追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

日本語による会話の弊害


 乙女ゲーム。元悪役令嬢。
 そう言った仮面の男は、俺の反応を楽しんでいるように思えた。

『「うんうん、良い反応です。秘密ないしは虚を突かれた相手というのは良い反応をしますね」』
「なにを――」
『「ああ、しばらくは私は日本語でしか質問を受け付けませんので、そのつもりで」』

 なにせ、会話の主導権はこちらにあると言うように、俺の意を介さず日本語で話しかけてくる。挙句には日本語でしか答えを聞かないと宣うのだ。俺を揶揄っているのは間違いない。

『「目的は……」』
『「ん?」』
『「目的は、なんだ」』

 理由は分からないが、仮面の男は俺があの乙女ゲームカサスを知っている転生者と確信している。
 誤魔化しは利かない。無視して捕らえるという手段もあるにはあるが、今逃すと聞き出したい情報も聞き出せなくなる。ならば素直に認めて尋ねた方が早いと判断し、久方ぶりの日本語を口にする。……発音、間違っていないだろうか。
 仮面の男はなにが目的だ。
 愉快犯? 仲間は? あの乙女ゲームカサスのシナリオを利用してなにか仕出かそうとしている? あの乙女ゲームカサスが好きで、物事を原作カサス通りに進めようとした? 出て来るキャラに惚れた結果シナリオを利用とした? もしヴァイオレットさんを好きになっていたら明確な敵だから容赦はしない。ぶっ飛ばす。
 素直に回答するとは思えないが、どの回答にしろ仮面の男の行動を把握する上では重要な言葉になる。様々な推測を思い浮かべ、俺は言葉を待つ。

『「メアリー様の幸せのため」』

 だけど仮面の男の回答は、実にシンプルだった。

『「メアリー……メアリー・スーさん?」』
『「その通り。私の行動理念はメアリー様の幸せの為ですよ。彼女が幸福となる為に、私は行動するのです」』

 ……嘘を言っているようには思えない。
 表情は分からずとも崇拝する相手を崇めるかのような大袈裟な仕草と、加工越しにも分かる声色は真剣そのもので、嫌でも本気という事が分かった。

――もしかして、メアリーさんの魅力に惹かれた感じか?

 メアリーさんのタラシぶりは本物だし、どこかのメアリーさん馬鹿な攻略対象ヒーロー達のように、彼女の魅力に惹かれて惚れてしまったのだろうか。そして恋愛を成就するために、俺が予想している今回の騒動の原因を利用しようとしているのだろうか。
 だとしたらシキでの目的は……やはり先程言っていた脅威となりそうなロボを機能不能にするため、だろうか。あの乙女ゲームカサスにおいて、今後の展開にイレギュラーな存在であるロボを排除しようと……という事だろうか。だとしたら、メアリーさんはロボの事好きであったので、そんな事をしたら嫌われると分からないのだろうか。

『「メアリーさんも大変だな。結ばれるためにこんな事を勝手にされるなんて。お前が誰かは知らないが、こんな事をしてると知られたら、お前はメアリーさんに嫌われるぞ?」』
『「構いませんよ。私が嫌われようとも、ヴァーミリオン殿下と婚姻に結び付けば、ね」』

 しかし仮面の男はその事実は既に理解しているかのようにあっさりと言いのけた。挙句には結ばれる事を目的にしているのではなく、ヴァーミリオン殿下との婚姻を望んでいるとさえ言う。……ハッタリか?

『「別に構わないのですよ、私が嫌われようとも。彼女のお傍に居る事は望みたいですが、絶対条件ではありません。別にヴァーミリオン殿下と結ばれなくてもアッシュ君やシャトルーズ君などでも良いですが……ともかく、私は彼女が生を謳歌するために尽くすのみです」』

 いや、これはハッタリでもなんでもなく、心の底からそう願っている。
 すると何故という疑問も浮かび上がる。
 仮面の男が自身を卑下し、メアリーさんは高貴な存在と結ばれるべきだとか思っている可能性もあるが、何故この男はメアリーさんに尽くそうとしているのか。何故わざわざ、このような……

『「ですから、邪魔はしないでください。私は出来れば貴方方に対し殺しも大怪我を負わせるのもしたくはないんです。今日私はその事を伝えたかったんです」』

 出来れば、という事は必要であればすると言う事か。

『「ロボを傷付けておいてよく言うな」』
『「丸く収まったじゃないですか。彼女は素顔を受け入れられ、第一王子と良い雰囲気です」』
『「結果的にはな。もし居なかったらどうなっていたかも分からない」』
『「その時はその時で、私がフォローしましたよ。数と強化を調整します」』
『「お前にフォローが出来るとは思えないが」』
『「それこそ推測でしょう? 私は出来るのです。……もし出来なかったのであれば、私は事を為した後に裁かれましょう。自決を望まれるのならば、命を持って償います」』

 ……なんなんだ、この男は。
 必要であれば相手も傷を付ける。殺しもする。そして事を為せば自身の命も投げ打つ。その全ては……メアリー“様”とやらのために。

『「……何故だ?」』
『「はい?」』
『「何故、お前はメアリーさんのためにそこまでしようとする。魅力的な女性だからか? 才能に溢れていて国に貢献出来るからか? 惚れたから自己犠牲の精神か?」』
『「……そうですね。迷惑をおかけしたお詫びと言ってはなんですが、その質問に答えましょう。ですが、先程も答えたんですがね」』

 仮面の男は、俺に不用意に近付いてくる。その足取りはこちらが取り押さえようとしても逃げられるという自信があるような、軽やかなものであり、俺の前に立つと質問の答えを返した。

『「私は、彼女を幸せにしたいだけなんです。彼女は幸福になる権利がある。彼女の好きなこの世界の主人公ヒロインになりうる資格がある。――だから、私は彼女がストーリーを歩む手助けをしたい。そのために邪魔な存在は排除する。それだけです」』

 ……駄目だ。この男は危険だ。
 今の内に捕えなければ、取り返しのつかない事をしでかす。
 幸福のために、メアリーさんのために。
 善意を行動理念として、悪意を持って事を為そうとしている事に気付かず、最終的に「こんなはずじゃなかった」などと言うタイプの存在。
 出会った時のメアリーさんと似て非なる、この世界をあの乙女ゲームカサスと似てはいるが違う現実の世界と認識した上で、同じようなストーリーを倣わせようとしている存在。捕えなければ、なにを為そうとするかも分からな――

「さて、私の言いたい事はそれだけだ。聞きたい事は聞けたかな、第二王女殿下?」
「――っ!?」

 そして捕えようと動こうとした瞬間に、俺は仮面の男の言葉と向いた方向に誰かの気配を感じて意識を向ける。
 そこにはハッタリなどではなく、

「……生憎と、ロイヤルな私でも訳の分からない言語のせいで聞くことが出来なかったよ」

 スカーレット殿下が、そこには居た。

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