追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

慣れない言葉


 妃。
 ようは王族の妻。
 なるには教養、あるいはこの国では武勇が必要である。そしてなによりも重要なのが、身分だ。
 俺の一つ上の位である子爵家ですら、王族相手だと良くて側室あいじんになる程度だ。それこそ相手が平民であれば、いつの間にか王族の子を身籠って認知した、くらいしないと側室すらなれないだろう。それも後ろ盾が無いので立場的に危ういだろうが。
 あの乙女ゲームカサスのヴァーミリオンルートなどだと、平民の主人公ヒロインは武勇を立て、功績をあげて王妃となる事も有るが。それはともかく。

「……妃、デスカ?」
「そうだ」

 そんな妃になって欲しいと、ルーシュ殿下はロボに対して再会して五分程度で告白をした。
 元々当ても無い旅を数年間続けて、ようやく運命的に出会えたのだからテンションが上がったのだろうが、いくらなんでも性急過ぎやしないだろうが。
 周囲の皆は唐突な告白(身分を含む)に困惑しているし、変に動く事も出来ないので固まっている。

「何故、デスカ?」
「何故?」
「私ト、貴方ハ、碌ニ会話モシテイナイデスシ、ワタシノ事ヲ知リモシナイノニ、何故ソノヨウナ言葉ヲ?」

 ロボは先程まで顔を見られたという事に対し精神が不安定になっていたが、“顔を見た”はずのルーシュ殿下が何故そのような言葉を言うのか分からなかったのか、不安定な状態を忘れたかのように疑問の言葉を出す。

「貴方ガ、ワタ、ワタシノ、顔見タトイウナラバ、ソノヨウナ言葉ハ、出ナイハズデス」
「理由? それは――貴女に救って貰えた時、目が合った時にオレは思った」

 疑問を抱くロボに対し、ルーシュ殿下は真っ直ぐ見つめながら、

「こんな綺麗なと出会えるなんて、オレは最高な祝福を授けられているとな!」

 迷う事無く、

「ようは一目惚れだ! あの出会いの以前にも後にも、貴女より綺麗な女性は見た事が無い! だから改めて言うぞ――オレの妃となって欲しい!」

 聞いているこっちが恥ずかしくなるような、愛の告白をした。

「一目惚レ……?」

 ロボは理解不能そうに、ルーシュ殿下の愛の告白に対して固まった。
 言葉の意味としては理解できても、自身に言われる事は想像もつかなかっただろう言葉に、処理落ちしかけているよう見える。あのようなロボはあまり見た事が無い。
 だけど、救ってくれた時とはなんなのだろう?
 ルーシュ殿下は全てを話さなかったという事なのだろうか。別にその事自体は構わないが……

「モ……」

 と、俺が考えていると、ロボが再起動してなにか返事をしようとする。

「申し訳ありません只今、神の女王と戦の女神と美の女神の緊急通信が入りました! ワタシはこれで失礼します!」

 なんだその、国を巻きこんだトロイア的な戦争を引き起こしそうな女神達の呼びかけは。

「それでは、トウ!」
「な、ロボさん!?」

 ロボはルーシュ殿下の手を振り解き、そのまま装甲を高速展開して上空へと飛び立った。
 逃げたな。流暢に喋ってた辺り、動揺したのか逃避なのかは微妙な所ではあるが。

「くっ、流石に急すぎたか……? だがあのように飛べるとは! オレの見立てに狂いはない。彼女は美しいだけではなく、強い女性なのだな!」

 対してルーシュ殿下は目をキラキラさせていた。あれは……やはり恋は盲目、というやつなのだろうか。
 こう言ってはなんだが、告白を無碍にされて不機嫌にならなくて良かったと思う。アレの兄とは言え、流石に――

「ええと、ルシお兄さん……ルーシュお兄さん? ロボお姉ちゃんに逃げられたみたいだけど、気を取り直して。寝れば気も紛れるだろうから」

 ブラウンーー!?
 唯一ルーシュ殿下の名乗りを理解しきれていなかったブラウンが、ルーシュ殿下に近寄って慰めていた。
 子供だから理解出来ていないだけだろうし、殿下達にも彼は七歳とは伝えてはあるが、外見は幼い顔立ちの180cm越えの男の子だ。機嫌を損ねないかと慌てるが。

「ふ、少年。慰めを感謝する。だがオレは大丈夫だ。それにまだ逃げられただけだ」
「どういう事?」
「ああ。まだ返事を貰えていないからな。オレは返事を貰うまで決して諦めん」
「それがお断りでも?」
「当然成就するのが望ましい。だが一度や二度振られようが構わん。オレの感情はその程度では収まらんのだ」
「んー……よく分からない」
「少年もいつか好きな相手が出来れば、分かるようになる。好きという感情は、理屈ではどうしようもないという事をな」

 ……本当にこの方が器の広い方で助かった。というかこの前向きさとかは見習いたいな。
 ヴァイオレットさんに対してもあのように情熱的に好きだと伝えられたら良いのだが。

「おうおーう、クロさんよー。なんで殿下がシキに居てローちゃんに告白しているのかなー」
「へいへーい、クロ君よー。将来の義姉候補について聞きたいから、相手の……子? について聞かせなさいよー」

 そして俺の右肩にシアン、左肩にスカーレット殿下がそれぞれの肘を置き、俺に絡んでくる。何処かの不良かなにかか、こいつら。
 そして仲良いな。なんとなく思ってはいたが、相性は良さそうである。

「このまま兄様達が仲良くなれば、シキのこの場所が観光産業になりそうね。“第一王子婚約の場所!”的な」
「あー、やはり貴女様って……いえ、レットちゃん。で良いのかな」
「一応はその扱いで」
「クロと仲が良いんで? シキに来た時に口利きをした、って言うのは聞いてるけど」
「うん、クロ君は私の初めての相手」
「ほう」
「おいだから身に覚えがない事を言うな。ヴァイオレットさんに聞こえたら殿下とは言え只では済ませませんよ」

 本当になんなんだこの方は。
 なんというか、最近上手くいったからその言葉を繰り返すような子供みたいである。

「……ふーん?」
「なんですかその反応」
「いや、別にー」
「?」

 そしてスカーレット殿下は、俺がシアンとスカーレット殿下に挟まれているという状況を見て、慌ててこちらに駆け寄って来るヴァイオレットさんの方を見ながら妙な表情をしていた。

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