追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
報告と○○_4
「では、私はこれで一旦失礼するよ。色々あるようだが、気を付け給え」
「ありがとうございます。風邪などは引かないようにお気をつけて」
「私の美魔力の前では風邪も平伏すさ」
「なんですか美魔力って」
シュバルツさんに報酬を渡そうとしたが、今日は所用があって宿屋に泊まるとの事で、明日にして欲しいと頼まれた。明日の昼頃に直接屋敷に来るとのことなので約束をして別れると、待っていたヴェールさんと会った。
「遅かったね、情報を照らし合わせて、私の情報は正しいものであったと判断できたかな?」
そのように不敵に笑う様を見て、先程のシュバルツさんとの会話もあり少し身構えそうになる。シュバルツさんが気を使って魔法などによる盗聴の心配は無いとの事だが、やはり警戒してしまう。
「はい。情報ありがとうございました。報酬は……いつお支払いいたしましょうか」
「私も忙しくてすぐに帰るからね。身体も洗いたいが、今日中で君が空いている時間ならばいつでも」
「……今からでも大丈夫ですか?」
警戒はしたが、出来うる限り平静を装ってヴェールさんと接する。
俺がついでにと渡された俺に対する嫌疑の報告書の内容が内容なだけに、どうしても警戒心を抱いてしまうが、事前に自然に接しようと気持ちは落ち着かせたのでどうにかいつも通り接することが出来たと思う。
「よし、良いだろう」
「脱ごうとしないでください」
「安心したまえ、【認識阻害】の魔法はかけたから周囲にはバレんぞ!」
「いつの間に……! ていうかそういう話じゃありませんから!」
「私の身体はだらしなくなく、見た目は二十歳前後とそう変わらないはずだから嫌悪感は無いはずだ!」
「そうですけど、そこが問題じゃないですから!」
……うん、いつも通り平静とか無理な話だな、これ。
この方相手だと平静でいられる時の方が少ない気がする。俺と接する時以外は割とマトモらしいんだけど、その二割くらいを俺への対応に回して欲しい。
◆
「…………疲れた」
あの後、結局ヴェールさんが己の全身の肌を使って俺の肉体を楽しむというのはどうにか思い留まって貰った。代わりに触る時間を十五分にして貰う事で手を打って貰った。結局は脱がなかっただけで色々してはいたが。
……正直言うならば、ヴァイオレットさんという妻が居なければ、ヴェールさん自身は綺麗で魅力的な方だとは思うので、ドギマギしながらも脱衣とかも受け入れていたかもはしれない。俺とてそういう方面に興味が無いわけじゃないんだから。
というか今更だが俺の肉体を十分程度触るために、学園長の性癖を調べるってどんだけ好きなのだろうか。触った後は本当に帰ったし。
「どうしたのだ、クロ殿? 帰って来た時からいつも以上に……精神的に疲れたようであるが
「ええ、少し思考が読みにくい相手に対応していましたら、少し疲れまして……」
「クロ殿がそこまで言うとは珍しいな。珈琲を飲んで温まると良い。グレイは今外に居るから、グレイの淹れたものでなくて悪いが」
「いえ、ありがとうございます。嬉しいです」
精神も疲弊し、屋敷に戻ってダイニングルームにて適当な椅子に座って先程の出来事に項垂れていると、ヴァイオレットさんが淹れたての珈琲を持ちながら俺を心配そうに声をかけた。
ああ、外に居て寒いだろう俺の為に珈琲を淹れてくれるなんて。ヴァイオレットさんはなんて癒されるのだろうか。
「ヴァイオレットさんは、本当にお綺麗で魅力的で優しくて、癒されますね……」
「っ!? そ、そうか、ありがとう……?」
このシキにおいてのグレイと並び立つ癒し要素。
ヴァイオレットさんに触られるのならば、恥ずかしいが嬉しいし幸福感などに包まれるのだけどな……
「ふぅ、珈琲があったかいし甘苦い……染みわたる……」
「なにがあったのかは分からないが……私で良ければ、話相手にはなるぞ?」
「そうですね……では、少し癒しの補給として会話をお願いします」
「う、うむ」
なんだか頬が少し赤い気がするヴァイオレットさんが、珈琲を飲む俺を心配しながら、机に珈琲と逆の手に持っていた紅茶を置いて近くの椅子に腰かけた。湯気が無くなりかけている紅茶であるあたり、俺が帰って来る前まで飲んでいたようである。
