追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

そういう事なんだよ!(:菫)


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「彼女は、笑顔を絶やさない良い子ですよ」

 クリームヒルトについて聞かれ、思い浮かぶのはやはり彼女の笑顔についてだ。
 赤みのかかった金の長い髪に、珍しい透明に近い瞳で笑う姿は、私にとっての笑顔の見本と言えるものである。……以前は、メアリーと何処か似た笑顔であったので、少し苦手な所もあったが。
 誰かの為に喜怒哀楽を表現出来る、優しい子。身分関係なく明るく振る舞い、“自己”を確立する強さを有している。
 学園で味方が居なかった私に対しても、彼女だけは味方……というよりは、話そうとしてくれた。
 私のメアリーへの態度は決して褒められたもので無かったのは確かであり、不当な扱いを受けたとは思ってはいない。けれど、私が孤立した中で彼女だけは私の行動に対して諫めようとしたうえで「だからと言って、それが全てを否定する事でもない」と、私を排斥する空気に支配される学園で、唯一対話を望んでくれた子だ。

「ふーん、良い子みたいね。……赤みのかかった金の長い髪に、透明に近い瞳、ね。」
「そんな優しい子です、クリームヒルトは。だからこそ……」
「?」

 だからこそ、彼女が廃嫡されたという話が信じられない。
 何故かは結局クリームヒルト自身に直接聞く事は出来なかった。メアリーがクリームヒルトから聞いた話だと、

『あはは、私ってお父さんやお母さんと仲悪くってさ。性格が合わないというか、あまり言っている事が分からなくって。……学園で変わったって、言おうとしたんだけど。それでも結局は仲違いして縁を切られちゃった』

 との事だ。
 なんでも、決闘の際にクリームヒルトが学園に居なかったのも、親に呼び出されて話し合いをしていたとの事だ。仲良くなろうとしていたのだが……結局は叶わなかったらしい。
 だが今クリームヒルト自身は冒険者稼業で学費を稼ぎ、学園に入っている間に、

『良い就職先を見つけてみせる! 場合によっては養ってくれる相手を射止めて見せる! ……という訳で、ヴァーミリオン殿下、どう!?』
『援助してやるのは構わないが、生憎と射止められる気はない』
『あはは、フラれた! じゃあ君にいつか頼りにする時があるかもしれないから、その時はよろしくね!』

 と意気込んでいるらしい。……彼女らしいといえば、彼女らしい。
 場合によってはクロ殿と相談してアプリコットやカナリアのようにハートフィールド家に……という手も考えられるが、そのためには廃嫡された理由を聞いて、クリームヒルトが望む形にしなくては。

「? どうしたの、ヴァイオレット」
「いえ、失礼しました。そんないい子だからこそ、あの時彼女の言葉に耳を傾けていれば、学園で孤立せずに済んだのかもしれないと思っただけです」

 とりあえず、その件に関してはまたクリームヒルトと会った時に考えるか、時間を見つけてクロ殿と相談するとしよう。今の私が出来る事と言ったら、彼女の味方が出来るように準備をしておく事くらいだろうから。

「……私もさ、昔クリームヒルト、っていう名前の子に会った事あるんだけどさ」

 私が内心で意気込んでいると、スカーレット殿下が何処か遠くを見るかのような仕草をとりながら、話をして来た。
 そういえばクリームヒルトという名の……透明な瞳を持つ冒険者なら知っている、と先程言っていた。もしかしたらスカーレット殿下は彼女と会った事があるのかもしれない。

「多分私の知っているクリームヒルトと錬金魔法を使うクリームヒルトは別ね」
「そうなのですか?」
「ええ、似た外見の特徴は持っているけど……さっき言っていたけど、その子の戦闘能力は錬金魔法の道具を除けば優れてはいても、傑物ではない、って感じなんでしょ?」

 その問いに私は「はい」と頷く。戦闘能力私よりは場慣れしているだろうが、私と変わらない程度であると思う。
 スカーレット殿下は緑色に近い紅茶を一口啜り、ふぅと少し間を置く。

