追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

領主としては頭痛の種


「――ハッ!?」

 俺は瞬間的に嫌な予感を覚えた。具体的には中に居る何処かのシスターと同じく魔法よりも己が肉体で戦う事を好む王女様が拳に力を入れ、扉を破壊しようとしてくる予感である。
 だが生憎とその破壊行為をさせるわけにはいかない。なにせアイボリーは俺が扉を閉めたせいで壊れたのだと請求書を俺に要求してくるだろうからな!

「させるか!」
「なっ!?」

 俺は素早く扉を開き、やはり拳で扉を破壊して開こうとした第二王女ことスカーレット殿下の拳を受け止める。
 くっ、王女でありながら現役冒険者。力自体はこちらの方が上でも、使い方が異様に上手い……!

「甘い!」

 そして次の動きも早かった。
 受け止められた右手ではなく、左手に力を移動し、上半身のバネだけで左の拳を放ってくる。
 正直扉を開いたのになんで拳を放って来るんだと言いたいが、放って来るモノは仕方ない。俺は単純に受け止め――

「――――」
「おっ――と!?」

 ――る仕草を取り、受け止めずに拳の軌道を逸らして力を別の方向に向けて体勢を崩す。
 そしてそのまま腕を掴む事で無力化を……

「フンッ!」
「くっ!?」

 無力化しようと右腕でスカーレット殿下の左腕を掴もうとした瞬間、スカーレット殿下の右手が俺の左手を握る形に態勢を変え、握力で無理矢理意識を逸らさせた。くっ、抜け出されるとは……!

「はっはー! ロイヤルな力を舐めるんじゃないよクロ君!」
「なんのこれしき、単純な力比べならば俺だって負けませんよ!」

 そしてスカーレット殿下の左腕もいつのまにか引っ込められ、そのまま俺の右手を掴み取り、互いが互いの手を掴み取る形へと体勢が変わる。握力と腕力勝負ならば、負けない……!

「はは、クロ君と単純な力比べなんてする訳ないじゃないか。技術の差で勝って見せるさ!」
「そもそも聞いても良いですか! 何故貴女がココに!?」

 スカーレット殿下は彼女に優位になりやすい握り方をして、技術で力の差を埋めてくる。
 俺は予想外の力に困惑しつつ、油断をすれば持っていかれる状態でスカーレット殿下に俺が聞きたかったことを問いただす。

「話せば長くなるが!」
「簡潔に!」
「冒険に出たら迷って温泉に辿り着いて耐久戦をしたらのぼせた!」
「そうですか! ところで何故俺達はこんな風に戦っているんでしょうか!」
「君にはまだ勝利したことが無いからな! こうして勝ちを目指すのは王族の血なのだよ!」
「こんな診療室で勝ちも負けもありますか!」
「場所など関係無い! 私から初めてを奪った男がそんな小さな事を言うな!」
「はじっ……!? 身に覚えのない事を言わないでください俺には妻が居るんですよ!」
「ああ、結婚したんだったなおめでとう!」
「ありがとうございます王女に直々に言われるとは光栄ですよ!」
「そうか、だが私の初めての相手という事には変わりはあるまいよ!」
「だから身に覚えがないんですよ! 勝手な事を言わないでください!」
「精神攻撃は戦いでも有効だからな! 初めて初めて初めて!」
「そこを繰り返せば良いってもんじゃないですよ!」

 くそっ、話が通じない……!
 やはり王族と俺とでは相性が悪いようだ。そもそもこの方と相性が良い方というのが少ないとは思うけど。
 ていうか油断すると本当に持っていかれる。この方は別に怪我をした所で処罰とかしないだろうが、本気を出しにくいのもあるのも事実である。
 かといってこの方は俺を完全に倒そうとしているし、恐らく身分を隠すために色を変えている翠の瞳も俺を敵として見ている。
 怪我をさせずにこの状況を終わらせるにはどうすれば――

「……なにをしているんだ」

 と、俺達が力比べをしていると、ふと部屋の中にあるスカーレット殿下が寝ていた別のベッドの方から声が聞こえて来た。
 恐らく一緒に倒れていたという男性の方だろう。スカーレット殿下の従者か、一緒に冒険している冒険仲間かもしれない。

