ書類仕事だけです」
「そうか……」

 問いに答えると、ヴァイオレットさんは周囲を見て、我が屋敷の方角を見て、俺の方を見る。
 なんなのだろう。もしかしてまだ意識して、屋敷で俺達だけというのが緊張するのだろうか? ……俺と二人きりなのが嫌でない事は祈っておこう。

「クロ殿、左手を出してくれ」
「え、はい」

 俺が内心祈っていると突然言われ、俺は素直に左手を出す。
 その様子を見てヴァイオレットさんは一瞬躊躇ったが、意を決したような表情になると右手を差し出して、指が俺の薬指にある指輪に一瞬触れたかと思うと。

「一緒に帰ろうか」

 指を絡ませて俺の左手を握り、俺の左側へと移動した。

――成程。……成程?

 これはあれだ。恋人繋ぎとかいうやつだ。あれ、でも俺達は夫婦な訳だから恋人関係になったらランクが下がるのではないか? いや、この場合のランクとはなんだ。良さがランク分けされるのか? 分かるのはこの繋ぎ方はとても良いモノだという事は確かな事だ。
 ヴァイオレットさんは少し俯いていて、表情は読み取りにくい。ただ、なんとなくだけれど顔は赤い気がした。分かる理由は……鏡が無いので見えないが、多分俺の方もそうであると自覚できるからである。

「そうですね、帰りましょうか。……それにしても、不思議ですね」
「なにがだ?」
「冬ですが、とても暖かいです。防寒具がいらないと思うほどには」
「……そうだな、私もだ」
「あともう一つ」
「?」
「ゆっくり帰りたいんですが、良いでしょうか」
「……そうだな。ゆっくりと帰ろうか」
「はい」

 冬の寒空の下。
 いつも歩くより、ゆっくりと歩いて屋敷へと戻っていった。

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