「だって、私が冒険者のクリームヒルトに会った時に思ったもの。私はこの子に勝てない。勝ってはならない、って」
「勝ってはならない、ですか。何故でしょうか」
「うーん、なんて言ったらいいのか分からないけど……強いって単純に力じゃないって思い知ったというか……クロ君が前に言っていた言葉を理解出来た、というか」
「クロ殿が言っていた言葉ですか?」
「お、おお、近い、近いよヴァイオレット」

 はっ、イケない。クロ殿の名前が出た途端身を乗り出してしまった。

「クロ君に勝てない、って言ったでしょ? で、負けた時に強くなる秘訣が無いかと(無理矢理に)聞いたんだけど……“一番は手加減をしない事ですよ。褒められた事では無いですし、私はどうしても手加減をしてしまいますが”って言われてさ」
「手加減ですか?」
「そ。力とか技術、積み重ねも大切だけど、一番は手加減を無くす事が戦いにおいては重要だってさ。貴女達だって傷を付ける事が好き、って訳でも無いでしょ?」

 ああ、成程。つまりは善意や倫理観の話という事なのだろう。
 相手に殴られるよりも、殴る事の方が心的負荷がかかる者が居るように。どうしても傷を付ける事に躊躇うために無意識に手加減をしてしまう。相手がモンスターといえど、生物には違いない。そこに自身の良心が邪魔して本気を出せずに躊躇いが生まれる。故に躊躇いを無くす事、手加減をしない事が強くなる心構え、という事か。

「その時は言葉の意味では分かったけど、その冒険者のクリームヒルトに会った時に理解したんだよね。ああ、こういうのを言ってたんだな、って」
「つまりそれは……」
「そ、ある程度研修とか訓練とか冒険をして来たつもりだったけど、彼女を見た時、結局は私も甘やかされて育ったんだな、って」

 スカーレット殿下にそのような事を思わせるとは、冒険者のクリームヒルトはどのような事をしたのだろうか。……怯まずにモンスターに戦って急所を突いて倒し、血塗れになった姿を見て向いていない、と思っただけかもしれない。英雄譚に憧れて冒険者になった者の中にはそういった血生臭い部分を見て挫折する者も多いと聞くが、その類か。

「…………」

 ただ、シアンがスカーレット殿下の言葉に対して黙って居たのが気になった。

「ま、彼女の話はこの位にして、別の話題をしよう」

 するとスカーレット殿下はパン! と手を一回軽くたたき、空気を変えて話題も変える。
 ……なんだろうか、この笑みは。
 昔からスカーレット殿下がこういった笑みをする時は嫌な予感がすることが多い。大抵が――

「別の話題、ってなにをするの、レットちゃん」
「ふふふ……そう、この場で結婚しているヴァイオレットに――」

 そう、大抵が禄でもない、子供じみた事を言われ、困らされることが多いからである。
 ……逃げる準備だけしておこう。

「今後の参考の為に、夜の生活についてを聞かないと!」
「申し訳ございません急用を思い出したので帰ります」
「逃がさない!」

 くっ、逃げ道を塞がれた!
 無駄にこういう時だけクロ殿やシアンと並び立つ身体能力を発揮するなんて!

「おうおう、ヴァイオレットさんよー。その発育の良い肉体でどんな事をしてんのかなー。誑かして楽しんでんじゃないかい、ぐへへ」
「ぐへへ、って実際に言う子初めてだよ」

 なんだその下世話な会話をする不良みたいな口調は。完全に面白がっているな、この方。
 パーティーなどで会った時はまだここまででは無かったのだが……冒険者としてのこれが彼女の素なのか、冒険者として振舞っている性格なのかは分からないが、とにかく厄介なことは確かである。

「レットちゃんー、あまりイオちゃんを虐めないであげて」
「えー、でもシアンも気にならないの? 後学の為にさ」
「そりゃ、私だって気になるといえば気になるけどさ」

 そしてシアンは困っている私を見ながら、苦笑いをしてどういえば良いか少し悩んだ後、私に視線を送る。私はそれに対し恥ずかしながらも頷くと、私の代わりに説明をしてくれた。

「話せないものは話せないし、聞けないものは聞けないという事」
「どういう意味?」
「そういう意味」
「ん? ……ん、つまりどういう……?」

 シアンの言葉に、スカーレット殿下はただただ困惑していた。
 別に現状不満がある訳では無いが、この手の話は何回目だろうな……はは、もう少し慣れて来てしまった自分が恨めしい。

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