追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

説得と勘違い疑惑


「良いですか、落ち着いてください。確かに全てを捨ててでも自分を思ってくれる。そういった事に喜びを覚える女性が居るのは確かでしょう。そういった強引さに惹かれる女性も居るかと思います」
「うむ」
「ですがそれはある程度相手を知っていて、多少の心を通わせている事が前提なのです。貴方とて……そうですね、数回パーティーで話した程度の辺境伯家のご令嬢が唐突に“私は身分を捨てたわ、だから一緒に逃げましょう! まさかここまでさせて断るなんて言わないわよね!”なんて、こっちが示唆した訳でも無いのに勝手に盛り上がって唐突に言われても困るでしょう?」
「……確かに」

 俺は必死にルーシュ殿下を説得していた。
 シキで第一王子が身分を捨てて女性に求婚したとか、どのような事が起こるか分からない。様々な噂が立って、アレ辺りにつつかれそうという心配もあるが……一番の心配はロボに負担になる可能性が有るという事だ。
 ロボ……ブロンドは奔放かつ訳の分からない所があって色々やってはいるが、女性として自信は無い。つまりは自分のせいで第一王子が身分を捨てたという事実は心の傷となるだろう。
 ルーシュ殿下は気にしないとしても、ブロンドは間違いなく気にする。ましてや、過去とは違うが自身の見た目が関係している事が原因なのだから、今度は誰かと接する事すら怖がるようになるかもしれない。
 そうなってはとても困る。大切な領民かつ友でもあるのだから、出来たらそのような事にならないようにしたい。

「ですから、身分を捨てるのはまだ早いです。私で良ければ協力しますから、まずは落ち着いてください」
「うむ……そうだな」

 当然成功すればそれに越したことは無いし、応援もする。ロボが幸せになるならばそれに越したことは無いのだから。
 ここ数日は“まずはオレ自身の力でどうにかする!”と言って協力もなにもしなかったが、今なら協力しても別に問題は無いだろう。

「自身の力でどうにかするのが良いのだろうが……」
「そう望むのなら構いませんが……いえ、差し出がましい事を言いました」
「構わん。お前が取り入ろうとしているのではなく、親切で言っているのは分かるからな」

 そりゃあ今更王族に取り入っても意味ないし。
 だけど親切で言っていると思われるとは意外だ。こうして話してはいるが、アレの件もあるし、あまり良い思いはされていないと思っていたのだが。

「お待たせしました、紅茶と珈琲になります」
「うむ、ありがとうレモンさん」
「ありがとうございます」

 会話に少し空白が出来た時、絶妙なタイミングでレモンさんが紅茶と珈琲を運んできた。
 ちなみに酒場なのに紅茶と珈琲が飲めるのはレモンさんの趣味である。あ、そうだ。

「レモンさん、貴女はどう思いますか。身分を捨ててでも想ってくれる、というのは嬉しいですか?」
「クロ領主。彼女は話を分からないのでは……」
「いえ、私は拡張機能の忍術により酒場に居る間は全ての声を聴き分けております。ので、内容は把握していますよ」
「……忍術怖いな」

 まぁこの方は忍術と言っておけば大抵はどうとでもなると思っている節はあるが。ていうか忍術って絡繰り仕掛けの機能とか無いはずだ。あと、ルーシュ殿下は流せるようになっている辺り、ここ数日でシキの特異性に慣れて来たようにも思える。
 ともかく、一応は女性の意見も聞いておこう。女性の話を聞いておけば、少しはルーシュ殿下も考えるきっかけになるかもしれない。

「私は嬉しいですよ。身分を捨ててでも自分を思ってくれるのは。周囲の反対を押し切って逃避行とか私好みのシチュエーションです」

 ……まぁ彼女だとこういう風に言う可能性もあるとは思ったが。

「ですけど、知らない相手にやられても困るのも確かですね。行動も大切ですが、言葉も大切にして欲しいです」
「むぅ……そうか。ありがとう、レモンさん。ご意見感謝する」
「いいえ。私は応援していますからね。もし逃避行する際には協力しますから」

 レモンさんは良い笑顔でサムズアップする。
 第一王子という事は理解しているだろうに、相変わらず親しみのある方だな、彼女。

「あ、そうですクロ君。この間の刺繍ありがとうございます。とても可愛らしくてお気に入りです」
「気に入って貰えたのならばなによりです」
「はい、本当に嬉しかったです。それとヴァイオレットにもお礼を言っておいてくださいますか? 可愛らしいクマさんを仕入れるのを融通してもらったので」
「はい、分かりました」

 レモンさんは俺が渡した可愛らしくレースをあしらったハンカチを可愛らしく見せて、ヴァイオレットさんが融通してくれただろうクマさん(小さなぬいぐるみ)を嬉しそうに持ち、微笑みながら去っていった。……相変わらずの乙女趣味だな、彼女。

