追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

束縛して独り占め


「ス――レットさん! あまりクロ殿にそのような密着をなさらないでください」
「えー、どうして?」
「レットさんは未婚の身なのですから、妄りに男性には、その……」

 俺が女性に挟まれている状況を見て、ようやく慣れて来ていた雪の上を少しよろけながらヴァイオレットさんは慌てて駆け寄って来た。その様子を見るなり肩に肘を置くのをさり気無くやめたシアンに対し、離れないスカーレット殿下に慌ててはいるが冷静に努めようとしている様子で言葉を掛ける。
 嫉妬してくれているのだろうか。……こう言っては不心得者かもしれないが、少し嬉しい。けれど不安にさせるので、出来るだけ止めておこう。

「私だって誰彼構わずは接しないけど。相手が信頼できる相手だからこうしてやっているの」

 そう言いつつスカーレット殿下は肩に二の腕を置きつつさり気なく胸を押し当てようとしてきたので、さり気なく距離をとって回避する。するとスカーレット殿下が微妙に舌打ちしそうな表情になったのは気のせいではあるまい。
 その様子を見てヴァイオレットさんはさらに不安そうな表情になったが、出来る限り平静を装っている。

「ところでさ、聞きたいんだけどあの相手の……女の子で良いんだよね。兄様の相手の女の子について聞かせてよ、クロ君。ほら、未婚の王族にこうやって触れてる責任取ってさ」
「当たり屋かなんかですか貴女は」
「当たり屋?」

 てか普通に王族って言ってるな。多分ルーシュ殿下が自身の身分を宣言したこの場に居るからだろうけど。

「ロボはですね……ロボです。中に恥ずかしがりやな女の子がいます」
「うん、ローちゃんはローちゃんだね。B級モンスターなら軽く屠れるよ」
「ええ、ロボはロボです。彼女はよく空を飛んで多くの危機を救ってます」
「貴方達私が世間知らず気味だからって適当に言ってない?」

 そう言われても、そうとしか言いようがない。
 あんな古代の未来技術について説明しろと言われてもどう説明して良いか分からない。機械がどうとか言っても通じないだろう。あれが機械なのかは甚だ疑問だが。

「でも空は飛んでましたし、強そうなのは確かですよね」
「うぐっ……しっかし、兄様があそこまで言うとは。本当に出会えたのが嬉しかったいみたいね」

 俺が飛んでいた事を言うと、スカーレット殿下は俺達の言う事が適当では無いのかと思い、あまり認めたくなかったのか少し違う話題に切り替えた。スカーレット殿下は破天荒気味ではあるが、自身の常識の中で色々葛藤しているのだろう。

「ああいう風に熱烈に告白されたいものねー。そう思わない、クロ君?」
「何故そこで私に振るのです。……女性はやはりあのように強気の男性が良いので?」

 少女漫画とか乙女ゲームだと割と強気な男性であったり、俺様系は人気な事が多いが。現実でもやはり強気に出る男性が良いのだろうか。そりゃあ弱気の男性に見向きする女性は少ないだろうけど。

「そりゃ私だって乙女成分が涸れ果てる訳じゃないからねー。ああいう風に熱烈に告白される事を夢見る事も有るのです。という訳で私に告白する気はない?」
「なにがという訳で、ですか。私には大切な妻がいるので遠慮いたします」

 あとさっきからヴァイオレットさんがスカーレット殿下がなにか言うたびに慌てそうになったり、安堵したりと表情が僅かに変わるのが面白いな。――といけない、いけない……

「くっ、王族に逆らうか……! まぁクロ君らしいと言えばらしいけど」
「レットさんはクロ殿……私の夫と仲が良いのですね。学園生時代からなのでしょうか?」
「いいえ。退学……卒業前後に初めて話したくらい。けど、その時に勝負を挑んで何度か負けて。初めて勝ちを一度も拾えなかったから、領主になった後も何度か勝負を挑みに会ってたの。戦ってはすぐ旅立ちはしたけど」

 ……もしかしてさっきの“初めての相手”ってそういう意味なのだろうか?
 なんて紛らわしい言い方をするのだろう、ワザとなのだろうか。

「く、やはりあの時さっさと手を出しとけば良かったという事なの……? 既成事実さえ作っとけば……いえ、今からでも遅くは……?」

 そしてなにを危ういことを言ってんだこの方は。
 今から既成事実とか、公爵家の娘を迎えときながら王族に手を出すって悪い意味で歴史に名を遺す所業だぞ。よくて国外追放であろう。
 冗談半分な気もするが、半分は本気な気もしたので、俺はきちんと断りを入れようとした所で。