「あ、そういえば先程少し思う所がありまして」
「ふむ、どういった事だろうか?」
「ありのままで受け入れられるのって、やはり特別なんだな、って」
「ありのまま?」
俺は珈琲を少しずつ飲みながら、先程の事を全て話す訳にもいかないので、俺が前世の記憶云々の話を、過去があまり良いものではないので、大切な相手にこそ隠してしまい、発覚するのを恐れている。的な感じに別の話にして要所だけかいつまんで話すことにした。
「成程。だが好きな相手だからこそ、隠したいと思うのは人間の心情としてはおかしくはないだろう」
「そうですね。ですが、そうは思ってくれない方も居るのだな、っていう会話がありまして。難しいな、って思ったんです」
本当はこの件に関しては俺が何処かで心に引っ掛かりを覚えている所である。
言われて間もないので気にしているだけで、別に気にする事でも無いのだろう。多分数日もしたら気にしなくなるような事だとは思う。けれど今引っかかっているのも確かである。
かつて“全部ひっくるめてヴァイオレット・ハートフィールドを好きになりたい”などと偉そうにヴァイオレットさんに言ったくせに、自分の立場になると不安になるなんてなんと弱い事だろう。
「私とてクロ殿に学園生時代やそれ以前をあまり知られたくないといえば知られたくは無いが……以前にもクロ殿が言ったように、否定する訳でも無い。クロ殿はそう言ってくれただろう?」
「ああ、懐かしいですね出会った日の夜に言った――やつ、ですね」
その偉そうに説教した時のヴァイオレットさんの格好(下着のみ)を思い出してしまったので邪念が出来たが、どうにか振り払った。
「しかし、学園祭の時学生達がそうであったように、受け入れてくれない者が居るのは確かだ」
「はい」
「だからこそ貴重なのだろう、受け入れてくれる存在というものは」
「そういうものなんでしょうね」
うん、結局はそういった結論になるだろう。
寛容を強制するのは良くない事であり、好きという感情も、嫌いという感情もどうしようもない。なので自分を受け入れてくれる存在は本当に貴重なのだろう。
……いつか前世の事も話す時が来るかもしれないが、それがいつかは分からない。多分、受け入れてくれるかどうかが怖いのだろう。今はこうして一緒に話せてはいるが、前世のゲームの知識の話をしたら、そういう目で見られていたのかと思われるかも――駄目だな。今の自分は大分ネガティブになっている。
「まぁ、つまりこの話題について、私が思うとするのならば――クロ殿」
「はい?」
この話題はやめて、違う事を話してネガティブから脱却しようとすると、ヴァイオレットさんが俺の方を見て、
「皆が、ありのままを受け入れてくれる訳では無い。だが、今の私を受け入れてくれたクロ殿を私は好きだぞ」
相も変わらず魅力的な表情で、ストレートな好意の言葉を言ってくれた。
多分ヴァイオレットさん自身にとっては、この話題の自身の考えを言った程度の、何気ない言葉。だからこそ、今の自身の気持ちを思い出した。
「……はい。俺もヴァイオレットさんの事が大好きですよ」
「ふふ、クロ殿の誕生日以降はキチンと好きと言ってくれるな」
「ええ、伝え忘れて泣かれては困りますから」
「う……あの泣いた事は忘れて欲しいのだが」
「一生忘れませんよ。忘れたらその後の事も忘れてしまいますからね」
「それは……困るな」
そして改めて思う。話さない事は逃げだと罵られるかもしれない。けれど俺はやはり前世の事とは関係無しに、今のヴァイオレットさんを好きである。その事に変わりはしないのは、俺の中では事実である。
そんな当たり前の事を、再認識した冬の日であった。
この後は学園長の事などを話したり、とりとめのない話をして笑い合ったりして過ごした。話に夢中になり、飲むのを忘れた残り少なくなった珈琲が冷たくなるほどには楽しく過ごすことが出来た。
そして夕食を作らないといけないと、会話を終えようとした時。
紅茶を飲んでいないが紅茶の味がした。
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