「……クロ領主。失礼だが、お前はあまりご兄弟とは似ていないな」
「はい? ええと……ロイロ姉様の事でしょうか」

 唐突な言葉に少し困惑しつつ、出来る限りその言葉の意味を理解するために情報を整理して、言葉に該当する返答をする。
 ロイロ姉とルーシュ殿下は同じ年齢であるので、ご兄弟と言えば可能性はある。後はルーシュ殿下の一つ上のシッコク兄か一つ下のゲン兄の可能性もあるが……

「シッコク・ハートフィールドとロイロ・ダイアーだな」

 ゲン兄以外の一緒な時期に学園に通っていた兄と姉か。
 しかしロイロ姉の嫁ぎ先まで知っているとは……先程の言葉といい、なにか印象に残るような事をやったのだろうか。

「ハートフィールド家当主のブラック氏、奥方のランプ氏とは学園に入る前からオレも会った事がある。準男爵家という立場でありながら、優秀な一家があるとな。長男も才覚を有しているとも。事実シッコク先輩はオレの一つ上の世代としては、優秀な存在であったと記憶している」

 父、ブラック・ハートフィールドは親としては良い存在ではなかったけれど、貴族としての貢献度や貴族の中での勢力への取り入りは凄く上手くて優秀だったからな。
 シッコク兄も同じように優秀で、多分俺が余計な事をして変な形で男爵家にはならなくても、シッコク兄ならば一代で男爵家に爵位を上げただろうと評されていた。
 そして俺のやらかしがあっても、ハートフィールド家は貴族の中で上手いことやっている。複雑ではあるが、優秀な事は確かなんだ。

「彼らは――」

 と、ルーシュ殿下が彼らについてなにか言おうとした所で。

「クロ君は居るかーー!!」

 レインボーの酒場の扉が勢いよく開かれ、誰かが勢いよく入って来た。酒場が少し静かになり、入って来た誰かに注目する。
 その声を聴いた瞬間、内容と声の持ち主からして嫌な予感がしたので頭が痛くなる。
 とりあえず、淹れたての珈琲を飲むとしよう。

「ふぅ、珈琲が美味い。レモンさんは俺の好みを分かっているなぁ」
「クロ領主。気持ちは分かるが現実逃避は止めた方が良い」
「はは、なにを仰いますか。それで俺の家族でしたっけ? 俺はシッコク兄様とロイロ姉様、父様や母様も仲が悪いので。ハートフィールド家に関してどのような評価を受けても問題は無いですよ。どのような評価でもくだしてやってください」
「うむ、複雑な家庭環境にあるようだが、まずはオレ達を確認次第こちらに寄って来る妹を相手をしてはやってくれまいか」

 妹か。そういえば今世の妹であるクリのヤツはなにをやってるかなー。
 アイツも四月から最高学年だし、しっかりとやれると良いんだが。グレイが入ったら連絡してやらないとな。あ、カラスバのヤツは今年卒業だな。卒業記念のなにかを送ろうか。でも下手したら届く前に破棄されるし、変に繋がりを持つと父とかが五月蠅いからなー。

「クロ君」

 現実逃避もここまでにして、俺とルーシュ殿下と話している机にやって来たそのお方の方へと向く。
 なにを言われても大丈夫なように愛しの相手を想い浮かべて心に勇気を付けよう。ヴァイオレットさんの笑顔。そしてグレイの笑顔。……よし、勇気が出た。

「はい、なんでしょうか。レットさん」

 そこに居たのは、やはりスカーレット殿下――であるのだが、何故か表情が俺が想像したものと違う、こちらを心配するような表情であった。
 え、何故こんな表情を?

「ねぇ、クロ君。妻は……大切にしてあげな」
「はい? ええ、大切にしますが……」

 そう言いながら、スカーレット殿下は俺の肩に手を置き、いつものような破天荒さは微塵さも感じられない、哀れみのような表情を向けられる。
 なんだこの表情と言葉は。なにを俺は哀れまれているというんだ。

「うん、例えクロ君がたちあがる事が出来なくとも……大切にすることは出来るからね……」
「立ち上がる……?」

 スカーレット殿下からの言葉から、とんでもない勘違いを受けているような気がするのは気のせいか。





備考
シッコク・ハートフィールド
漆黒くろ髪碧目
ハートフィールド家長男。二十四歳。既婚。
父親の思想を受け継ぐクロが苦手としている兄。
クロがやらかしたのでクロを嫌っている
三児の父


ロイロ・ダイアー
くろ色髪碧目
元ハートフィールド家長女。二十三歳。既婚。
母親の癇癪により歪んでいるクロが苦手としている姉。
クロがやらかしたのでクロを嫌っている
三児の母


ブラック・ハートフィールド
黒髪ランプブラック碧目
ハートフィールド家現当主 四十二歳
クロの現父
貴族の地位に変質的まで拘る毒親
子供が多いのは繋がりを持たせて利用するため


ランプ・ハートフィールド
黒髪ランプブラック翠目
クロの現母
元子爵家(没落)のお嬢様 四十四歳
没落した上、準男爵(当時)に嫁がされた事に現実逃避していたが、長男が生まれた際に「この子を望み通りに育てれば私も成功する」と子供を自分の代用品と勘違いした毒親
癇癪を起しやすい

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