「ああ、目覚めたのか! 見ての通り勝負を挑んでいる。邪魔をしないで欲しい!」
「……成程。迷惑を掛けているという事か」

 呆れたかのように溜息を吐く男性を、チラッと横目でどのような男性かを見る。
 確かに、グレイの言っていた通り獅子を連想させるような大柄な男性だ。紅い髪に、碧い瞳で、年齢は俺やスカーレット殿下よりも年上だろうか。
 しかしスカーレット殿下に対して敬語を使わずに接している辺り、スカーレット殿下の身分を知らずに冒険している冒険者仲間だろうか。……何処かで見た事ある気がする。

「相手が誰かは知らんが、世話になっている身で迷惑を掛けるな」
「あ痛っ!?」

 と、俺が男性について観察していると、男性はスカーレット殿下の後ろに立ち頭に手刀を喰らわせた。
 そのお陰で手は離れ、力比べは終わることは出来たが……彼女の身分を知っていると、今の手刀は大丈夫なのかと不安になる。

「えっと、ありがとうございます。助かりました」
「気にするな。むしろこちらが悪いのだからな」
「うっ、女の頭を叩くなんて……手加減しなさいよ……!」
「そう思うのならば、少しは落ち着く事だ」

 とにかく助かったのは事実なので、感謝の言葉を述べるとスカーレット殿下に対して呆れた視線を向けつつ謝って来る。
 なんというか、他の場所でもこういった事があって手馴れている感じがするな。やはり身分を隠した上での冒険者仲間なのだろうか。

「クロ殿、ここに居るのだろうか?」
「あれ、ヴァイオレットさん?」

 俺が解放された手を解しつつ、一旦落ち着こうとしていると、何故かヴァイオレットさんがやって来た。
 もしかして入れ違いになって、メモを読んでここに来たのだろうか?

「なにやら診察室が騒がしかったので見に来たのだが、隣に客人とクロ殿が居るとグレイ達に聞いたのでな。私も来たのだが……」

 つまり教会からの帰り道に通りかかって、偶々来た感じか。
 しかしタイミングが悪い。傍から見たらスカーレット殿下が何故か居て、頭を抱えて痛がっているのだ。変に勘違いされるかもしれない。

「え、スカーレット殿下!?」
「ん? あ、久しぶり。元気?」
「は、はい、元気ですが、何故スカーレット殿下がココに……?」
「冒険中に寄ったんだよ。それだけ」
「そうなのですか……?」

 案の定ヴァイオレットさんは、頭を抱えて蹲っていたスカーレット殿下を見て驚愕していた。
 スカーレット殿下は……あまり分からないが、ヴァイオレットさんに対してあまり親しく接しようとしている感じでは無いな。仲がそんなによろしくないのだろうか。

「む、誰か来たのか?」

 立ち位置上見えなかった男性が、誰が来たのかを確認するために部屋の入口に近付きヴァイオレットさんの姿を確認しようとする。
 大柄な男性にヴァイオレットさんが驚くのではないかと少し不安になったが、

「あ、貴方様は……!?」
「む? ……ああ、バレンタイン家の嫡女か、久しいな。以前会ったのは一昨年末か」

 ヴァイオレットさんの反応は俺が予測した反応と違うモノだった。
 え、バレンタイン家……公爵家のヴァイオレットさんを知った上でこんな態度を出来る上に、ヴァイオレットさんが驚愕して敬っている感じがする対応をしている。もしかしてこの男性は……

「ルーシュ殿下が何故シキに!?」

 ルーシュ殿下。
 俺も名前と噂は聞いた事は有る。
 ローズ第一王女の双子の弟で、スカーレット殿下と同じく冒険者稼業で様々な功績をあげる、あまり国には居ない、奔放かつ豪胆な方と聞く。
 それと同じ名前の方なのか、この方は。ははは、凄い偶然だな。
 ……なんでルーシュ第一王子が居るんだよ!

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