「だ、駄目です! スカーレット殿下が相手であろうとお渡しすることは出来ません!」
「ヴァイオレットさん!?」

 スカーレット殿下とは逆の右腕を、慌てた様子のヴァイオレットさんが抱きしめてきた。
 肘辺りがなんか厚手の服越しからでも分かる弾力のあるものに挟まれている。そして奪われないようにしたいと言うかのように、腕を引っ張られる形になる。
 それに呼応するかのように、スカーレット殿下は俺の左腕を引っ張る。え、なにこれ。

「ふーん、そんなに嫌?」
「と、当然です!」
「王族命令でもー?」
「命令でも、です!」
「一夫多妻はダメ? ハーレムこそ男の本懐! ってやつ」
「ダメです! 我が王国では一夫多妻は認められていませんよ!」
「認められれば認めるんだ。じゃ、私が王妃になって法律を変えれば良いの?」
「そういう事では――」
「ねぇクロ君。王様になる気はない? うちの馬鹿弟の事も含めてこの国事牛耳ってみない? 手始めに私と結ばれるとかどう!?」
「スカーレット殿下!!」

 なんだこれ。
 なんで俺が妻と第二王女の取り合いになっているんだ。口を挟もうにもなんか両者の熱意のせいで挟むに挟めない。

「へいへーい。美女に取り合いをされている色男さんよー。羨ましい限りですなー」
「見てないで止めてくれ……!」
「ふっ、一介のシスターが王族とそれに連なる者の会話になど入れんのですよ」
「お前そんな事気にするタイプじゃないだろう」
「外部の女に助けを求めるなんて情けない事をせずに、自分の力でどうにかしなさいな」

 くそっ、正論だ。確かにここで外部に助けを求めるとか情けなさすぎる。

「おお、あれは伝説のオンナタラシ! いつぞやの洞窟の中の時のように、クロ様は私めの母上を増やされるおつもりなのですね!」
「弟子よ。あれはそういった事ではないぞ。あと母は基本増えるものではない」
「すまないな、領主の息子である少年。うちの妹はああなると面倒なんだ」
「妹……やはりあの方もそうなのか……毒を混ぜなくて良かった……」
「少女達よ。オレ達は今は冒険者扱いで良いぞ。でなければ男を取り合ってる王族とか情けない」
「貴方も女に逃げられ、貴方の三男坊の弟は今妹が取り合っている女を見捨てた挙句平民の女にご執心なのに結ばれる糸口すら掴めていないのですから、貴方方ご兄弟の男女のトラブルに関して今更ですよ」
「……毒好きという少女と聞いたが、毒も吐くのだな。事実だけに否定できん……」

 周囲からの視線も痛い。
 右腕の弾力のある圧迫感が幸せとか、必死に繋ぎとめようとしているヴァイオレットさんが可愛くて嬉しいとか思っている場合じゃない。早く終わらせないと、変に噂が――

「束縛しすぎはダメなんだから。弟の時も――」
「貴女は立場では敵いませんし、魔力も勉学も戦いでも私は敵いません! それにお姿も魅力的なのです! 貴女に誘惑されてしまったら、靡く男性は多く居るのです!」
「お、おお?」
「束縛と言われようと構いません! 私は大好きな夫の全てを独り占めしたいのですから!」

 ――噂が立つとかそういうのを気にしない、ヴァイオレットさんの大声が教会前の広場に響いた。
 売り言葉に買い言葉だろうが、これは……うん、どうしよう。

「お、おお……そうなの。ご、ごめんねヴァイオレット。貴女がクロ君を好きなのは分かったから。(……どうしよう、ヴァーミリオンの時みたくなって無いか確かめようとしただけだったのに、私の知ってる束縛とは違う……)」

 後半は上手く聞き取れなかったが、スカーレット殿下はヴァイオレットさんの言葉に大人しく引き下がり、左腕から距離をとった。お陰で奪い合う形から解放されることが出来た。
 うん、まぁそんな事よりも。えと、どうしようか。
 とりあえず自身の心情を落ち着かせるのに、しばらく時間がかかった。

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