追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
淡黄の質問_1
「……お、吹雪が止んできたか?」
シアンが飛び出して数十分後。
執務室で早めに終わらせなければならない仕事だけを軽くこなし、部屋の外に出ると窓から見える吹雪の勢いが弱まっているのが見えた。
まだ降っている事は降っているが、先程の数メートル先が見えない時と比べたら大分マシになっている。このまま弱まれば、今頃談笑しているクリームヒルトさん達も学園に帰るという選択肢は選べそうだ。
「……そうなると少し寂しいな」
窓の外を見ながら、ふと、小さく呟く。
無駄に広いこの屋敷がここ数日は賑やかであった。シアンなどを始めとして兄や姉達に、クリームヒルトさん達に、肉体を愛でたり誇ったりする女性達。とにかく今年の年末年始は賑やかであった。
家族だけに戻るのも良いのだが、少しの間は屋敷がいつもより静かに感じそうだ。
――グレイが入学したらもっと寂しくなるな。
グレイがこのままアゼリア学園にアプリコットと共に入学すればさらに寂しくなる。グレイとはシキに来てからずっと一緒に居たので、屋敷にずっと居ないという事は寂しさを覚えるかもしれない。
――いかんいかん、俺が寂しいからって息子の成長を妨げてどうする。
首を横に振り、子煩悩を振り払う。
まだ決まってない事とは言え、グレイの成長につながるならば見守るべきだ。俺が出来る事と言えば、学園に入学するまでに首都での生活や学園での過ごし方のアドバイスくらいだろう。勉学や魔法に関しては……ヴァイオレットさんが教えてくれるだろう。むしろ俺も教えて貰う立場になる可能性が高い。
――あ、でも学園長次第だな……
いくら成長のためとはいえ、グレイがノワール学園長の毒牙にかかると言うならば話は別である。……まぁ、グレイの勘違いの可能性もあるし、気にしすぎも良くないだろう。調査も任せているし。
調査の結果なんて取り越し苦労で終わるのが大抵なものだ。シキに毒されているから変態が多いと勘違いしているが、美少年が好きで推薦させるなんて有り得るはずないじゃないか、ははは。
そういえば調査といえばヴェールさんはどうしているのだろう。
もうモンスター調査は終わったと報告は受けたが、クリームヒルトさん達のように吹雪でまだシキに滞在しているのだろうか。大魔導士だから防寒対策とかの魔法は施しているだろうが、この寒さで風邪をひいてなきゃ良いが。
「――くしゅん」
と、学園長の調査を頼んだ変態の体調を心配していると、可愛らしい声のくしゃみが聞こえて来た。
その声の方へと視線を向けると、やや離れた所に俺と同じように窓の外を見ているクリームヒルトさんが居た。彼女はヴァイオレットさん達と談笑したり、宝石が煌めいたりしているボードゲームをしたりしていたはずだが、トイレのために席でも外したのだろうか。
「――? ――! ――い、クロさーん!」
声をかけようか悩んでいると、こちらに気付いたクリームヒルトさんが手を振りながらこちらに笑顔で駆け寄って来た。相変わらず元気というか、さっきまで一緒に居たのにわざわざ駆け寄って来る辺り親しみやすい子と言うべきか。
「クロさーん、仕事終わったのだすか?」
「はい?」
「仕事終わったのでしょうか?」
ああ、終わったの? と聞こうとして途中で敬語を忘れて補おうとしたら噛んだ感じか。
「終わりましたよ。それとクリームヒルトさん、無理して敬語使わなくて良いですよ。別に俺は気にしません」
「でも貴族の方相手ですし……」
「ヴァイオレットさんとか殿下相手に普通に話していますよね」
「……気のせいだす」
「今のはわざとですね」
この際と言ってはなんだが、他に誰も居ない事であるし敬語に関して一応言っておいた。
初めは色々あってそのままでも良いとは思っていたが、なんというかクリームヒルトさんに敬語を無理矢理使わせるのはなんだか悪い気がしたからである。……それに、俺だけ敬語を使われるのは仲間外れな気がするし。確かに俺だけ二十代だけれど、少し疎外感を覚える。
「では、クロさんも敬語を外してください。それなら外すよ。……外します」
む、やはりそういった返事になるか。クリームヒルトさんの性格を考えれば当然と言えば当然かもしれないが……これを言われるだろうから、敬語に関しては無視をしていた。
別に外しても構わないのだが……
「なんというべきか、ヴァイオレットさんにも敬語を外していないのに、クリームヒルトさんだけに敬語を外すと変に勘繰られそうで……」
ヴァイオレットさん相手にも外すタイミングは見計らっているのだが、どうしても慣れで今までのように話してしまう。その中で急に親しく話す女性が現れれば変に思われるかもしれない。
「あはは、私なんかがヴァイオレットちゃんより魅力的なはずないし、私相手に浮気だなんて思わないでしょ。極上の相手が目の前に居るのに、ゲテモノを食う方は少ないよ」
「自分を卑下しないで下さいよ。クリームヒルトさんは充分魅力的な女性ですよ」
「ありがとうございます」
言葉だけ聞けば「そんな事はない」と言わせるための言葉であるが、クリームヒルトさんの場合は本気でそう思っているように見えた。なんと言うか、彼女自身が自分に魅力というか価値を感じていないように見える。潜在能力だけで言えば大分高水準だと思うんだけどな。
「あ、そうだ。話は変わるけど、聞きたい事があったんだ」
どうやら敬語は外す方向に決めたようだ。うん、こちらの方がクリームヒルトさんらしい感じの話し方である。
俺に関しての強制はしないけれど、出来れば外して欲しいとは思っている感しか。
「聞きたい事、ですか」
いずれは敬語も外すとして、ともかく思い出したかのように質問をして来たクリームヒルトさんの問いを促してみる。わざわざ今聞くという事は、他の誰にも聞かれたくない類なのだろうか。
「うん、クロさん、って、裁縫が得意なんだよね」
「はい。基本一通りは。趣味の範疇ですけれど」
「趣味……」
流石に本職であったとは言えない。
だけどわざわざいう事でも無いし、本職であった昔と比べると腕が落ちているのも確かだ。とりあえずは趣味という事にしておいて問題は無いだろう。
「それがどうかされましたか?」
「あ、ううん、前に見たヴァイオレットちゃんのドレスとかもクロさんが縫った、って聞いて。凄いなーって思ったん、です、けど……」
どうしたのだろうか。クリームヒルトさんにしては歯切れが悪いし、微妙に敬語が戻っている。
……まさか俺の仕立てに問題を見つけたのだろうか。ヴァイオレットさんが着ていたドレスは俺が久方ぶりの大物で一糸一糸丁寧に縫い上げたものだが、俺に気付かないミスでもあったのだろうか。だとすれば元型紙師としての名折れである。問題があった暁にはとりあえず不眠不休でしばらく縫い続ける事も視野に入れなければならない。
「クロさん。もしかしてなんだけど――」
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