追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

黄褐の申出(:偽)


View.メアリー


「ふぅ、疲れました……」

 私は休日の学園の廊下を、他に誰も居ないことを確認しながら小さく息を吐いて、愚痴を零しました。
 資料室での件は、あの後どうにかアッシュ君とシャル君の決闘を説得の末に止める事が出来ました。生徒会に入ってから今の所一番疲れた事であった気がします。

――それにしても、積極的になって来た様な気がします。

 元々積極的かどうかと問われれば、何度も好意を見せられた事は有ります。
 ですが今までとは違う積極性が有った気もします。アッシュ君にも言いましたが、なにかに焦っているような……?
 それと……今までは“ゲームの世界だから”という前提があったためどうにかなっていた所がありますが、あの綺麗な顔と魔性の声に迫られると緊張が高まるのでこれから大丈夫かと少し不安になります。
 あんないつもより近寄られて――

――今は別の事を考えましょう。

 勿論その事に不安もありますが、今は別の事について考えましょう。目を逸らすのも駄目ですが、考えると頭が沸騰しそうな感じになるのでまともに考えられそうにないです。
 とにかく、資料室から持ち帰って来たこの本。カサスにおける重要な歴史が記されている本。主人公ヒロインが読む事で、他のルートでは大人しいのに何故かそのルートでだけ復活したりする凶悪モンスターからくる各地の窮地を救う事が出来る情報がある本です。
 私はこの本を読んで確認を……

「……そういえば、クリームヒルトは……」

 主人公ヒロイン。という単語が私の中で出て来ると、私はクリームヒルトの事を思い出します。
 私が立場を奪った子。カサスでは主人公ヒロインであった子。
 カサスではデフォルトネームはなく、家族についてもあまり出てきません。不仲ではなく、仲が良いという描写はあった気はします。
 ですが、今のクリームヒルトは廃嫡され家名を失い、それでも笑顔を絶やさない元気な女の子になっています。
 私という異分子が紛れ込んだのが原因……あるいは描写されなかっただけで、元々そういった過去を持っていたのかもしれませんが、なにかが違う気がするのです。
 錬金魔法の師匠が長くクリームヒルトを指導したり、カサスとは少し違う笑いをしたり、偶に彼女の目が――

「感情が、灯っていないような……」
「感情がどうかしたのかな?」
「っ!」

 私のふと漏れ出た言葉に、反応した方が居られました。
 どうやら意識が散漫になっていたようです。私が声のした方を向くと、そこに居たのは……

「エクル先輩?」
「や、どうしたのかなメアリーくん。こんな休日に学園に居るなんて」

 そこに居たのはエクル・フォーサイス先輩。
 白髪黄褐目の眼鏡をかけた慕われやすいタイプの首痛め系先輩です。実際には痛めていません。
 カサスではお兄さん的な役割で、主人公ヒロインを女の子扱いというよりは妹扱いをする距離感が近い役割を持つ一つ上の魔法が得意な伯爵家令息です。

「はい、生徒会のお手伝いがありまして」
「あ、そうか。メアリーくんも生徒会に入ったんだったね。改めてこれからもよろしくね。困った事があったら先輩を頼ってくれていいから」
「ふふ、はい。頼りにさせて頂きます」

 貴族の方でも取り分け親しみやすいエクル先輩は、女生徒が見惚れる爽やかな笑顔を浮かべます。

「それで、なにか悩んでいるようであったけど……その持っている物と関係あるのかい?」

 エクル先輩は挨拶を済ますと、私が持っていた本を入れた鞄を見て尋ねてきます。……先輩は明るく振舞っているように見えて、実は内心では鋭く小さな事にも気づくタイプなので、気をつけないといけません。

「ふとクリームヒルトの事を思い出しまして」
「彼女を?」
「ええ、最近の彼女はどこか虚ろな気がしますので心配していたのですよ」
「確かにそうかもしれないね。なんだか週末は冒険者として今まで以上に依頼をこなしているようだし。今日も寮から街へ行くのを見たから、今日も行っているだろうね」

 その言葉を聞き、ふと不安を覚えました。
 彼女は間違いなく強く、無理はしないとは思うのですが……先程抱いた疑問もあり、放っておいて良いのかと心配になります。
 ……ですが、依頼、ですか。丁度良い機会かもしれません。明日は学園の授業がありますから、そう遠くには行かないでしょう。
 索敵の道具もありますし、はしたないですが“依頼をこなしている状態の”クリームヒルトを見るのも良いかもしれません。……不思議と、その状態のクリームヒルトを見ると疑問が晴れる気がします。

「クリームヒルトくんの後に付いて行きたいのかな?」
「え?」
「メアリーくんがそんな表情をしたからね。なにに対して不安かは分からないけれど、同じ錬金魔法の使い手として、友達として心配なのかな、って。だから付いて行きたい、みたいな表情をしていたからね」

 私の反応を見て、エクル先輩は心情を見抜いたかのように言葉を掛けます。
 ……本当に鋭い先輩です。私はそんなに分かりやすいのでしょうか?

「ええ、心配ですから付いて行きたい気持ちは有ります。ですが冒険者として街に繰り出したのならば、余計な気遣いは彼女に失礼ですからね」
「……ようし、じゃあ先輩とデートしよう!」
「デートですか?」

 唐突な脈絡のない言葉に、私は疑問を抱きます。何故急にそのような……はっ!? まさかアッシュ君やシャル君のように、エクル先輩までもが積極的になり始めているというのでしょうか!

「そう、デート。首都近くの道外れや森、高原とか一緒に行かないかな。偶々何処かの誰かと会うかもしれないけど、男女が一緒にデートをしているだけなんだから、問題無いだろう?」

 成程、エクル先輩なりに私の気持ちを汲んでいるようです。
 心配で付いて行くのではなく、あくまでも別の目的があるという理由付けを提供してくれているのでしょう。本当にデートをしたいという訳では無いのでしょう。

「まぁ、このまま学園内で一緒に過ごすのも良いけれど……折角の休日を、メアリーくんと過ごしたい。是非デートをしてくれないかな」

 ……あれ、どちらでしょうか?

「ふふ、ありがとうございます。エクル先輩、私は――」

 ですが、私の心配が当たっているのならば、エクル先輩を巻きこむわけにはいきません。
 ありがたいですが、断ろうとして……

「なんでメアリーさんと先輩が一緒にいてデートの約束をしようとしているのだろうそしてメアリーさんも満更ではなさそうに微笑んでいるのだろういや落ち着けメアリーさんは優しいから常に微笑んでいるだけなんだ断る時もあんな風に微笑んで返すだろうだけど願い出を断らないとも限らないから邪魔をしたいけれどそんな事をしてはメアリーさんに嫌われてしまうし笑顔を奪ってしまうだから僕に出来る事はこうして見守るしかないんだそうだだから落ち着け僕はセイフライド家の血は操れるようになったじゃないか今更飲み込まれてたまるものかふふふふふふふふふふふふ」

 ……なにか呪詛のようなものを喋る銀髪の子が居るのが、視界に入りました。

 ――え、なにが起きているのです?

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